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夏のクマは飢えている?都会に出没するのはなぜだ

田中淳夫森林ジャーナリスト
今やクマはいたるところに出没する(写真:イメージマート)

 今年の秋、東北ではクマの大量出没が心配されている。

 東北森林管理局による東北5県(福島県を除く)で行われたブナの開花状況の調査で、ブナの実の「大凶作」が見込まれるというのだ。今秋は、ブナの実がほとんど実らない可能性がある。

今年の東北はブナが大凶作!

 139カ所の調査で、「非開花」は103カ所。豊凶指数は、秋田が0.3、岩手が0.4と、開花状況調査が始まった2004年以来の「大凶作」が見込まれる。

 となれば、考えられるのは、ツキノワグマの人里への出没である。今夏は何かとクマが出没するニュースを目にするが、冬眠前に餌不足に陥ったクマが、大挙して市街地に押しかけるかも……!

 だが、ブナの凶作で餌不足に陥るのは、秋以降の可能性だ。クマの餌として思い浮かぶのは、ブナに限らず、木の実、いわゆるドングリだが、実るのはたいてい秋。それでは、秋以外の季節にクマは何を食べているのだろうか。冬は冬眠しているとしても、春と夏は。

 そこでクマの食性と人里出没の関係について考えてみたい。

 春は新緑の柔らかい葉である。冬眠から目覚めたクマにとって、まず若葉や花が餌となる。ブナも実は成ってないが、新芽や若葉、花は食べられ、ミズナラやササなどの新芽もご馳走となる。もちろん樹木だけではなく、フキやスゲ、アザミなど草本類も食べる。さらにタケノコも好物だ。

 春の野山、人間が「山菜」と呼ぶものは、クマにとってもご馳走なのだ。

初夏の山に食べるものがない!

 ところが初夏になると、若葉は硬くなって食べにくくなる。クマは雑食と言いつつ植物をよく食べるが、シカのように食べた植物質を反芻して分解できる草食性動物ではない。どんな枝葉でも食べられるわけではない。

 かといって初夏の山に果実はまだ実っていない。意外や、夏はクマの餌となるものが少ない。つまり飢えがちなのだ。

 そんな飢えたクマが狙うのは、動物性の餌である。

 とくにアリやハチの仲間は大好物。これらの昆虫は、巣を見つけることができれば群集しているから一度にたくさん食べられる。ミツバチなら甘いハチミツまで得られる。ただクマのプーさんのようにハチミツだけではなく、ハチ(成虫のほか卵、幼虫、サナギ)そのものを食べるのだ。ほかにバッタやガガンボ、オサムシの仲間などを食べていた報告例もある。さらに川でサワガニなども探して食べているらしい。

 また動物そのものを襲って餌にするケースもある。シカやイノシシ、ウサギなどの成体は素早くて捕獲が難しいが、春に生まれたばかりの子供は、逃げ足が遅いから捕獲できる確率が高い。それが貴重な餌になるようだ。

有害駆除がクマの餌を供給?

 最近はもう一つの動物性餌の存在が指摘されている。それは有害駆除個体だ。

 夏は、農作物を荒らすシカやイノシシを駆除するシーズンでもある。ただし山中で仕留めても人里まで個体を下ろすことは物理的に難しく、ジビエにするために担ぎ下ろすケースは1割もない。

 たいていその場で埋没処理される。と言っても、山の中で深い穴は掘れず、土をかける程度になることが多い。

 その臭いをかぎつけてクマは掘り返し、屍肉を餌とするというのだ。近年は駆除数が爆発的に増えているから、それだけクマに餌を供給していることになる。皮肉なことに獣害対策がクマなどを増やす可能性もある。

 なお盛夏になると、キイチゴやアケビ、ミヤマザクラ、ヤマブドウ、サルナシなど液果(水分を多く含んだ果皮を持つ果実)が実り始める。これらもクマが好む餌で、また植物質の餌を多く取り始めるようになる。

豊凶の波がクマを人里に向かわせる

 そして秋は、言うまでもなくドングリに草の実、根茎など栄養価の高い餌があふれる季節である。ここでしっかり脂肪を蓄えて冬眠に備えるわけだ。また北海道のヒグマのように、川を俎上するサケを狙うこともある。

 しかし、こうした餌には豊凶の波がある。身近な行動圏で十分なドングリなど餌が採れないと、行動範囲を広げて探す。クマはエサを探しながら、何十キロも移動することが知られている。当然、山も越える。その過程で人里に出て、そこに農作物やカキ、ミカンなど果実がなっていると、喜んでむさぼり食うわけだ。これが「人里に出没するクマ」だ。

 一度人里の美味しくて豊富な餌の存在を知った個体が、再び奥山にもどるかどうかは怪しい。そうした集落に住む人は生活を脅かされるのである。

住処を奪われているのは人間の方だ! 苛烈な獣害が集落をつぶす

 なお勘違いしてはいけないのは、初夏、もしくは凶作時の秋などに飢えたクマに、人が餌を与えたら、クマは満腹になってまた山にもどってくれるというわけではない。実際に山にドングリを運んだり、カキやクリなど果実のなる木をクマ対策として植樹したりするケースがあった。

 それは逆効果である。絶対にやってはいけない。美味しい思いをすれば、より餌を求めて徘徊するだろう。人は餌をくれる存在と学習することにもなりかねない。また栄養状態がよくなれば出産も増え、生まれた小グマも生存確率が増えて生息数を増やす。より出没の可能性を増やすだけである。

繁殖からあぶれた若雄は都会をめざす

 もう一つ。6~7月の季節の特性として、繁殖行動が活発化することがある。だいたい3~5歳で性成熟して、雄は雌を追いかけ始める。その際に争いが起きて、追い散らされる個体がいる。たいてい若い雄だが、それが人里に出て来やすくなる。

 それに個体数が増えると、分布も拡大する。これまでのテリトリーは親世代に占拠されているから、新天地を探し求めるタイプの若いクマが出てくる。そうした若くてパイオニア気質の個体は、人の住む農山村にも入ってくる。最近の農山村はすでに野生動物が闊歩しているから、より新天地を求めて都会の市街地に出てくることも考えられる。

 そこには県庁所在地クラスに留まらず、人口100万を越える大都市も含まれる。しかも入れば意外や農村以上に餌が多くて、ハンターもいないから危険も少ないことに気付くのである。

大都会に出没する野生動物の侵入ルートと隠れ家はどこだ

 盛岡市の盛岡市動物公園ZOOMOでは、6月に続き7月2日にも野生のクマが侵入した可能性があるとして休園していた。これはパイオニアとして新天地を探すだけでなく、動物園の異性クマの臭いをかぎつけたのかもしれない。

 また秋田県由利本荘市の中心市街地で、3日未明、クマが目撃されている。周辺には消防本部や市役所庁舎、スーパーやホテル、病院などが並ぶ中心部だ。

 北海道では、ヒグマが札幌市街地へ出没することが珍しくなくなった。6月13日には札幌市西区の公園で小学生が茂みにいるクマを目撃した事案も発生している。

 いずれも都市の中心部までクマが出没し始めたのである。

市街地でも銃を使える体制づくり

 今後、どんな対策を取るべきだろうか。

 山形市は、市街地で猟銃を使った駆除を行える新たな体制づくりを進めている。猟友会に所属する専門の訓練を行った30人規模で構成し、近距離で動いているクマを撃つのに適した「スラッグ弾」を使用することが前提とするらしい。

 市街地で見かけたらすぐに撃つのではなく、追い払ってもクマが滞在し続けたり人に向かってきたりした場合などに限るとは言うものの、もはや臨戦態勢なのだ。

 イタリアでは、市街地に出没するイノシシに対処するために都市部でも猟銃を使った駆除を行える法案が通った。

イタリアが都市でもイノシシ狩りする事情

 日本も、こうした市街地における野生動物の駆除方法を全国的に考えるべきだろう。ある意味、今が正念場だ。クマのほかイノシシ、シカなど大型の野生動物が市街地への進出を狙っている。その出鼻をくじかないと、彼らは都会になじんで住みつき繁殖し始めるかもしれない。

 今後は、全国で「日常的にクマがいる」状態に対応する覚悟が必要となるのではないか。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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