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イタリアが都市でもイノシシ狩りする事情

田中淳夫森林ジャーナリスト
イタリアの市街地にあるイノシシ注意の標識(写真:アフロ)

 イタリアの議会(下院財政委員会)が、野生のイノシシ狩りを都市部でも認める関連法改正案を可決したというニュースを目にした。単なる狩猟ではなく駆除のためというが、都市部で行うという点がユニークだ。まだ施行までは行っていないが、何が起きているのか?

 そこでイタリアのイノシシ事情を調べたのだが、いやはや日本と同じか日本以上かもと思わせる。そして日本の獣害問題とも共通点が大ありなのだ。そこでかい摘んで紹介しつつ比較したい。

 まず日本より国土面積が狭いイタリアに、野生のイノシシが200万頭以上生息するとされる。日本でもイノシシの増加が問題となっているが、現在の推定は88万頭。2倍以上なのだ。(ちなみにヨーロッパ全体では400万頭という数字もあり、その半分がイタリアに生息というのは若干疑問なので、どちらかの数字に誤差があるものと想像する。)

絶滅寸前から、戦後激増

 ところが昔からそんなにイノシシが多かったわけではないらしい。1900年初頭には絶滅を心配されるほどだった。増えたのは第2次世界大戦後というが、今では全土にいるそうだ。そして都市部にも進出してきた。

 ローマにもイノシシが出没し、車両と衝突するほか、飛び出したイノシシを避けようとして起きる交通事故が多発しているという。さらに市民がぶつかったりかみつかれるなど襲われるケースや、公園緑地を荒らされたり、農作物への被害も無視できないほどになってきた。またダニなど寄生虫を持ち込み、さらにレプトスピラ症など重篤な感染症の伝播の危険性も指摘されている。

イネのヒコバエもイノシシの大好物。(フリー素材)
イネのヒコバエもイノシシの大好物。(フリー素材)

 実は日本でも、昭和30年代までイノシシはかなり少なかったうえ、積雪の多い東北にはいなかったのだが、近年は激増している。そして生息域も北上しており、今は北海道を除いて全国にいると言って間違いないだろう。

 都市部への進出が目立つのも同じだ。全国の地方都市のほか、首都圏でもイノシシの侵入が問題化している。獣害も同様。

 そこで都市部でも狩猟できるようにしたわけだ。主導した政党「イタリアの同胞」は、狩猟ではなく(個体数の)調整と主張しているが、狩られたイノシシの肉は、衛生検査をパスすれば食用にできるそうである。

 具体的な狩り(調整?)の方法は、訓練された専門のハンターが銃、もしくは麻酔銃で撃つことになるようだ。市街地で行うだけに、慎重さが求められるだろう。

 ここで気になるのは、戦後のイタリアでイノシシが増加した理由だ。大きな理由として挙げられているのは、山間部の人口減少である。日本と同じく住民が便利な暮らしと職を求めて都市部へと移り住み過疎が進んでいるのだが、おかげで耕作地の放置が進み、森林が拡大した。その結果、イノシシが生息しやすい環境が増したからだというのだ。環境が変化しイノシシの生存に適した土地が増えたのだ。

 この点も、日本とそっくりだ。

人が減ると増える餌

 一方でイノシシの餌は増える。単に農作物を狙うだけではない。日本の場合は、雑木林のカシやシイ類のドングリ類や庭先のカキ、ミカンなどの果実、そして家庭菜園などで収穫しなかった野菜や稲刈り後に伸びたヒコバエ……また雑草の実やクズなどデンプンがたっぷり含まれた地下茎……想像以上に豊富だ。それらの栄養価が高い餌は、イノシシの生息数を増やす。

 ヨーロッパでは、イノシシは自然界の餌よりも農作物を好んで食べると報告されているが、この点も日本と同じだ。一般に言われるほどミミズなど動物質の餌は食べず、農作物を好むそうだ。

収穫されずに放置・捨てられた農作物が多い。(筆者撮影)
収穫されずに放置・捨てられた農作物が多い。(筆者撮影)

 ちなみにイノシシやシカなど野生動物の生息数が増えた理由として、ハンターの減少や天敵動物(オオカミなど)がいなくなったからとする意見もある。しかしヨーロッパの研究では、ハンターによる駆除やオオカミの捕食のどちらも、イノシシの個体群動態に影響しないと結論づけている。日本も同様だろう。

 またハンターの数に関わらず、駆除数は増えているのに被害は減らない。こうした報告は、日本でもヨーロッパでも指摘されている。

 そして増えたイノシシは、より餌を求めて周辺に拡散する。山間地からさらに新天地を求めたイノシシたちが次にめざすのは、都会、市街地だ。

 なにしろ大量の生ゴミがあり、また公園緑地や街路樹、草の繁った河川敷などもあって意外と住みやすい。何より敵が少ない。農村では、それなりに柵などの防御が行われたり駆除も行われている。人がいれば追われる。ところが都市部では、そうしたリスクが少ない。なかにはペット感覚で保護しようとしたり餌をあげようとする人までいる。意外や都会は、野生動物にとって住み心地のよい場所なのだ。

 どうやら都会に憧れるのは人だけではないようである。

急がれる都市部の獣害対策

 イタリアの都市部における狩猟(駆除活動)の決定は、まさにイノシシの新天地となった都市部への対策だが、日本も他人事ではない。日本ではイノシシよりシカの害が目立つようになったが、実はヨーロッパでもシカが増えすぎて問題になっている。つまり野生動物の増加と人里への進出、そして獣害は、世界共通、とくに先進国に広く起きているのだ。イタリアの事例は、日本より早く起きている都市部の獣害問題だろう。

 日本では、今はまだ都市部にイノシシが侵入してきたらテレビカメラが追いかけるレベルだが、そのうち頻発したら深刻な被害を生み出しかねない。

 増えすぎたイノシシを駆除すれば問題は解決するというほど単純ではない。市街地における銃器の使用は難しいし、都市民の駆除に対する忌避感情もある。

 解決は簡単ではないが、早めに対策を打ち出すことが重要だ。イタリアの取組を注視して日本でも策を練るべきだろう。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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