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名ピアニスト仲道郁代が30周年「音楽には言葉を超えた世界がある 言葉はそこに到達する為の有効な手段」

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
「5分ですが、音と言葉と映像が一つに凝縮されたとても深くて濃い番組です」

日本を代表するピアニスト・仲道郁代が演奏活動30周年を迎えた。演奏活動、作品の発表に加え、「ピアニストとして社会の中で何ができるのか、その可能性を探り、活動していく事も演奏家の責務」と日ごろから、社会的、教育的活動に精力的に取り組んでいる。クラシック音楽の敷居を低くして、その魅力を広く伝えようとメディアへも積極的に出演している。その演奏技術にはさらに磨きがかかり、表現力は成熟と進化を感じさせてくれ、ピアニストとして深化していく仲道に、現在とこれからの活動について、そしてクラシック音楽への熱い想いを聞かせてもらった。

トークと演奏で、クラシック音楽初級者にも上級者にもその魅力を伝えていく番組が好評

――まず、9月からBSフジで仲道さんの冠番組『ロマンティックなピアノ』(毎週金曜日 23:55~24:00 )がスタートしました。これも、クラシック音楽をもっと多くの人に聴いてもらいたいという思いから出演を決めたのでしょうか?

仲道 最初5分番組とうかがった時に、5分間でどれだけお伝えできるのか不安でしたが、やっぱりテレビの5分ってすごいですね。もちろん演奏部分も長くないですし、トーク部分も短いのですが、凝縮したことがお伝えできていると思います。音と言葉と映像がひとつになって観ている方のイメージがふくらみ、興味を持っていただけると思っています。心がけている事は、テレビって色々な事をしながら観ている人が多いと思いますので、その方たちがふと手を休め、観ていただけるようなものになるといいなと思っています。

――5分番組とはいえ、情報量は多いですよね。

仲道 そうですね。テレビでお伝えしている事も、自分のコンサートも同じだと思っていて、全身全霊で演奏し、その音が空気の振動となって、客席に、テレビを観ている方に伝わって、心に刺さったり、響いて感動を共有する場という事です。そして、曲の説明も、この曲はこのように聴くべきもの、という言い方をしないように心がけています。聴く人によって様々な受け止め方ができるのがクラシックの良さです。なので、こんな風に聴く事もできますよという紹介の仕方をします。こういう風に聴いてみたら、自分ってこんな事を感じることができた、こんな風に感じる自分と音が重なって嬉しい、と思っていただけると嬉しいです。

「クラシック音楽の奥深さ、豊かさをもっと感じてもらえるように、聴き手の想像力のスイッチ入れるお手伝いをしている」

――想像力をくすぐる感じですよね。

仲道 そうです、想像力のスイッチを入れる感じです。スイッチさえ押してあげる事ができれば、一人ひとりの中で自然に広がっていきます。クラシックをよく聴いていて「こんなのもう知ってるよ」という人でも、違うスイッチが入ると、今まで聴いていた曲が「あれ?こんな曲に聴こえてきた、こんな風に感じるの初めて」となってくれると嬉しいです。

――番組には台本がないとお聞きしました。

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仲道 そうなんです。決め台詞だけはありましたが、私が話す部分はその場で思った事、感じた事を伝えるようにしています。コンサートでもそうです。同じ曲を弾いていても、その時の響きとか、お客さんの雰囲気とか、お客さんから感じる何かで、お話ししたくなることが出てくると信じています。よく演奏家の方で、演奏はいいけどしゃべるのが苦手という方がいらっしゃいますが、それはたぶんこれを話さなければいけないと決めていたら、それを覚えないといけないとか、曲を弾きながら話す事を考えていると集中できないからだと思います。でも話すことを考えないで出ていけば、演奏の時は演奏のことに集中できて、演奏し終わって、その時感じた事を話せばいいのだと思うのです。だって曲の事とか、作曲家の事は練習しているときに色々調べたり、考えているわけで、そうするとネタはいっぱいあります。

――弾き手であって、しゃべり手ではないので、しゃべる事が思いつかなかったら、次の曲にいっても全然いいですよね。

仲道 こういう取材も、準備してしゃべっているわけではなく、聞いてくださるからしゃべってっていて、感覚としてはコンサートの時と感じです。

――でもやはりお話に引き込まれてしまいます。

仲道 話が上手だと言われるのがよくわからなくて、ピアノもそうなのですが、多分演奏も上手だという事と、伝わるという事はまた違うと思っていて。話をする事も上手という事と、伝わるという事とはまたきっと違って、でも伝えたい思いがあります。だから拙い限られた単語の中でもお伝えできたらいいなと思うので、いつもお客さんの前でも、取材でも一生懸命しゃべっています(笑)。

――仲道さんは名実共に日本を代表するピアニストですが、メディアにも積極的に出演して、クラシック音楽というものを、ちゃんと言葉でわかりやすく説明をして、そのハードルを低くしよう、間口を広げようという努力、活動をずっとやられています。

仲道 言葉に関しては、20年前から演劇の方たちと作品を作り続けてきた中で、演劇の人に鍛えられました。

――今年も、ブラームスとショパンをテーマにした朗読劇「ロマン派症候群」が好評でした。

仲道 ありがとうございます。この舞台は、音楽が演劇のバックグラウンドになるわけでもなく、演劇が音楽を説明するのでもなく、相乗効果で両方を感じる感覚が開くための、ひとつの新しい在り方として、これからも提示していきたいです。

「私の中で言葉で話す事も、音で話す事も差異はない」

――クラシックの新しい聴き方のプレゼンという感じでしょうか?

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仲道 そうですね。私の中で、言葉で話すことも、音で話すことも何ら差異はないんです。でもひとつだけいえるのは、音楽には言葉を超えた世界があります。でもそこに近づくためには言葉を使わなければ人は考えられないし、感じて下さいといっても、感じた事はやっぱり言葉に戻さないと、何を感じたのか釈然としなくなってしまいます。だから純粋な音の世界は言葉の先にあって、そこに到達するために言葉はとても有効だという事です。でも言葉に頼りすぎると、ただの説明になってしまって、音が持つ豊かな世界を限定してしまうので、限定しない言葉をどう使って、音楽を提示することができるのか、長年一生懸命試みています。だから11月からスタートするコンサート(“ロマンティックなピアノ”)でも、色々お話はしますが、なるべく曲の説明をするのでもなく、こういう曲ですと断定するのでもなく、でも伝える何かを探したいです。

「クラシック音楽は、言葉でわかりやすく説明しすぎると、その深くて豊かなものを感じられなくなる」

――説明し過ぎても音楽そのものを楽しむという行為を、邪魔する事になりますよね。

仲道 やはり感覚は聴いてくださる皆様の中にあるものなので、素敵な曲ですよねと提示できるようなコンサートにしたいです。でも、クラシックってこんなに簡単なんですよと言ってしまうのは、本当の意味での音楽の素晴らしさを、味わおうとしなくなってしまうと思うので、それは違うと思います。やっぱりクラシック音楽は深くて豊かなものです。深くて豊かという事は、簡単なこととは違う。人には簡単な人なんていないし、人の人生も簡単なものではないですし、そこに大きな想像力を持つことによって、わからないと思うことでも、何かすごく豊かに感じることができる。そういった世界観を、言葉を通して感じていただけたら、名曲の数々がより心に響くと思っています。

――コンサートで演奏する曲は、クラシック初心者も楽しめるものですか?

仲道 みなさんが一度は耳にしたことのある、いわゆる名曲を演奏します。でも知っている曲を聴いただけで満足するのではなく、本当の意味でその曲が心にどのようにやってきて、心の中で何をもたらすのかという事を、おひとりお一人が、深いところで受け止めて欲しいです。

――今、仲道さんのコンサートにお客さんの男女比は、どういう感じでしょうか?

仲道 これが面白くて、ベートヴェンのソナタばかり弾く時は男性が多くなって、ショパンを弾くと女性が多くなります。それからピアノは楽器としてはポピュラーなので、小さいお子様を連れたお母さんも多く、最近は年配の方もすごく増えていて。というのも、定年退職をしてからピアノを弾き始めたという方がものすごく多いんです。そういう方たちが昼間にやるコンサートにはよくいらしてくださいな。ご夫婦でいらっしゃる方も多いです。うれしい事です。

「その人のライフステージにマッチできるように、クラシックのコンサートも様々な在り方があってもいい」

――老若男女、幅広い層が足を運んでくれていますね。

仲道 ひとつ思うのは、日本のクラシックのコンサートには、若い世代がなかなか来てくれないとよく言われますが、やっぱり子育て世代とか、働いている世代がなかなかコンサートに行けないのもわかります。私も自分の子供が20歳になって、ようやく自分のコンサートがない日には、夜、他の方のコンサートに出かけられるようになりましたが、それまでは自分の用事で夜、出かけるなんてなかなかできなかったです。働いてる方も、夜7時からのコンサートといわれても仕事が終わらないという人も多いと思いますし、休みの日は家族と共に過ごすから、コンサートには行けないとか、人それぞれ色々なライフステージがあるんだなと思って。だとしたら、そのライフステージにマッチできるような形で、コンサートも様々な在り方があってもいいのでは、と思っています。

――曜日、時間、チケットの価格設定も含めてですか?

仲道 そうですね。価格設定に関しては、うちの娘もポップスのコンサートから、演劇、小劇場系まで色々なものに行っていますが、「クラシックのコンサートって安いんだね」と言われました。もちろん海外からオペラやオーケストラを招聘するとどうしても高くなってしまいます。でも例えばポール・マッカートニーが来たら、チケットが高くてもみんな行きますよね。だから音楽性の違いとはいえ、クラシックも高いから人が来ないというのは、ちょっと違うのかなと思っています。

――クラシックのコンサートにもっと人が集まって、シーン全体が盛り上がるようにしたいですよね。

仲道 今クラシック業界でもみんな一生懸命考えていますが、もっともっとアイディアを出さなければいけない。それ以前にクラシックはこうでなければいけないとか、こうでなければクラシックは聴いてはいけないという事ではなく、クラシックは、もっと人のそばにあるべきだと思っています。これから色々と試みたいと思っています。

「社会の中で演奏家の責任はある。それをこれからも覚悟を持って伝えていきたい」

――演奏活動30周年です。30年という時間は長かったですか?それともあっという間でしたか?

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仲道 年々時間が長くなっている感じがしています。年を重ねてくると、時間ってだんだん短くなると言われていますが、でも私は一日が一週間が一年が、どんどん長くなっている気がしています。

――やりたい事がどんどん増えているからでしょうか?

仲道 そうですね、自分が面白いと思っている事を、やらせていただけたからだと思います。知らないこと、わからない事はまだまだたくさんあります。だからもっともっと時間を長くしたいですし、これからもっと長い30年を生きたいです。

――本当にお忙しいのに、クラシック音楽の啓蒙活動に長年力を注いでいらっしゃる仲道さんですが、これからもこの姿勢は変わらず貫いていくという思いが強いですか?

仲道 30年演奏活動を続けてきて、これからも続けていく上で、やはり社会の中での演奏家の責任ってあると思っていて。それは自分が素晴らしいと思い、取り組んでいる事がきっと役に立つ、意味を持っている、そういう事をきちんと伝える事が責任だと思います。そういう覚悟を持ってこれからもしっかり進んでいきたいと思っています。

BSフジ 仲道郁代特設ページ

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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