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桑田佳祐、ファン600人と”大人の夜遊び” ソロ30周年、シンガーとしての魅力が剥き出しになった瞬間

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
Photo/岸田哲平

桑田佳祐――これほどファンを喜ばせるためのサービス精神が旺盛な人はいないが、これほど罪な人もいない。なぜなら大型夏フェスへの参戦、ニューアルバムの発売と、それを引っ提げての全国アリーナ&5大ドームツアーを発表したのに、その前に300人キャパのビルボードライブ東京でライブをやるという、“やさしい悪魔”ぶりを発揮し、チケット争奪戦を引き起こしたからだ。ファンの間にいい意味で激震が走ったのは、6月10日だった。

滅多に観る事ができないキャパ1000人未満の会場でのライヴ

この日、桑田のラジオレギュラー番組『桑田佳祐のやさしい夜遊び』(毎週土曜23時~TOKYO FM)で、「いざ、ビルボードライブ!」と、今回の『この夏、大人の夜遊びin日本で一番垢抜けた場所!!』の開催を発表した。今年ソロ30周年を迎える桑田が、それを記念してスペシャルサイト上で、「2017年!全力投球30ラウンド」と題して30のお楽しみを順次発表していくという、遊び心溢れる、“らしい”スタイルでファンを喜ばせている。そして「いざ、ビルボードライブ!」はそのラウンド9で、ちょうど公演1か月前の発表となった。ニューアルバム、全国ツアーの発表はこの後だったが、桑田がソロとしてキャパシティ1000人未満規模のステージに立つのは滅多にない事で、当然この公演はファン垂涎のプレミアムな2日間となり、チケットの応募が殺到した。なんて罪な男、でも最高の男と、ファンは桑田の事を思っているに違いない―――。

7月10日、『この夏、大人の夜遊びin日本で一番垢抜けた場所!!』の初日、東京・六本木ミッドタウンの4階にある、“日本で一番垢抜けた”ライブハウス・ビルボードライブ東京には、プラチナチケットを握りしめた300人のファンが全国から集まった。どんな“夜遊び”になるのか楽しみでならない、全員の笑顔がそれを物語っている。ビルボードライブ東京は海外のアーティストのライヴが多く行われ、レジェンドから新進気鋭のアーティストまで、耳が肥えたお客さんを納得させるパフォーマンスが、毎夜繰り広げられている。もちろん国内アーティストも負けてはいない。多くのアーティストの熱いプレイにより、数々の名演が生まれている場所だ。そんな場所に日本の音楽シーンの至宝が初めて登場するのだから、期待は高まるばかりだ。ボズ・スキャッグスやノラ・ジョーンズ、クリストファー・クロスなど、AORの名曲がBGMとして流れ、ビルボードライブらしい雰囲気。その雰囲気とお酒を楽しみながら桑田の登場を待つ客席は、大人が多いとはいえ、やはりワクワク感とドキドキ感が一人ひとりから放たれ、すでにいい感じに温まっている。

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19時5分。客席の間を通って、バンドメンバーが登場。そしてひと際大きな歓声に迎えられ、お客さんとタッチをしながら桑田がステージに登場、いよいよショウの始まりだ。桑田が今年最初のライヴのオープニングナンバーに選んだのは「今でも君を愛してる」。29年前の1988年7月9日にリリースした、1stソロアルバム『Keisuke Kuwata』に収録されているミディアムテンポのバラードで、今でもファンの間で人気の一曲だ。桑田のアコギとハーモニカのイントロが流れると、客席に感動が広がっていく。優しいメロディが心地イイ。フォーキーでブルージーな「しゃアない節」は、94年発売のアルバム『孤独の太陽』に収録されている、世の中を憂う強烈なメッセージソングだが、今の社会にも当てはまる歌詞をしっかりと伝えてくれた。

あまりにも近すぎる客席との距離を楽しむ

「それ行けベイビー」(『MUSICMAN』(2011年))では、今回桑田のバックで初めて叩く、名手・佐野康夫の雄弁なドラムが曲のテンションを煽り、盛り上げ、「FIGHT」「SMILE」というメッセージボードを、バイオリンの金原千恵子、コーラスTIGERの女性二人が掲げ、前向きな言葉の数々を客席に向け、投げかけていた。

「ありがとうございます。たまにはこういう場所でライヴをやるのもいいかなと思って」と語ると、いきなり「誕生日の人いる?」と客席に呼びかけ、偶然にも最前列の女性が手を挙げると、バラの花束をプレゼントし、熱い抱擁を交わす。さらに会場全員で「Happy Birthday」を歌い、ライブハウスならではの距離感をファンと共に楽しみ、感謝の気持ちを表していた。桑田のライヴの時の定番のコール&レスポンス、「スタンド、アリーナ!」もこの日は「1階、2階、3階~」、合言葉はザ・ドリフターズ・いかりや長介流の挨拶「ウィッス」に決定。そしてビルボードライブ東京だけに「今日はジャズばかりやります」と言うと、片山敦夫のエレピがジャズ風のフレーズを弾き始め、ドラムが乗ってきて、ジャズセッションが始まる。かと思ったら「スキップビート」の聴き慣れたイントロが流れ、アダルトで情熱的なビートに客席が酔う。続く「MERRY X'MAS IN SUMMER」が気持ちいいレゲエのリズムを刻むと、全員手拍子と座ったままだが体を揺らし、歌に身を委ねる。この歌を支えている、凄腕ミュージシャンが揃ったバンドから生まれる、極上のバンドアンサンブルがグルーヴを作り出している。

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キーボードとハーモニカのイントロがどこまでもせつない「月」を、その嗄れた色気のある声で歌い始めると、涙をぬぐうファンの姿が多く見られた。激しいリズムと照明とが交錯する「東京ジプシー・ローズ」、シリアスで不穏なリズムと、メロディアスさとのコントラストが中毒性をもたらす「東京」では、「東京は雨降り」と歌う部分で、光のシャワーが桑田に降り注ぎ、幻想的な雰囲気になった。ハッピーなポップス「百万本の赤い薔薇」、渋谷駅周辺を舞台に、「あの頃」を追憶する歌詞を、疾走感のあるリズムの乗せて歌う「大河の一滴」、新旧織り交ぜたセットリストで、しかもどれもバイタリティに満ち溢れたポップミュージックの数々は、心地よくも激しい流れを作り出している。

8月23日発売のニューアルバム『がらくた』から新曲を披露し、ファンの反応を楽しむ

「今日はみんな座ってるんだよね。新鮮」と、いつものライヴとは違いテーブルがあるために座ったまま観ているお客さんを改めて見て、「あ、立たなくていいですよ、絶対に立たないでね。ま、きっかけがあったら、立ってもいいですよ」と、立って欲しいという希望を少しだけのぞかせつつ、客席を気遣う。切ない歌詞とメロディが胸にスッと入ってくるミディアムテンポのロックバラード「君への手紙」を切々と歌うと、感動が広がっていく。ここで8月23日発売のオリジナルアルバム『がらくた』から2曲披露。数日前のラジオのレギュラー番組「桑田佳祐のやさしい夜遊び」で初オンエアし、初めて人前で歌うという「愛のささくれ~Nobody loves me」は、歌謡曲の肌触りを感じる、コンテンポラリーソウルミュージック、そして「軽くジャズなどを」と言って、ピアノのイントロが始まる「簪/かんざし」は、哀愁漂う和モダンでジャジーなラブバラード。その圧巻のボーカリゼーションに、桑田の“伝える力”を改めて思い知らされた。この2曲を聴いただけでも『がらくた』への期待感が高まる。

場所の大小は関係なく、”歌謡ショウ”のノリは忘れない、”大衆音楽の王者”

ここで寸劇。Tigerと金原が桑田を「お父ちゃん」と代わる代わる呼び、NHK朝の連ドラ『ひよっこ』の主人公・みね子の茨城弁の口調を真似、笑わせる。ビルボードでもいつもの歌謡ショウのノリは忘れない。これが“大衆音楽の王者”たる所以であり、大衆心理を描写した詞に、より説得力を持たせている部分なのではないだろうか。そして『ひよっこ』の主題歌「若い広場」を歌い始めると、ビルボード名物の、ステージ後ろの緞帳のようなカーテンが開き、六本木の夜景が飛び込んでくる。「茨城よりさらに北へ行ってみたいと思います」と歌い始めたのは「明日へのマーチ」。過去を振り返ることで、未来へ思いを馳せるナンバー。とびきりの想いを込めて歌い、「明日から笑っていけるから」と語り、会場にいる人全員、またこの日来ることができなかった人に向け、希望を贈った。

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おなじみのイントロが聴こえてくると、客席の空気が一瞬にして華やかになり、我慢できずに立って、手拍子しながら一緒に口ずさむのは、記念すべきソロデビューシングル「悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)」。ノレて、誰もが一緒に口ずさめて、どこかせつなくて、J-POPの良さが全て詰まった名曲だ。さらにJTBのCMソングでおなじみの「オアシスと果樹園」で盛り上がり、たたみかけるように疾走感のあるヴァイオリンが印象的な「銀河の星屑」で熱量を上げる。客席全員とエア乾杯した後は、「ウィーッス」からの流れで「ウィーッス、、キー~がお好きでしょ」と、「ウイスキーが、お好きでしょ」をワンフレーズだけ披露した。お酒を飲みながら楽しんでいる人が多い、この空間にはピッタリの曲だ。

そして桑田の「茅ケ崎に行きますか」という言葉と同時に波の音のSEが聴こえてきて、あのイントロが流れてくると、客席は総立ちに。「波乗りジョニー」だ。浴衣、和服で来ている女性ファンもいたが全員大盛り上がりで、桑田が全ての人を、六本木から茅ケ崎サザンビーチへと連れて行ってくれた。宴はまだまだ終わらない。無国籍な雰囲気のイントロが聴こえてくると、ステージに登場したHIP-HOPダンサーと共に「ヨシ子さん」を歌い、踊る。狭い客席の間を縫うように、白無垢姿のヨシ子さんが練り歩き、場内はカオスに。そしてヨシ子さんがステージに上がり、いつものように桑田が冷たくあしらったところで、本編が終了。

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祭りはまだまだ終わらないとばかりに、ギターが高らかに鳴り響き「ROCK AND ROLL HERO」でアンコールがスタート。毒っ気を帯びた極上のロックソングに客席は再び熱くなる。ポップでどこかノスタルジックな「可愛いミーナ」を歌い終え、桑田が「最後の曲は…」と言うと「えーっ」「嫌だ~」という大きな声が客席から沸き起こる。こんな極上の時間、終わって欲しくないと思うのは当然だ。桑田も、ファンと直接触れ合えるこの距離感をもっと楽しみたいはずだし、もっと歌いたかったはずだ。そんなステージと客席、両方から名残惜しい空気が漂う中、最後は「明日晴れるかな」で大団円。大きな感動を残し、桑田とメンバーがステージから去っていく。

その圧倒的な”伝える力”こそが、不世出のポップスターと言われる所以

まさに夢の跡。そんな大きな興奮と少しの淋しさが漂う空間の中で、ファンはそこに残る熱の余韻に浸っているかのようだった。この日のライヴを観て改めて感じたのは、桑田は会場の大きさは関係なく、常に身体を張って全力でフザけ、汗まみれになって素晴らしいポップスを伝え続けてきたという事だ。“センスのいい泥臭さ”に誰もが胸を打たれる。鋭くも愛情溢れる“視線”で、時代の移り変わりを見つめ、切り取って歌にしてきた。その独特の切り口から作り上げるポップスこそが、あらゆる人から共感を得る“大衆音楽”だ。そしてそれをきちんと“伝える”こと、圧倒的な伝達能力の高さこそが、桑田が不世出のポップスターと言われる所以だと思う。還暦を超えて、さらにその“伝えたい”という想いが強くなってきたのではないだろうか。デビュー以来、ずっと桑田の音楽を聴いてきて、この日ファンと何度も握手やタッチをしながら歌う桑田を観て、素直にそう感じた。 

8月23日に発売する約6年ぶりのオリジナルアルバム『がらくた』には、そんな桑田の想いがタップリと込められているだろうし、このアルバムを手に、秋からは約40万人を動員予定のアリーナ&5大ドームツアーを行い、直接想いを届けに行く。8月6日にはソロとして15年ぶりに『ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2017』に出演し、多くの若者にその情熱をぶつける。

桑田佳祐ニューアルバム『がらくた』スペシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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