【インタビュー】浅倉大介 25年の歴史は、エレクトリックサウンドの進化の歴史 「音楽で嘘はつけない」

Photo/Kazuko Tanaka

浅倉大介がデビュー25周年を迎え、アルバム『THE BEST WORKS OF DAISUKE ASAKURA quarter point』を9月28日に発売した。ソロ、そしてaccess、Icemanの楽曲に加え、多くのアーティストへ提供&プロデュースした、750曲以上もの楽曲群から選ばれた29曲と、最新書き下ろし未発表曲「First Quarter moon~上弦の月」の全30曲が収録されている。ベスト盤といっても、単なるこれまでの集大成ではなく、進化の途中を明確に表した作品になっている。最先端デジタルテクノロジーを、積極的に音楽に取り入れ続けてきた浅倉がJ-POPシーンに与えた影響は大きい。

750曲の作品群の中から選りすぐった2枚組ベストアルバム。「”ヒット曲”と、現在進行形の自分の作品とで、25年の移り変わりを感じて欲しい」

――まず浅倉さんにとって25年という時間は、嵐のように過ぎ去り、まだまだやることがたくさんあると感じるのか、それともずいぶん経ったなぁという感じですか?

浅倉 元々振り返る事には興味がなくて、何周年というのを自分では全然意識していなかったのですが、周りから25年って四半世紀ですよと言われて……。欧米では四半世紀、半世紀というのを大きな節目とする感覚があるようで、僕の中でも四半世紀というのは、音楽活動をしてきた中で一つポイントを打っておいてもいいのかなと思えたんです。

――今回それを記念して、浅倉さんがこれまでに作・編曲した作品をコンパイルしたベスト盤『THE BEST WORKS OF DAISUKE ASAKURA quarter point』が発売されましたが、本当に膨大な数の曲の中から、選りすぐりの曲たちを30曲パッケージするにあたって、選曲作業が大変だったのでは?

『THE BEST WORKS OF DAISUKE ASAKURA quarter point』
『THE BEST WORKS OF DAISUKE ASAKURA quarter point』

浅倉 全部で約750曲あって、レコード会社とやりとりしながらざっと絞って、でもCD2枚組というのは決まっていたので、そこからさらに絞り込みました。10周年と15周年にもベストアルバムが出ているので、そこに入っている曲はそちらで聴いてもらって、僕の姿勢的にはチャートを賑わせた曲と、自分の中のまだ止まらない、進化していく過程を同時に感じてもらえたらと思って選びました。ベストアルバムって一般的には、耳にした時に「あ、これ好きだった」「これ知ってる」「これ、歌える」という感じだと思いますが、今回の作品も一枚目はそういう感じですが、二枚目はもうベストアルバムという感じではないです(笑)。僕がソロでやっているインスト曲が多いせいかディープでカオスな世界になっているのですが、でもそれが僕の25年の移り変わりなのかなって。

――デビューアルバムの『LANDING TIMEMACHINE』もインストでしたよね?

浅倉 そうですTM NETWORKの曲のカバーアルバムでした。

――TM NETWORKは浅倉さんがこの業界に入ってくる大きなきっかけにもなっていますが、その前に影響を受けたアーティストがいたとお聞きしました。

浅倉 最初にやってみたかった楽器がシンセサイザーで、頭の中でイメージする音は響いていたのですが、それを実際に音として出すにはどうすればいいのか、調べまくったときにギターでもない、ピアノでもない、バイオリンでもバンドでもない、そこで衝撃的だったのがYMOの存在でした。この音は一体どうやって鳴っているんだろうという感じでした。もちろん存在もカッコよくて、何よりその音を作るという発想そのものが新しかったんです。

――新しい音を生み出していく感じでした。

浅倉 そうなんです。機械が淡々と刻むビートにその時すごく衝撃を受けて、色々な曲を聴きながら手法を解析していくと、人間の手で処理できないものは全部コンピュータを使っていて、もっというと人間の手では弾けないフレーズもコンピュータなら弾けると。シンセサイザーとコンピュータがあれば、自分のイメージするものができると思いました。

――YMOに出会って自分が追求していくものがハッキリして、それまではどんな音楽を聴いていたんですか?

浅倉 クラシックから邦楽、洋楽、アニメソングまで何でも聴いていました。特にオーケストレーションは好きでしたね。今でも小さい頃に観た「ウルトラマン」の主題歌で、あそこのティンパニーがカッコいいとか、あのホルンはイイとか全部覚えています。小さい頃から、歌とメロディを聴いていたのではなく、オケ=演奏を聴いていたんだなと思います。

TM NETWORK小室哲哉との出会い

――話が前後してしましすが、それで自分の理想の音を追求するために、楽器の勉強も兼ねて楽器屋さんでアルバイトを始めたんですか?

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浅倉 楽器屋でバイトをすれば一番手っ取り早く最新機材に触れることができて、勉強できると思いました。ちょうど1982年頃、今までのアナログの楽器が全部デジタルに置き換わって、そこで機材の操作をしているうちに、設計者が意図しない機材の使い方を発見したりして、そうしたらヤマハの本社の人から声がかかって、ちょっと会いませんかという話になって。それが高校生の時です。楽器メーカーと何をしていたかというと、僕はシンセサイザーとコンピュータを組み合わせることで音楽を作っていたので、音楽のこともわかるしコンピュータの仕組もわかるので、ハードメーカーとミュージシャンとの架け橋、通訳のようなことをやっていました。楽器メーカーは最新技術で機材を作るのですが、それは業務機器であって楽器ではないんですよね。それを楽器に落とし込むにはどうすればいいか、それで間に僕が入って、という感じでした。普通のミュージシャンにリサーチしても「もっとアグレッシブに探ってみてよ」という答えが返ってきたりして、でもそう言われてもエンジニアは理解できない(笑)。それでヤマハと一緒に何年か開発セクションで仕事をしていました。そんなことを何年かやっている時に、TM NETWORKの小室哲哉さんからヤマハの方に、全ての音を打ち込みでやりたいというリクエストが来て、「浅倉、お前行ってこい」と言われてお手伝いして、最初はステージ裏で音のプログラミングをやっていました。

――浅倉さんがシンセサイザーの機能の進化と、デジタル音楽の進化に多大な貢献をしているってことですよね。

浅倉 ぶっちゃけ、そうですね(笑)。そういうこともあって、小室さんと色々とお話をしていくうちに、「浅倉くんは独自の音楽性を持っているから、自分でソロアルバムを作ってみたら?」と言われ。でもいきなり全部ソロだとなかなかみなさん入りにくいだろうからって、そこが小室さんのプロデューサー感覚のすごいところで、「まずTM NETWORKのカバーアルバムだったら、とっつきやすいしカラーも出せるんじゃない?」って。

アニメソングに大きな影響を与えたaccess=浅倉サウンド

――浅倉サウンドに影響を受けたアーティストも多いです。

浅倉 自分で言うのもおこがましいのですが、今どきのアニメソングを聴いていると、なんかきっとこれ僕の曲、聴いているよなぁと感じることが多いです。特にaccessで初期の頃やった、打ち込み音楽に必ずギターが入るというスタイル。知っている音と知らない音が融合することによって、ふっと人が理解しやすくなる。全部打ち込みだけではないという感じは、アニソンに多いし、実際それを作っている人達に会ってみると「最初に買ったアルバムがaccessです」という人が意外と多くて嬉しいですね。

――さらにリアルタイムで聴いていなくても、コンピレーション盤などでaccessの音楽に触れたという人も多いでしょうね。

浅倉 そうですね。そんな中でデビューの時にカバーアルバムをやって、ソロで自分のインストの世界観を作って、2枚目のアルバムで歌というものの大切さに気づいて、そこでゲストボーカルで参加した貴水博之に出会いました。彼とはすごくインスピレーションが合って、歌と打ち込みの音で新しい世界が作れるんじゃないかという確信がどこかにありました。

――自分が作る音に合うのは、貴水さんのようなハイトーンボーカルでなければ合わないと思っていたのですか?

浅倉 今だったら、低い声の人は低いなりにいくらでも調節できますが、当時は音数が多いというのが僕の一番の悩みで、紐解くとオーケストラと同じなんです。そんなオーケストラのような音をバックに歌えるオペラシンガーとなると、必然的に求めた声が貴水くんだったのかなって。

――なるほど、それは歌うほうは力量を問われますよね。

浅倉 それがちょうどぴたっと歯車が合って。自分の中ではインストを作る世界と、ユニットとして活動する世界ができて、accessはある程度売上げもあって、そうすると今度はプロデュースの話が来るようになりました。いかにアーティストが輝いて見えるかということを追求する世界ですよね。自分のソロは実験の場所、accessはユニットとしての化学反応を楽しむ場所、プロデュースはシンガーを輝かせるオケを作る場所、この3つの柱は今も続いてます。

「プロデュースとはそのアーティストが気づいていない、新しい魅力を引き出すこと」

――プロデューサーとしてはどういうポリシーでアーティストと向き合っていたのですか?

浅倉 僕のプロデュース感覚では、そのシンガーが自分で思っている魅力と、周りから見た魅力というのは絶対に違うだろうというのが持論なんです。この人のこういうところが素敵だなあというのを自分なりに探し出して、それをオケで作って自然に導き出してあげるのが、僕流のプロデュースです。

――今回の作品では、色々な方に提供した楽曲が収録されていて、浅倉さんのバラエティに富んだプロデュースワークを聴くことができますが、当時グラビアアイドルだった雛形あきこさんに提供した「笑顔の予感」は、グラビアアイドルとレベルの高い浅倉サウンドの組み合わせが、話題になりました。

浅倉 雛ちゃん本当は歌いたくなかったってよく言っていますが(笑)、そのギャップが面白くて。

――当時は今以上に、何かで人気が出たらすぐにCDデビューという風潮がありました。

浅倉 藤井隆さんは別でしたね。お笑いで人気が出たので次は歌もやるのかと思って御本人とお話をしてみたら、すごく音楽に冷静で真面目で、その姿勢がすごくよかったんですよね。

――「ナンダカンダ」も名曲です。

浅倉 藤井さんは今や、セルフプロデュースで音楽を作っていますしね。

――木村由姫さんのプロデュースも革命的でしたよね。

浅倉 「LOVE & JOY」はドラマのタイアップということもあってヒットしましたが、その後思いもかけないところ、ホストクラブ業界のシャンパンコールで人気がでたり…(笑)。今もカバーしてくれる人がいます。

提供した作品で、一番手応えがあった作品は……

――今出てきた曲も含めて、提供した曲の中でご自身で特に手応えがあった楽曲を教えていただけますか?

浅倉 やっぱり「笑顔の予感」とかpool bit boysに提供した「SPIRAL」とかですね。プロデュースといっても、もうデビューしているかたと、僕のプロデュースでデビューという人の差って大きくて、そういった意味では雛形あきこちゃんもpool bit boysも両方共デビューシングルなんですが、世の中に出るにあたって、その人の名刺を作ってあげるという感覚はやりがいがあります。

――中森明菜さんに提供した「Rojo-Tierra-」はいかがですか?

浅倉 お話をいただいた時は嬉しかったですね。小学生時代観ていた歌番組での明菜さんの印象があって、やっぱりここが好きという部分があったので、曲を書くにあたってもそこは入れ込みました。「Rojo-Tierra-」のラフをレコード会社のスタッフに渡したら、半音下げて欲しいと言われ、でもそこは怒られてもいいかなと思って、絶対下げないほうがいいですって主張したら、結局了承してくれました。

――そこがプロデュースですよね。

浅倉 ベースはEDMだったのですが、それを中森明菜としてカスタマイズした感が欲しいというリクエストがありました。普通の打ち込みのEDMのパーカッションではなく、あえて全部生にしたい、ひと筋縄ではできないカスタマイズ感という部分をオケに入れたいと。それはすごく貴重な意見で、生のパーカッションに全部置き換えて、シンセサイザーと生のパーカッションのグルーヴと明菜さんの歌で、やっと一つの形になりました。

――一方でアイドルにも曲を提供していますが、東京パフォーマンスドール(TPD)は浅倉さんの目にどう映ったのでしょうか?

浅倉 パフォーマンスとダンスがとにかく本格的だということ聞いていて、プロデューサーってある種、S感覚がちょっと芽生えるんですよね。というのはその感覚がないと、観ている人に興奮が伝わらないんです。楽に歌っているもの、楽しそうにやっているものって、結局他人事なんですよ。それがBPMは異常に速かったり、キーがつらそうだと人を惹きつけられるというのが、僕のプロデュース論のひとつにあって。この「逆光×礼賛」を作った時にメンバーに言われたのが「BPMの速さがTPD史上最速です」って。でもそれをクリアしようとしている情熱とか、スリルとかって、観ている人に伝わるじゃないですか。そうすると、ステージ上で駆け引きが生まれてくるんですね。本人たちも辛いけど、声を振り絞って出したり、息切れしているけれども歌おうとしている熱気だったり、緊迫感だったりが。そこは「逆光×礼賛」はうまくできたと思います。本人たちは大変だと思いますが(笑)。

アニソンへの徹底したこだわり

――色々なジャンルのアーテイストから曲の発注が来ると思いますが、どんなジャンルがきても大丈夫なんですか?ここはちょっと無理かなというジャンルってあるんですか?

浅倉 依頼がきたものは僕の音を知ってオファーしてくれる訳で、その時のスケジュールの具合で相談することはあっても、断ったことはないです。キャラソンから映画のサントラもやったことがあるし、あとアニメ系はシンセサイザーの音との相性がすごくいいので、お話を頂くことが多くて、得意ですね。アニメもやっぱりこだわります。出てくる登場人物の人数や、例えばロボットものだったらその材質はメタルなのかカーボンなのか、鉄なのか、それによって音色も金属的になるのか、有機的な音色になるのか変わるじゃないですか。そういうのは毎回アニメのお仕事をいただくと、監督に突っ込んだ質問をします(笑)。

――歌ものはもちろんですが、浅倉さんが作るインスト曲の様式美の美しさというか、構成の素晴らしさに改めて圧倒されました。

浅倉 ほぼリリース順、時系列になっているのですが、シンセサイザーの音で作れる世界、エレクトリックサウンドの25年の進化っていうのが僕はすごく面白いなと思っていて、そこを聴いてもらいたいですね。

「色々な人が感じているものを自分なりに音にして、残していくこと、そしてそのメロディが聴いてくれた人達の中の、どこかに刻まれていって、メモリアルなものになる音楽を作っていきたい」

――色々な音楽に携わってきていて、アウトプットしている部分が多いと思いますが、インプットはどうされているんですか?

Photo/Kazuko Tanaka
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浅倉 インプットにはすごく時間をかけるようになりました。何年か前から天体観測にハマって、その前からカメラにもハマっています。今はすべてがデジタルでレコーディングできるようになって、同じものを何度でも再現できますよね。昔のレコーディングってアナログならではのスリル感がありました。もう二度と再現できないとか、そういうスリルをどこかでいつも感じていたいんだと思います。カメラってその瞬間しか撮れないですよね。でもせっかちなので、すぐ形とか音にならないと嫌で、アナログカメラには興味がなかったのですが、カメラもデジタルになって、撮ったものがすぐにデータで確認できるので、空とか色々なものを撮り始めたら、もう5秒後には空の色が変わっていたり…。で、次はもっと遠くを観たいな、レンズをどんどん長くすれば目で見えない世界も見えるんだと気がついて、レンズが一眼レフからバズーカになって、天体望遠鏡になっていって、そこから宇宙に興味を持ち、答えのない世界ってすごく魅力的だなというところにたどり着きました。それって僕がシンセサイザーを始めたきっかけにも通じるものがあって、シンセサイザーってセオリーがない、正しい、悪いがなく、何でも新しいものが作れるし、技術が進めば新しい音が作れます。宇宙の果ても科学技術で少しづつは解明されているけど、解説本を読んでも、~と思われています、言われていますという感じで、そんな宇宙にどんどん興味をもって、望遠鏡で見ることができるものの限界まで見えたりすると、そんな中での人間って何?っていうところに今度は戻ったりとか。人間の故郷ってどこ?素粒子って?ひも理論って何?って、僕の最近のエネルギーは、ミクロとマクロの世界なんですよね。次に企んでいるのは、素粒子の曲を作ろうと思っています。答えはないけど、イメージはどんどん膨らむし、ある種妄想なんですけど、すごくSF的な妄想が好きで、自分の脳内空間の妄想を音にするために、実験的に取り組んでいるのがソロでやっている“DA METAVERSE”というシリーズなんです。今回の作品の2枚目はそういう曲が多いので、非常にカオスになっています。それこそ7曲目の「YaTa-raven chronicle」は八咫烏(やたがらす)伝説がテーマだったり、10曲目の「3x10^8 LUCKS」は小惑星探査機ハヤブサ2の応援歌だったり、11曲目の「0 game」も時代時代をリアルに受け止めなければという想いから書いた曲で、曲自体はポップなんですが、今自然災害がすごく多い中で、すべてがゼロになることってあるんだということを僕なりに解釈して、歌詞をつけてもらいました。そういう世界をソロの中でやっているので、それでインプットできたりしています。あとは僕がやることは、色々な人が感じているものを自分なりに音にして、残していくことなのかなと。そしてそのメロディが聴いてくれた人達の中のどこかに刻まれていって、メモリアルなものになっていけばいいなと思います。

――犬も大切な存在ですよね?

浅倉 そうです!言葉を喋らないから本当にピュアで、犬に尽くしている瞬間ってたまらないですよね。親が死んでも泣かないのに、犬を亡くしたときのあの哀しみって何?って感じです。accessの曲を作っている時も、亡くなった犬に贈る曲しか書けなくなって(笑)、貴水くんがかわいそうで(笑)。僕の音楽をずっと聴いて下さっている方には、その時の音を聴けばその時の僕の気持ち、状態がわかるんですよね。ことあるごとに言っていますが、音楽で嘘はつけないと思っていて、多分なんかこれ微妙だなと思うものは、いくら言葉で取り繕っても音楽に出てしまいます。そこは犬との接しかたですごく感じたことですね。あと、インドア派だったのが犬のおかげで外に出るようになりました。それもインプットのひとつですね。下手すると、スタジオに引きこもって一日誰とも喋らないという生活をしていたのに、犬を飼うようになってからは一日一回1時間散歩に行って、外ですれ違った人と天気の話をすようになりました(笑)。

「リスナーに、音楽をきちんと聴いてもらえる時間を作る責任が我々にはある」

――最後に今の音楽業界をどう思っているか、またどうなっていくと考えているのか教えて下さい。

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浅倉 たくさんの娯楽がある中で、音楽をきちんと聴いてもらえる時間を作ることの責任は我々にもあると思います。それはライヴだと思います。僕は今ライヴを細分化させていてaccessでは秋はホール、春はライヴハウスでバージョンの違うライブをやって、その間にソロでDJとして全国各地のクラブに出向き3~4時間音楽を流すことをやっています。そうやってとにかく時間を割いて音楽をいい音で聴いてもらいます。そうすると、体の細胞って反応するんですよね。だから生でいい音を体感してもらう時間というのはすごく大事だと思っています。メディアに関しては、今はちょうど移り変わる時期だと思いますが、今の時代に一番簡単にいい音を聴いてもらうのは、まだCDが強いです。iTunesとかも便利なんですが、データ量が1/10、1/15になってしまうんです。わかりやすい例えでいうとiPhoneの画面で綺麗に見える写真も、パソコンで拡大して見ると全然綺麗じゃない。データ量が足りなくて、でもそれがハイレゾになれば、パソコンの画面で拡大しても、睫毛まで見える状態になります。ただハイレゾになった時のデータ量に対応するインフラのスピードや、再生するプレーヤーのメモリーがまだ追いついてきていないのと、値段がまだ高いですよね。それがもう何年か後には、きっといい音を聴きたい人はハイレゾプレーヤーで聴くという環境になることを想定して、今、音を作っています。だからYouTubeで聴ける音質というのはプロモーションでいいと思うんです。音楽が持っているパワーというものを絶対に信じています。

――10/7・8には東京国際フォーラムでのライヴが控えていますが、このアルバムを軸にした内容になりますか?

浅倉 半分くらいはそんな気持ちでいますが、半分は今思うこれからの自分の世界を表現したいです。シンセサイザーの音って仮想空間の音じゃないですか。この2日間だけ、東京国際フォーラムに僕の脳内空間に通じるポータルの穴が開いたような感じの世界を作りたいです。パフォーマーとかダンサーも入れながら、逆にバンドがいないという全部自分の音だけのソロなんです。白と黒の鍵盤があってこその25年なので、ピアノからオルガンからビンテージシンセから、最新デジタルシンセまで弾きまくろうと思っています。

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<Profile>

1991年デビュー。ソロ活動の他に、access、Icemanなどのユニットとしても活動。また多くのアーティストへ楽曲提供・プロデュース、アニソンやゲームミュージック、映画、舞台音楽なども手がけ、その多岐に渡る活動で注目されている。また愛犬家、ディズニー、宇宙マニアとしても有名で、バラエティ番組への出演も多い。『THE BEST WORKS OF DAISUKE ASAKURA quarter point』スペシャルサイト