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グリーン・ライ(環境問題の嘘)をつくのは誰だ

田中淳夫森林ジャーナリスト
マレーシア(ボルネオ島)のジャングルを切り開いた広大な油ヤシのプランテーション

 映画『グリーン・ライ~エコの嘘~』の試写を見る機会を得た。

 グリーン・ライとは、「環境に優しいことを売り物にしているが、実態は違う」ことを示した言葉だ。

 この映画では、熱帯雨林を破壊して栽培された油ヤシプランテーションを始めとして、海底油田事故の後始末や発電用石炭の採掘、アマゾンで進む牧場開発などを取り上げている。

 スタートはオーストリアのウィーン。何やら豪華でセレブなパーティぽく見える中で行われていたのは、持続可能性をテーマにしたアワードだった。環境に貢献した企業を表彰しているのだ。

 ヴェルナー・ブーテ監督は、ジャーナリストのカトリン・ハートマンとともに出席しグリーン・ライについて考える。企業の努力を無邪気に讃える監督に対してハートマンは、厳しく企業の嘘を糾弾する。監督は戸惑いを感じて、真偽を確かめるために世界を駆けめぐって現地を訪ねる……というストーリーだ。

 ちなみに先に指摘しておくと、映画のサイトには「ドキュメンタリー」と記されているが、各シーンはすべて演出されて撮影しているのは明らかで、どう見ても意図を持って編集を重ねたフィクションであることは指摘しておきたい。

 それはさておき、そこで描かれていることは、どこまで真実なのだろうか。

 ハートマンは、企業の唱える「環境に優しい商品」はみんな嘘だと指摘する。環境認証を取得したものも含めてパーム油はすべて悪いし、レアアースを使う電気自動車もグリーンではない。風力発電も石炭火力や原子力の発電を隠すための覆いにすぎない……一方で「私もグリーン・ライの商品を消費する一人」とも言う。

 監督は頭を抱えるが、私も早口の彼女の声(ドイツ語だけど)を聞いていると頭が痛くなった。

 実際に映像で熱帯雨林を焼き払ってつくられる広大な油ヤシのプランテーションや、露天掘りされるドイツの炭鉱などを見せられると、その圧倒的な光景に絶望的な気持ちにさせられる。

 だが、単純にそう感じるだけでよいのだろうか。

 たとえばパーム油の生産を止めても何も解決しない。それどころか事態を悪化させるだろう。私は若い頃からボルネオ島に通い、油ヤシプランテーションを多く見てきたから、余計にそう思う。たしかに油ヤシのプランテーション開発は、熱帯雨林の破壊の重要な原因ではあるが、それだけで環境を語るのは危険だ。

 この映画では触れていないが、パーム油は油脂原料としては非常に優等生である。

 何よりも生産性が桁外れによい。ヘクタール当たり年間20トンにもなるのだ。たとえば大豆油なら3トン、ナタネ油は2トンにすぎない。つまりパーム油を否定したら、その代替油はどうして生産するのか。大豆油で賄おうとすると、油ヤシプランテーションの7倍の農園面積が必要になってしまう。油ヤシプランテーションの面積は、地球上で2000万ヘクタールを軽く超えるが、その7倍となると、日本列島の3~4倍になる。それだけの大豆畑を作ろうとすれば森林破壊を誘発しかねない。第一、価格も高騰するだろう。とはいえ人類は油脂を求めず生きていけるのか。

 なお、油ヤシを栽培しているところすべてが森林を切り開いた土地ではない。ゴム園などからの転換も多い。ある意味、栽培品目を替えただけとも言える。

 加えて、健康面でもパーム油は優秀だ。大豆油やナタネ油などの植物油脂には不飽和脂肪酸が多く、加工によって心疾患や癌を誘発するとされるトランス脂肪酸を形成しやすい。その点パーム油は、飽和脂肪酸のパルミチン酸が主成分で、トランス脂肪酸をつくらないし、非常に安定しているから酸化しにくい。

 そして汎用性がある。ショートニングとしてお菓子などに使うと食感をよくして、美味しくする。チョコやアイスクリームを口の中でほどよく溶けるようにできる。さらに洗剤など非食用分野にも向いている。多くの優秀な特性があるのだ。これらの代替をできる油脂はなかなかない。

油ヤシの実。これを搾るとパーム油が採れる。
油ヤシの実。これを搾るとパーム油が採れる。

 それにプランテーション経営と聞くと、大企業がすべて直営しているかのように思いがちだが、主産地のマレーシアやインドネシアには家族経営の小農も少なくない。彼らは油ヤシ栽培で生活水準を大きく上げることに成功した。おそらくパーム油を追放したら、もっとも困るのは彼らだろう。

 もちろん問題はいっぱいある。熱帯雨林を破壊し、野生動物を殺し生物多様性を失わせた。そして莫大なCO2を排出したのは間違いない。森を焼く煙は海を越えて地球規模で広がっている。さらに古い油ヤシは植え替えずに捨て新たな森林を破壊して植えている。そこでは企業経営の真摯さが問われるだろう。法律を本当に守っているのか。利益や効率と環境を天秤にかけていないか。パーム油の問題というより企業のガバナンスの問題だ。

 だが、同じ言葉を環境派にも突きつけたい。本当に真摯に問題解決に向き合っているのか。

 たとえば、繰り返し開発が地球上の森林破壊を破壊していると主張するが、実は面積では森林は増えていた。

地球上の森林は増えている!

地球温暖化が緑を増やす? 環境問題は一筋縄にはいかない

 面積は増えても森林の質には問題ありだ。しかし増えている事実を頬被りしていないか。世界中の自然の生態系と経済・政治は深く、複雑に絡み合っている。環境問題が発生する原因は複雑極まりなく、悪玉を見つけて糾弾するだけでは本当の解決法にたどり着けない。

 改めて「グリーン・ライ」とは何だろう、と映画を見ながら考えた。

 一言で言えば、人間のご都合主義ではないのか。金儲けのために環境を破壊するのも、環境を売り物にするのもライ(嘘)だが、それを批判するために不都合な面に目をつぶり一方的に攻撃するのもライ(嘘)だ。そのジレンマを謙虚に感じなければならない。

 映画の終盤では、アマゾンの先住民たちが牧場にされた土地(多くが森林)を取り返そうとする運動を描いていた。そこでハートマンは、指導者に「あなた方の正義を実現したらヨーロッパの人々が何かを失うと思う?」と問うシーンがある。その答はノーだった。「人間は社会や環境の変化に適応できる生きものだもの」。

 そうだ、油脂も化石燃料も牛肉も、なければないで生きていける。だが、その覚悟はあるか?

※写真は、すべて筆者撮影。

映画は、3月28日よりシアター・イメージフォーラム(東京)より順次ロードショー予定

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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