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『あらびき団』は一夜で運命が変わらない、他番組とは異なるバラエティとしての独自性

田辺ユウキ芸能ライター
(写真:つのだよしお/アフロ)

他番組では使いづらい「粗い芸」に着目

バラエティ番組『あらびき団 ゴールデンSP』(TBS系)が2月12日、番組開始から15年目にして初めてゴールデンタイムで放送された。

2011年9月にレギュラー放送を終えたのち、特番化した同番組。その特徴は、お笑い芸人らが粗削りな芸を披露するところ。他のバラエティ番組では使いづらい粗い芸を出演者が次々と見せるのだ。時には、ウケているのか、スベっているのか判別不能なシュールな空気が流れることも。自由度が高いゆえに、出演する芸人たちの本質を感じ取れる番組でもある。

過去の放送回には、全国ブレイクを果たす前のマヂカルラブリー、かまいたち、ハリウッドザコシショウらが出演。キュートン、風船太郎、安穂野香、めぐちゃんといった、『あらびき団』を象徴する存在も数々輩出。映画『カメラを止めるな!』(2017年)でブレイクした俳優・竹原芳子(どんぐり名義)も登場していた。

今回の『あらびき団 ゴールデンSP』では、出演者が「あら」、「びき」、「団」の3つのブロックに振り分けられてネタを披露。そのなかから、チャンピオンを意味する「最強パフォーマー」が決められた。

東野幸治「明日になったらスルメのことを忘れて」という言葉

『M-1グランプリ』、『R-1グランプリ』、『キングオブコント』、『THE W』などの賞レース番組は、結果を残せば「一夜で運命が変わる」と言われている。たとえば『M-1グランプリ2021』で優勝した錦鯉は生活が一変。今ではテレビなどで観ない日はないほどの大活躍だ。

賞レース番組以外でも、『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ系)で元日に放送される企画「おもしろ荘へいらっしゃい!」は若手芸人の登竜門とされ、ブレイクへの足がかりとなっている。

一方でこの『あらびき団 ゴールデンSP』は、最強パフォーマーに選ばれても運命がそれほど変わらなさそうなところが、現在のお笑い番組の風潮とは異なる。

今回、最強パフォーマーに輝いたのは、『朝まであらびき団SP あら1グランプリ2018』(TBS系)でも王者になっていたスルメ。極度に緊張するタイプで喋りもままならない彼は、裸の上半身に巻きつけたガムテープを静かに剥がす特技や、ひとりでじゃんけんをして右手が左手に3勝するというネタを見せるが、まともに進行できずにパフォーマンスを終えてしまう。

しかし、ゴールデンタイムでの放送にはふさわしくない段取りの悪さこそ、『あらびき団』が求める芸である。ただでさえスルメが登場する数組前、かまいたちが初出しのネタでしっかりと笑わせ、東野から「本気のコント」と驚かれたばかり。その余韻のせいもあって、スルメの粗さは余計に目立った。

東野はスルメのあらびき芸について「スルメさん(という芸人)がいるということを、今日の12時まで世の中に知らしめるのが我々の仕事。明日になったら全員、忘れてもらって結構。今日、お風呂入って寝るまでにスルメのことを思い出してください。あんな人が世の中にいるんだということを」とコメント。

この言葉は、『あらびき団』でどれだけ評価されても、一夜で運命が変わらないことを示していた。

菅野美穂の見事な番組評「大人の悪ふざけ」

くっきー(野性爆弾)が、おたこぷー(プー&ムー)の動きにふざけた効果音をつけるネタに対する、ゲスト・菅野美穂の「大人の悪ふざけ」という評も見事だった。確かにこの特番では、「売れっ子たちが今、ゴールデンでこれをやっても何のメリットもないのでは」というネタがたくさん披露された。

庄司智春(品川庄司)は、トレーニング器具のアブローラーを持った人物に男性が襲われるネタを見せたが、東野と藤井から「構成がヘタすぎる」、「(映像の)合成がペラペラ」と雑さをイジられた。

錦鯉は、長谷川雅紀が布施明のカバー曲『マイ・ウェイ』(1972年)を歌唱。もともと尾崎豊の『路上のルール』(1985年)を歌うはずだったが、相方・渡辺隆が「自分たちの歩んできた道に重なるから」と勝手に『マイ・ウェイ』に差し替えた。長谷川は想定外の曲を歌うことになって案の定、ボロボロの状態に。長谷川の歌に合わせてふたりの苦労映像も流れたが、お馴染みとなった感動的なエピソードが粗く映ることになった。

ほかにも、ゆりやんレトリィバァはサッカー選手の日常を演じ、稲田直樹(アインシュタイン)は自分の髪の毛で星などを形作り、斉藤慎二(ジャングルポケット)に至ってはネタが中途半端に編集で切られる始末。いずれも、実力派の芸人たちとは思えない粗さがあった。

それらは総じて菅野が発した「大人の悪ふざけ」そのものであり、『あらびき団』だからこそ成立する笑いだった。

「一夜で運命が変わる」という雰囲気を出さない番組構成

お笑い番組や賞レースの多くは、ネクストブレイクやニュースターの発掘を大きな見どころとしている。ただ『あらびき団 ゴールデンSP』で最強パフォーマーの最終候補に選ばれたのが、ガクヅケ、庄司、ユニットのミキ&バンビーノ、そしてスルメだった。

ガクヅケはまだ結成8年目だが、庄司の筋肉芸はすでに多くの人が知るもの。ミキ&バンビーノも、かつて流行したバンビーノのリズムネタ「ダンソン」のアレンジだった。

このように将来性、話題性、真新しさをほとんど考慮しない選出がこれまた興味深い。

過去回の出演者には、のちに人気となった芸人も多い。ただそれは番組的に「狙い」があったというより、あくまで「結果的」なもの。先見の明は当然あるが、「若手をここでブレイクさせてやろう」という意気込みは、今も昔も同番組にはそこまで感じられない。もちろん、それが『あらびき団』の開放的なおもしろさにつながっている。

つまり番組自体、「一夜で運命が変わる」という雰囲気作りをしていないのだ。そもそも粗い芸に着目するのが趣旨であり、芸人のネタそのもので笑わせるより、出演者の思惑とは違ったカメラワークや編集を施すことでバラエティ番組としての独自性を膨らませていった。出演者の芸の粗さを探し、見つけたら徹底的にほじくり、スポットライトをあて、クローズアップする。「粗くておもしろい」が一番に評価されるので、他のお笑い番組や賞レースにはない結果が出ることになる。

とはいっても、「菅野美穂賞」に選ばれたハイツ友の会や、トップバッターで登場したマイスイートメモリーズは関西の劇場でもウケまくっていることもあり、改めて2022年の賞レースへの期待が高まった。若手のホープ、ニッポンの社長は粗さと巧さのバランスが絶妙だった。香呑、軟水、ポメランら次世代勢もインパクトを与えた。『あらびき団 ゴールデンSP』への出演を機に認知度を高め、さらに飛躍を遂げるはず。

『M-1』などの影響で年々、完成度が上がっているお笑いシーン。だからこそ、『あらびき団』のどうしようもない粗さが新鮮でクセになる。

芸能ライター

大阪を拠点に芸能ライターとして活動。お笑い、テレビ、映像、音楽、アイドル、書籍などについて独自視点で取材&考察の記事を書いています。主な執筆メディアは、Yahoo!ニュース、Lmaga.jp、Real Sound、Surfvote、SPICE、ぴあ関西版、サイゾー、gooランキング、文春オンライン、週刊新潮、週刊女性PRIME、ほか。ご依頼は yuuking_3@yahoo.co.jp

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