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森は投資対象にならないのだろうか ~アメリカの例から考える~

田中淳夫森林ジャーナリスト
森づくりに長期利益を見出せば参入者は増えるかもしれない

林業は、木が育つまで長い時間がかかり、現在の生き馬の目を抜くようなスピード経済と相容れない……そのように思われがちだ。

そのため日本では林業に投資しようという動きは鈍い。いきおい税金に頼ったり、ビジネスにならないと経営を諦めてしまうケースも少なくない。

ところが、海外では森林こそ優秀な投資先だという認識が広まっている。とくにアメリカでは、巨大な投資ファンドが相次いで森林を購入しているのだ。なぜなのか、そして、どのように森林を取り扱っているのか追ってみた。

アメリカには数十万ヘクタールに及ぶ大規模な私有林が多い(全体の約7割)が、その経営はここ20年ばかりの間にTIMO(林業投資経営組織)やT-REIT(林業不動産投資信託)と呼ばれる年金や退職金などを扱う巨大な投資ファンドに移ってきている。ファンド自らが森林を所有し経営に乗り出したのである。

しかし短期利益を重視するファンドが、長期的経営を求められる林業に手を出すのは矛盾するように感じるだろう。まさか、森林を丸刈りして短期で利益を得ては跡地を棄て次の森に移るような刹那的なビジネスなのか……と危ぶんだが、調べてみるとそうではなかった。

これらの組織は、しっかり森を育てつつ、適正な利益が出るように木材や林地の売買を行っている。その点では、日本の森林組合と変わらない。それが日本では赤字なのに、アメリカでは十分な利益が期待されているのだ。だから優良な投資先と認識されていた。

なぜなら利益を木材販売だけでなく、林地の資産価値の増加も見込んでいるからだ。実質収益も、平均で年率10%以上あるそうだ。

そこには冷徹な資産運用を行う眼がある。

林地は、ほかの金融資産(株式や商業不動産など)と負の相関を持つという。つまり株価が下がると、林地価格は逆に動きがちで、しかも長期的に安定している。両者を合わせて多様なポートフォリオを組むと、林地は魅力的な対象となるのだそうだ。ファンドにとって資金運用時のリスク分散になるわけである。

もちろん森づくりのコストを抑える努力も行われている。

植栽本数を減らすなどの工夫のほか、たとえば早生樹種の採用や短伐期・小径木化(ベイマツの伐期を平均60年から40年に引き下げ)を進めた。木材の加工技術が進歩して小径木でも集成材やボードの素材となるから十分売れるのだ。さらに二酸化炭素の「排出権取引」も有利に働く。木が太れば、炭素固定に貢献したことになるからだ。

だから森を育てれば育てるほど、林地の資産価値は上がっていく。

おかげで投資リターンの過半は、林地の資産価値上昇で得られる。育林コストも、経営を圧迫する「コスト」ではなく将来へ向けた「投資」として認識されているのだ。

このような動きは、アメリカだけでなくニュージーランドやチリ、東南アジアなどの人工林でも進んでいるそうだ。

日本でも森林を投資対象にすることはできないだろうか。もちろん今ある木を伐採するだけではなく、森づくりから行うことが前提だ。森林を所有し木を育てれば林地の価値が上がると見込めれば資金が流入するだろう。そうすれば森林経営はより安定する。

日本の林業のコストの大半は、植林とその後の下刈りや間伐などの育林が占める。ここをいかに削るかが課題だ。

植林の低コスト化では、器具で簡単に植えられ活着率もよいコンテナ苗のほか、育種で生長の早い苗の開発も行われている。

また苗を筒で包み雑草から保護するツリーシェルターの導入などで、植栽本数を減らすとともに下刈り回数も落とすことも実験中だ。ツリーシェルターは獣害対策としても有効だろう。

国産材を見直す動きも起きている。為替変動で外材価格の乱高下が目立つ上、海外の森林資源も枯渇してきたからだ。その点国産材は安定している。だから目先の木材価格で購入先を選ぶのではなく、国産材を長期的な契約で購入する動きも起きている。

期待したいのは、日本の機関投資家が恒常的に環境系の投資先を探している点だ。環境系企業への投資は世論の要請もあり、十分に安全で利益が見込めたら、投資対象に加えたいと思っている。企業側も社会貢献も含めて環境を意識するところは増えてきた。森をつくる林業は、潜在的に有力候補になり得るだろう。

日本でも歴史をひもとけば、森林は投資対象になっていた。奈良県の吉野では、歴史的に立木取引が盛んで、林地の転売も10年20年の短期間で行われていた。投資者は林地を購入したり借り、そこに植林や間伐などを行うことで林地の資産価値を上昇させると、また次の投資者に販売したのだ。アメリカの投資ファンドと同じ発想である。

現在、大企業が森林を購入して長期的な視点で森づくりを始めたり、地域の有力山主が近隣の森林を預かって育林から伐採まで行うケースは登場している。

森林に資金を投入してビジネスの俎上に乗せることで、意欲的な次世代の森づくりを行われることを期待したい。それは林業界の問題だけでなく、環境面でも重要だろう。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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