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花粉症対策「スギ林2割伐採」の、ありえねえ~現実

田中淳夫森林ジャーナリスト
伐りっぱなしの皆伐地が全国に広がりそうだ。(筆者撮影)

 岸田首相が唐突に言い出した花粉症対策。その概要がまとまったようだ。

 スギ人工林を10年間で2割ほど伐採し、跡地に無花粉、少花粉のスギ苗やスギ以外の木への植え替えを進め、30年後に花粉発生量を半減させることをめざすというものだ。

 このニュースが出ると、世間の反応も多く出ている。花粉症経験者は概して好意的だが、林業関係者の間では驚き・呆れ・怒り・諦め爆笑まである。そしてニンマリ組も多少いるようだ。

 実際、多少とも日本の林業の実情を知っている人からは「ありえねえ~」計画だと声が上がっているのだ。

 そもそもスギ人工林の面積を2割減らすとはどういうことか。

 林野庁の統計によると、現在のスギ人工林面積は、444万ヘクタール。それを2割減らすためには、約89万ヘクタールを伐らなくてはならない。10年間で行うには、平均年間8.9万ヘクタールの伐採が必要だ。

 年間に伐採される森林面積は8.7万ヘクタール(2018年)だが、ここにはヒノキやカラマツ、トドマツなど別の種も含む。スギ林は、ざっと5万ヘクタールぐらいだろう。つまり、スギの伐採面積を現在の1.7倍以上にしなくてはならない。

スギ林は、人工林のうちの約44%、森林全体の約18%も占めている。
スギ林は、人工林のうちの約44%、森林全体の約18%も占めている。

 それが可能か。林業従事者数は全国に4.4万人しかいない。慢性的に人手不足だ。きつく、きたなく、危険の3K。事故率も高い。一方で機械化には金がかかるし、オペレーターの養成も必要だ。現場までの林道・作業道の建設もしなくてはならないし、一朝一夕ではできない。

 だが、それ以上に問題なのは、伐ったスギをどうするのか。

 伐った木材は、まさか捨てるわけにはいかない(放置したら、それでまた災害が発生しかねない)ので運び出すだろうが、その木材を市場に出したらどうなるのか。需要とは関係なく出荷されるわけだ。

 市場ではただでさえだぶついているから木材価格を暴落させるだろう。高値だった昨年までのウッドショックもすでに終了し、その後は下落している。

 なお民間の人工林の場合は、所有者が伐採にウンと言わない可能性も高い。そうなると数字合わせに国有林や公有林を伐ることになるだろう。

 国産材の使い道は極めて狭い。人口減社会だけに建築需要は減るばかり。木造ビルを増やすとか、いろいろ言われるが、新たに木材需要をつくっても外材の価格も暴落しているから、必ず国産材を使うとは思えない。

 結局は、バイオマス発電の燃料に回されるのがオチだろう。しかし、バイオマス燃料価格はFIT(再生可能エネルギー固定価格買取制度)によって嵩上げされている。使用量が増えれば増えるほど、我々が払う電力料金は高くなるだろう。

 そして伐採跡地の再造林。現在でも3割程度しか行われていないことが問題となっているのに、伐採を増やせばはげ山が増えるだけだ。災害を頻発させかねない。

花粉症対策が日本の森を破壊する

 再造林が進まない理由は、まずコスト。木材価格が下がって利益が減っているのに、そこから造林費を支払えば赤字になってしまうから嫌がられるのだ。

 また造林や育林に従事する人の減少が激しい。植えるだけでなく、下草刈りをしたり、獣害ネットを張ったり……という作業はなかなか機械化できず、過酷な肉体労働だ。にもかかわらず収入は低い。伐採業務以上になり手がいない。

 まだある。そもそも再造林に必要な苗木がないのだ。

 約9万ヘクタールに植える苗数は、どれくらいになるか。通常はヘクタール当たり3000本植えだが、最近は2000本の疎植が増えている。それでも年間1億8000万本必要。

 花粉症対策なのだから伐採跡地には無花粉・少花粉スギ苗を植えるとあるが、まったく生産が追いついていない。広葉樹の苗など、ほとんど生産されていないし、育て方の技術も確立されていない。

 おそらく、足りずに花粉の出るこれまでどおりのスギ苗を植えてしまうところも多くなるのではないか。

 あるいは放置して自然に森になることを願うことになるかもしれない。だが、伐採跡地に再造林しなかった場合の多くは、何年経ってもブッシュ(草と低木)のままという調査結果が出ている。伐採で荒れた土壌に森が復活するのは難しいのだ。

現在でも伐採した面積の3割程度しか造林されていない。
現在でも伐採した面積の3割程度しか造林されていない。

 こうして問題点を並べていくときりがない。その中でもより大問題は、ゼロカーボン政策との整合性だ。

 主伐という名で木を全部伐ったら森はなくなるわけだから、CO2吸収源としては扱えなくなる。また主伐ばかりで間伐をしなくなっても、森林は吸収源にカウントできなくなる。伐った木を木造建築として残せば炭素の貯蔵になると真顔で言われるが、そもそも建築材になるのは樹木の3割程度。残り7割は腐らせても燃やしてもCO2を排出してしまう。建築物の寿命も樹木より長いかどうか怪しい。

 花粉症対策を遂行すればするほど、2030年までにCO2排出の46%削減は不可能になるのだ。国際公約を守れないのである。

 また伐った木をすぐバイオマス燃料として燃やせば、それはもうCO2発生源である。植えても育つのに数十年かかるのだから。

 なおニンマリする林業家もいるというのは、この政策を実行するために莫大な補助金が注ぎ込まれることが見込めるから。

 伐って運んで使って、そして植えて育てて……とすべての作業に税金投入なくして動かない。高額の伐採機械や搬送機械類も、道路開削も、造林・育林も、みんな税金で行える。それを受け取ることができる人たちは、濡れ手にアワ的に儲かることを想像して、頬が緩むわけだ。

 でも、財源は? 防衛費や子育て政策と同じくしっかり決めてほしい。

 そして、これは私の推測だが、仮に計画どおりに10年後にスギ林を2割減らしても、花粉症は収まらないだろう。

 まずヒノキ花粉はどうする、という問題がある。ヒノキ林は現在260万ヘクタールもあるのだ。スギ花粉症の人は、たいていヒノキ花粉にも反応する。

 また花粉症を日本独特の病と思っている人もいるが、とんでもない。世界中で花粉症はある。スギ花粉だけではないのだ。それぞれの国でさまざまな草木の花粉症患者が増えている。どうやら人類の共通の悩みなのである。スギ花粉を減らしても、新たに別の花粉症が姿を見せるだろう。

 花粉症の対策としては、予防薬・治療薬の開発だけにしておいた方がいい。

 縄文時代には、今と同じほどのスギ花粉が飛んでいたという研究も出ている。それに花粉のよく飛ぶ山村よりスギのない都会の方が花粉症患者の割合が多い。花粉の量だけで花粉症の発症率が決まるわけではないのだ。

 なぜ花粉症患者が増えたのか、花粉の量とは別に考えるべきだ。

縄文人はくしゃみをしたか? 当時のスギ花粉量は現代と一緒だった

 ここまで林業の内実を知ると、今回の計画は「ありえねえ~」となるわけだ。

 おそらく立案した農水省と林野庁も、官邸からの指示とはいえ、頭を抱えただろう。それでも辻褄合わせの計画ができた。今後はどう実行するのか。

 どうせなら途中で挫折して、私をニンマリさせてほしい。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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