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住処を奪われているのは人間の方だ! 苛烈な獣害が集落をつぶす

田中淳夫森林ジャーナリスト
イノシシなど野生動物が、人里に平然と現れるようになった。(写真:Panther Media/アフロイメージマート)

 私は仕事がら、各地の山村を訪れることが多いが、幾度か同じ地区を訪れて感じるのは、どんどん過疎化が進んでいる……というより、集落から人が消えていることだ。

 今に始まったことじゃない、ということはわかっている。山間集落の過疎化が進むと住民が高齢者数人しかいない限界集落と呼ばれるようになり、やがて住民ゼロの消滅集落への道を進む。

 その理由は、農林業の衰退、子どもたちの進学、働く場のなさ、高齢化、自然災害、買い物の不便さ、病気・通院の都合……いろいろ挙げられる。いずれも間違いではない。それぞれの理由が複合的に山間集落の住みにくさを加速していると思う。

 が、もう一つ大きな理由がある。私の感触では、それが直接の原因になって集落から出て行く人が多い。

 それは、獣害だ。

 獣害とは、主に野生動物が人間社会へ危害を加えることを指す。

 都会に住んでいると、獣害と言ってもピンとこないかもしれない。せいぜいカラスにごみ箱を荒らされた、ノラネコが庭に糞をして臭くてたまらない……ぐらいか。

 だが、少し田舎に行くと、レベルの違う危害が引き起こされている。

野生動物の恐怖

 まずわかりやすいのは農作物への被害だろう。稲や野菜のほか、ミカン、カキ、リンゴといった果樹などの作物が、イノシシやシカ、サル、クマ、そのほかタヌキにアナグマ、ハクビシン、アライグマなどに荒らされてしまう。

 林業だって、50年60年育てたスギやヒノキの樹皮を剥いでしまって、木材としての価値をゼロにしてしまう。

 それらの被害は住民の収入減に直結しているのだ。

 より恐ろしいのは人身被害だ。たいていの野生動物は人間と出合ったら逃げるが、ときに攻撃に転じるケースもある。とくに山の中や農地でばったり至近距離で鉢合わせした場合、襲ってくるのだ。イノシシと出合い頭に襲われて、太股を牙で割かれ九死に一生の怪我を負った人もいる。

 クマは、より恐ろしい。ヒグマはもちろんツキノワグマでも、そのパンチは一撃で人を倒す。最近は人を積極的に襲うクマも報告されている。2016年には秋田県鹿角市で人が連続して襲われ、数週間で4人死亡、3人重軽傷者を出した事件もあった。

 さらにサルもいざとなると凶暴だ。その鋭い牙と腕力は侮れない。頭がよいので、扉も開けるし、柵などを平気でかいくぐって農作物を荒らす。さらに人家の中まで入ってくる。2階の窓から侵入することもある。そして台所の冷蔵庫を開けて、中の食料品を近くにあったレジ袋に詰めて奪っていった、という証言まであった。さすがにレジ袋にサルが自分で詰めたのかどうかは定かではないが、知恵が働くだけに対策が厳しい。

獣が持ち込む感染症

 そして、動物は間接的に病害虫をもたらす。山間部で暮らす動物は、たいてい身体にダニやノミ、ヒルなどをつけている。そのまま人里に姿を現すことで、それらを人家の近くに落とし、人にとりつくケースが少なくないのだ。これらは単にかゆいだけではない。ヒルに血を吸われたら何日も血が止まらなくなる。また、さまざまな病気を感染させるものも多い。

 とくにマダニのもたらすツツガムシ病やライム病、そして重症熱性血小板減少症候群(SFTS)は命に関わる。

 思えば新型コロナウイルスも、野生動物がもたらしたとされる。どんな感染症をうつされるかわからない。

 そんな獣害に襲われ続けるため、山間集落に住めなくなって出て行く人が増えている。

住民の生きがいをつぶす獣害

 直接的な被害だけでなく、生きがいを奪う面もある。子どもたちが集落を出た後も、一人あるいは夫婦で集落に残る高齢者も少なからずいるが、それは生まれ育った土地に愛着があるからだ。そして田畑を耕し、山の手入れをすることが生きがいになっている人が多い。

 収入面では、食べ物は自給自足に近いし、年金もあるから、意外と不自由していない。

 ところが、肝心の田畑を動物に荒らされることで、せっかく半年、1年と手入れをしてきた農作物が全滅させられると、食べ物が得られないだけでなく、その集落で生きていこうという意欲、生きがいまでが奪われるのだ。

 また身の回りに野生動物の出没が続くと、身の危険も感じるだろう。

 よく獣害が酷いというと、「人間が山を開発して、動物たちの住処を奪ったから」と反応する人がいる。大間違いだ。今、住処を奪われているのは人間の方なのである。野生動物は、山で数を増やし、人間社会を侵略し始めたと言ってよい。

 人はいつも加害者と思いたがるのは、ある意味都会人の“傲慢”だろう。

 そして獣害は、今後は山間集落にとどまらず、地方都市、そして大都市へと拡大していくだろう。その時になって大騒ぎしても遅いのだ。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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