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木材利用促進が林業を狂わす? 木あまり時代を直視しろ

田中淳夫森林ジャーナリスト
木材利用は、法律で半ば強引に勧められている。(写真:Yoshiyuki.Kaneko/イメージマート)

 今年から10月は「木材利用促進月間」、また10月8日を「木材利用促進の日」なんだそうである。

 今年6月に成立した「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」(2021年10月1日施行)において定められたのだ。木材利用に対する国民の関心と理解を深めるため、漢字の「十」と「八」を組み合わせると「木」という字になることにちなむのだという。文字遊びか、法律できめることか! と突っこみたくもなるのだが……。

 そもそもこの法律は、元は「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」という名称だった。それを改正によって、民間建築物も含む建築物ならなんでも木材をたくさん使うように、と拡大されたものだ。

 すでに2000年代から「木づかい運動」というのが推進されていて、木を使うことがよいことだ、とキャンペーンされてきた。もともとは林業振興のためだったが、最近は地球環境問題にもつなげて木材利用が炭素を固定し大気中のCO2を減らすという理屈も掲げられている。

 この傾向は世界的なものだ。木材需要も増え続けている。それなのに木材価格は下落傾向なのである。これは需要以上に供給が増えているからだろう。なぜ、そんなに木材を使え、使えというのだろうか。林業振興、地球環境のためだけでは無理がある。

 実は、木があまっているからだ。

 そんなことはない、木材が手に入らなくて価格が高騰したウッドショックも起きたじゃないか、と思う人もいるかもしれない。

 実はウッドショックは木が足りなかったわけではない。木はたくさんあるのに、コロナ禍で景気が落ち込むだろうと伐採量を減らしたところに、いきなり建築ブームが起きて流通上、製材がなくなったのだ。つまり需要と供給のバランスが崩れたからであって、潜在的な木材資源量はたっぷりとある。価格高騰は、一時的なものにすぎないだろう。

 リーマンショック時を除けば、木材消費は増えている。森林・林業白書より。
 リーマンショック時を除けば、木材消費は増えている。森林・林業白書より。

 こういうと、また嘘だ、信じられない! と言われそうだが、すでにこの状況は幾度も記してきた。

地球上の森林は増えている!

 そして日本の森は、林野庁も増えていると言っていたが、実体はその2倍以上の生長量だった。

計算し直すと、日本の森林蓄積は従来の1.5倍、生長量は2倍以上に!

経済発展は森を増やす

 なぜ森林は増えているのか。よく熱帯雨林の破壊などが話題になるから森林は減っていると思われがちだが、実は温帯~亜寒帯地域ではそれ以上の面積が植林されて森林がつくられている。

 国が経済発展すると森林破壊が進むように思われがちだが、実は経済力のある国ほど森林造成が進むのだ。これまでは日本や欧米で森林が増えてきたが、さらに中国やインドなどが爆発的に森林を増やしている。

 とくに中国が猛烈な植林を進めている。国連食糧農業機関(FAO)の「世界森林資源評価」によれば、中国では2010年から20年にかけて年平均で193万7000ヘクタールも植林した。これは日本の面積の6倍近い。今後は、さらに拡大する方針だという。

 これら新たにつくられた森林は人工林だ。単なる緑化だけではなく、木が大きく育てば、徐々に木材生産が始まるだろう。今は木材輸入量世界一の中国が、木材を自給し輸出国になる可能性も高い。そうすると、さらに「木あまり」現象が激しくなるかもしれない。

先読み・植林面積世界一。中国は巨大な木材輸出国になる!

 しかし、木というのは、伐らなければ樹木として育ち続ける。何も焦って切る必要はないだろう。むしろ供給を絞った方が、価格は上がって利潤も増える。それこそウッドショック状態の方が林業側にしては好ましいのではないか。

 ところが育てた木は、収穫しなければならないという意識が働くようだ。そこには森づくりにかけたコストを(木材を販売して)回収したいという願望もあるのだろう。

 問題は、需要、つまり使い道が十分にないのに木材生産(伐採、製材)をすると、市場で木がだぶつくことだ。すると、木材価格は下がってしまう。

使い道考えず木材増産

 とくに今の日本は、需要を見極めて供給をしていない。政策的に木を大量に伐るように誘導しているのだ。たとえば伐採して木材をたくさん出せば、補助金が増額される。大量に伐採できる高性能機械も補助金で導入するよう勧められる。製材工場の大型化にも補助金が注ぎ込まれている。

 かくして需要とは関係なく、木材生産だけが増えている。すると見た目の林業は活性化して「成長産業」になったかのようになるわけだ。しかし売上は増えても純益は増えない。補助金目当ての増産だから、出てきた木材の使い道もない。

 そこで示された使い道は、バイオマス発電燃料だ。何十年も育てた木を燃やしてしまえというわけである。通常なら赤字だが、消費者から「再生可能エネルギーだから」と電力料金を高く取り立てて(固定価格買取制度)、それを買取価格に上乗せすることでごまかしている。これも一種の補助金だろう。

 今では木材価格は、ピーク時に比べスギは3分の1、ヒノキは4分の1まで下がった。しかも立木価格はそれ以上に低下した。かつて立木価格は製品価格の5割を超えていたのに、今や1割以下に落ちている。

 これでは林業家はたまらない。伐採業者などは補助金で潤うが、木を植えて育ててきた山主には、利益が還元されないのだ。だから本音では伐りたくないのに、政府は伐るよう圧力をかける。あるいは林業の先行きに絶望して、今ある木を全部伐って出した上で森林経営を止めてしまう。当然、再造林はしない。伐採した後に再造林される林地は3割程度だ。

 しかし、いくら木があまっているからと言っても、木が育つのに必要な年数を考えれば、短期的に伐採を増やしすぎたら将来の資源を減らしていることになる。最低でも50年はかかるのだ。このまま進めば「木あまり」現象は長く続かないだろう。

 木の利用は、たしかにコンクリートや金属、あるいは合成樹脂などに比べて環境負荷が小さくなる。人の心にもよさそうだ。しかし、木材を生産できるのは、森林があってこそである。また森には木材だけでなく、さまざまな環境や防災機能がある。人工林だけでなく、天然林の価値も忘れてはいけない。

 長期的な資源量の増減も考えながら、本当の木材需要に合わせて、そして経営的にも真っ当な利潤が出るように木材生産は行うべきだろう。とりあえず伐って出せ、使い道は後から考えるというのでは、政策とは言えない。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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