母となりさらに進化した”歌唄い”一青窈が、プラハ国立歌劇場管弦楽団と紡ぐ”情緒”とは?

3月23日・東京・渋谷Bunkamuraオーチャードホール

出産後初ライヴが東京フィルとの共演。「不安、プレッシャーはあったが、オーケストラの音に助けられた」

3月23日、一青窈は東京・渋谷Bunkamuraオーチャードホールのステージに、いつものように裸足で立っていた。2009年以来2度目の東京フィルハーモニー交響楽団(指揮:渡辺俊幸)とのコラボ―レションだ。名曲の数々がいつもと違うアレンジで、芳醇さをまとって、一青の伸びやかな声と共に客席に届けられていた。

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このライヴの4か月前、彼女は長男を出産した。産後初のライヴがオーケストラをバックにしたスペシャルなものということで、プレッシャーや不安に苛まれたことはなかったのだろうか。本人に振り返ってもらった。

「不安だらけでした(笑)。出産してから歌うための腹筋が戻っていなくて、どうやって歌うんだろうという感じでした。でも復帰一発目がオーケストラで良かった気がしています。大人数の音に助けられたというか、バンドだけであの会場で歌うとなると、結構な大仕事になると思うのですが、オーケストラの感動的な音に委ねている部分が大きかったのは確かです」(一青、以下同)。

とはいうものの、その声は変わらず伸びやかで、情緒的で、表現力は見事だっただけに、まさに母は強しである。出産を経て、声自体の変化については「下の部分がふくよかになって、どうしても腹筋が伸びた状態から回復している途中ですので、ビブラートが細かくなっていて、正直ロングトーンが伸びにくい感じはあります。アスリートがトレーニングを一日休むと、それを取り返すのに時間がかかるのと同じで、歌手に必要な腹筋を取り戻すのも、時間がかかるのかもしれないですね」とメリットとデメリットを語ってくれたが、東京フィルとの共演ではより丁寧に歌っていて、メリットの部分しか感じさせなかった。

オーケストラの共演で求められるのは、各演奏者と”情緒”の共有。「”大きいうねり”でお客さんをどう包めるか」

通常のライヴとオーケストラを従えてのライヴとでは、どこか一番違って、何に一番気を遣うのだろうか?「「情緒」の部分を各パートに皆さんといかに共有できるかということだと思います。どこでクレッシェンド(だんだん強く)になって、デクレッシェンドになって、という部分をコンサートマスターとアイコンタクトをしながら、今盛り上がるべきところ、今は泣きの部分、というところを共有して、観客の心を揺さぶるんです。でもリズムとか、音が外れないようにとか、そういうところにはあまりストイックにならずに、“大きいうねり”でお客さんをどう包めるかです」。オーケストラが放つダイナミックな音を歌とともに、大胆かつ繊細にお客さんに届けることで“情緒”を感じ、大きな感動が生まれる。それがポップス歌手×オーケストラのライヴの醍醐味である。

プラハ国立歌劇場管弦楽団と初の共演が実現。「プラハの街で感じた”悲哀”と、例えば演歌が持つブル―ス的な感じとが融合したら何が生まれるか、楽しみ」

東京フィルとの共演に続いて、一青の元にプラハ国立歌劇場管弦楽団との共演の話が舞い込んで込んできた。11月8日の東京芸術劇場を皮切りに、10日長野市芸術館、12日神奈川・厚木市文化会館と、素晴らしい音響を誇るホールで3公演行う。プラハ~との共演は初めてだが、彼女にはチェコという国に忘れられない想い出があるという。「10年位前に、ヤン・シュヴァンクマイエル(チェコのアニメ界の巨匠)のスタジオに行きたいと思い、一人でプラハを訪れました。お城の周りの街並がすごくきれいで、そこでぼろぼろのノートを買って、詞を書いた記憶があって、今回のお話しをいただいた時、まずそれを思い出しました。それと雰囲気が“暗かった”んです。独特の空気というか、ちょっとぞわっとするというか、ですがこの国は、色々な事を乗り越えてきた歴史が刻み込まれているのだと思いました。その暗さ、悲哀みたいなものと、例えば演歌が持つブルース的な何かがうまく融合して、大きなものが出来上がったらいいなと思います」

日本人旅行者にも人気の東欧の国・チェコの、美しい街プラハにあるプラハ国立歌劇場を本拠地とするこの管弦楽団は、ヴェルディやプッチーニなどのイタリアオペラから、ワーグナーなどのドイツものまで、幅広い演目で観光客にも人気だ。そんなオーケストラと一青の共演は、どんな“物語”になるのだろう。それは一青の言葉にもある、彼女が訪れたプラハで肌で感じた、街全体に漂う“悲哀”のようなものと、日本の演歌が持つ“悲哀さ”が融合した時に、どんな情緒が生まれてくるのか……そんな楽しみを予感させてくれる。

「プラハ国立歌劇場管弦楽団に日本の音楽をぶつけたら、どうなって返ってくるのか、楽しみ」

「限りなく演歌に近い歌謡曲をやりたいと思っています。プラハ国立歌劇場管弦楽団の方達が、日本の歌謡曲をどう捉えて、どうアプローチしてくるのか興味があります。日本人だと、侘び・さびがわかって、こぶしを回した時にその世界に入ってこれますが、プラハの人はどうやって捉えるのだろうと。そこを敢えてぶつけてみたいと思っています。プラハの方達に日本の音楽をぶつけて、どうなって返ってくるのか、自分で聴いてみたい。それと中国語で歌っても面白いと思っています」。

一青窈の歌は、オーケストラの生の音に触れると、“情緒”の部分が感動となって、心地いい余韻として長く残る。それは独特のリズムとビブラートがもたらすもので、安直な言い方だが、弦の音との相性がいい。だから代表曲「ハナミズキ」をオーケストラの音で聴くと、いつも以上にそしていつもとは違う感動に包まれる。そんな彼女の声、歌を、文化が異なる国のミュージシャンがどう感じ、何を生み出そうとするのか、楽しみだ。さらに「中国語でも歌ってみたい」と言っているように、彼女の祖国・日本と台湾そして東欧という3つの国の風が吹くのも感じてみたい。

「クラシックコンサートの敷居を下げたい」

クラシックのコンサート、オーケストラとの共演というと、どうしても敷居もチケット代も高いものというイメージが先行してしまい、若い人達がなかなか会場に足を運びづらい状況だが、彼女は今回のプラハ国立歌劇場管弦楽団とのコンサートを、若い人に観て欲しいという。

「チケット代がどうしても高くなってしまいますが、若い人に「実はカッコいいんだよ、生音」というのを伝えたい。これからの課題として、学生はもっと安くするとか、立ち見も安くするとかして「高いお金をここに払うんだったら、それを通信費に充てたい」という若い人達の考えを、なんとか逆転させたいです。いい音楽、上質な音楽の敷居を下げていかないと、どんどん廃れていってしまうかもしれないですし、もっと気軽にクラシックを楽しんで欲しい」と訴えている。

さらにクラシックのコンサートは、基本的には未就学児童の来場はNGだ。しかし母親になった一青はそれに異を唱え「ぜひ0歳から聴けるようにして欲しい。いい音楽を小さい時から聴いていると成長していく過程で必ずいい影響があると思うし、周りのお母さん達の声を聞いても、かなりの需要があると思う」と、ここでもクラシックのハードルを低くしたいと語り、これからのクラシックの在り方、いい音楽を残すためにどうすればいいのかということに、これまで以上に真剣に向き合っている。

結婚~出産を経て変わった”自分”。「今は、触れるもの全てが刺激的なインプットの時期」

彼女は結婚、初めての出産を経て、明らかに変わった自分の存在を自覚しているという。それは声はもちろん、考え方、様々な事との向き合い方、全てにおいて経験を積んだ上でのフレッシュな状態だ。「今「もらい泣き」でデビューをしていた頃に似ていて、結婚、出産を経て、自分に対してのインプットが多い時で、これが満タンになるとまた溢れ出るものがあると思っています」。

様々なことを経て、今またデビュー時のように、触れるもの全てが刺激的な時期だという一青にとって、今回のプラハ国立歌劇場管弦楽団との共演は素晴らしい刺激になるはずだ。そして表現者として母となり、新たなステージで挑むヨーロッパのオーケストラとの共演で、どんな感動を生み出してくれるのか、楽しみだ。

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<Profile>

1976年9月20日生まれ、東京都出身。2002年、シングル「もらい泣き」でデビュー。翌年、「日本レコード大賞最優秀新人賞」、「日本有線大賞最優秀新人賞」などを受賞し、「NHK紅白歌合戦」にも初出場を果たす。5枚目のシングル「ハナミズキ」、そして初のベストアルバム『BESTYO』が大ヒットを記録。2009年、初の日本武道館ライヴを開催。2004年に映画『珈琲時光』、2008年に音楽劇『箱の中の女』で主演を務め、 2013年に初の詩集『一青窈詩集 みんな楽しそう』を発売するなど、歌手の枠に捕らわれず、活動の幅を広げている。先日、出産後初のツアー『一青窈 TOUR 2016 人と歌~折々』を終えたばかり。

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