森が豊富な日本に「木の文化」は育たない?

古刹には到る所に優れた木彫が施されている。(富山・瑞泉寺)

日本は、「木の文化」を育んだと言われる。

たしかに、近年まで日本の建築は言うに及ばず、家具や身の回りの品の多くは木材からつくられてきたし、そこには精緻な加工が施されたものも少なくない。

そんな「木の文化」が生まれたのは、日本は木が豊富、つまり豊かな森林が存在したからだとされている。

だが、果たしてそうだろうか? 森林が豊富になり、木を潤沢に使える環境が木の文化を発展させる条件になるのだろうか?

そんな疑問を抱いたのは、現在の日本は森林が飽和状態になっているからである。戦後に大造林した山が、そろそろ収穫期を迎えたのだ。それらの木を伐って使わないと森林生態系の健全性が保てない上、山村経済が回らない。

そこで政府は民間を巻き込んで木づかい運動を展開しており、「もっと木をつかおう!」と推進している。

にもかかわらず、その木の使い方を見ると、単に量を捌くことばかりを考えて、その使い方や加工法は、文化にはほど遠く雑で貧弱、美しさを感じないものばかり目立つ。

一方で、これまで「石の文化」と言われてきた欧米にも、精緻な木づかいがあり、優美で優れた加工法を育ててきたことが指摘されるようになった。とくにドイツやスイス、スウェーデンなど中欧や北欧諸国は「森の国」であり、実にさまざまな分野に木材が使われている。また現在でも、新たな木の加工法・利用法を開発するのは、たいていヨーロッパである。

ヨーロッパは、かつて全土を森に覆われていた。それが17世紀頃までに農地・放牧地の拡大や木材の過剰利用で多くを失ってしまった。そのため仕方なしに石材などを多用するようになった面がある。その後、森林保全も進められたが、現在でも全土では3割程度しか森林が広がっていない。その点、6~7割を森林に覆われた日本とは違う。

しかし、ヨーロッパで木の利用技術が発展したのは、まさに森林が減った18世紀以降である。少なくなった木材を有効利用するために、これまで使えないとしていた曲がった木や癖のある木を利用する技術を育て、さらにていねいな加工が芸術の域に達するようになったのだ。たとえば日本では癖が強すぎて低品質材扱いだったブナも、乾燥や曲げの技術を発展させて優秀な木材に変身させた。

振り返れば、日本の木の利用法は、古代~中世までは雑なものだった。建築物では太い木材を多用し、構法ではなく重量で安定させた。また縦鋸が登場したのは室町時代である。それまでは一本の木を両側から削って板をつくっていた。これでは1本の木から板は1枚しか採れない。縦鋸があれば、何枚も取り出せるのに……。材もよい部分だけ使って、残りは薪にしてしまった。

ある意味、贅沢で無駄な使い方をしてきたのである。

ところが江戸時代頃より木材不足が強まると、植林技術を育んだうえに、間伐材や端材も無駄なくていねいに利用するようになった。直径3センチ程度の丸太も利用したし、丸太から角材や板を取り出した残りから、小物の箱や割り箸などを生産したのもその表れだ。また建築も進化して、雑木や小径木を活かした数寄屋のデザインや、耐震技術も生み出している。

そこに彫刻や漆や和紙などの工芸とも結びついて、優れた作品を生み出すようになった。

つまり、木の不足が木のていねいな利用を促進し、それが木の文化の育成につながったのではないか。逆に木が潤沢にある時代は、乱暴で雑な利用法で満足してしまう。量に不自由しないのである。工夫して手間隙もかけて、ていねいな作業をする必要はないだろう。

さて、この“仮説”からすると、森林が飽和し、木を潤沢に使えるようになった現代(国産材だけでなく、外材も使えるようになった点も含む)は、木の文化が育たないのかもしれない。

だから、とにかく「木を使う」建築が推進され、大量の木材を消費するバイオマスが注目を浴びている。

しかし、見た目が木だらけの建物を見て、本当にここまで木材を使う必要があったのか疑問を感じることはないだろうか。あるいは長い年月をかけて育てた木を重機で乱暴に伐り出し、そのまま燃やしてしまうバイオマス発電の計画に、文化を感じられるのか。

現代は、日本の有史以来、もっとも森林が豊富な時代である。ということは、もっとも木の文化不毛の時代を迎えたのかもしれない。