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松下洸平があまりに松下洸平すぎる『潜入捜査官  松下洸平』はいかに生まれたのか

田幸和歌子エンタメライター/編集者
画像提供/TVer

NHK連続テレビ小説『スカーレット』で数多の女性たちを魅了し、SNSを“八郎沼”タグで埋め尽くした松下洸平。『最愛』(TBS系)を経て、今年は4月期に『合理的にあり得ない~探偵・上水流涼子の解明~』(カンテレ・フジテレビ系)、7月期に『最高の教師 1年後、私は生徒に■された』(日本テレビ系)、さらに10月からは『いちばんすきな花』(フジテレビ系)でますます「沼」を拡大。12月21日には『いちばんすきな花』も最終回が放送され、いよいよ松下ロスに嘆く女性も多いことだろう。

そんな中、松下洸平があまりに松下洸平すぎる姿を楽しめるのが、TVer初オリジナルドラマ『潜入捜査官 松下洸平』だ。

本作は、松下洸平が実は警視庁の潜入捜査官で、大物俳優・佐藤浩市の裏の顔“マフィア”疑惑を解明すべく、芸能界に潜入、15年前から捜査を続けていた……という設定のサスペンスコメディ。在京民放5局のバラエティ番組とタッグを組み、松下がホンモノのバラエティ番組の収録に参加しながら、ドラマの撮影も敢行するという異色の番組となっていた。

松下が「潜入捜査官」というのは、妙に腑に落ちるし、バラエティで無茶ぶりされる姿などは、ドラマとは違った素顔が見られるお得感もある。いったいなぜこのドラマを? 本作のプロデューサー・小原一隆氏にインタビューした。

実はマネージャーからの「逆オファー」が起点だった

画像提供/TVer
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「フジテレビから出向してきてTVerとして民放5局が絡んだ何かを作れないかなという構想はもともとあったものの、どこから手をつけていいのか全くわからない。そんな中、2022年1月頃に、以前から交友関係のある松下さんのマネージャーさんから『2023年の5、6月は空いているから、何か面白いことをTVerでできませんか』という逆オファー的なものをいただきまして、そこを起点にしようと動き出したんです」(小原P)

2カ月空いていたというタイミングは、『合理的にあり得ない~』撮影中で、『最高の教師』準備も始まっている期間。どれだけ働くんだ?と思うが。

「逆オファーいただいた時点では、23年は舞台と映画があって、映像作品は何かやりたいものの、空いているのが2カ月間だけだと、連ドラには入りづらいから、と。フタを開けてみたら全然スキマがなかったわけですが、本当にラッキーだったとしか言いようがなくて。松下さんにはもともとすごく興味があって、ご一緒したいと思っていたものの、お忙しい方なので、タイミングが取れないと思っていた矢先でした。実際に何度かスケジュール確認をしてもいたんです」

主演のスケジュールだけおさえてスタートしたものの、企画が決まるまでには紆余曲折あった。

最初の案は三谷幸喜脚本の『3番テーブルの客』のようなドラマ

「昔(1996年~1997年)、三谷幸喜さんの脚本を毎回違う監督が撮る『3番テーブルの客』という深夜ドラマがフジテレビであったんですね。それに倣って、松下さんで各局のディレクターの方が作るドラマをやりたいと思いました。ただ、以前の企画は、三谷幸喜というビッグネームがあったからこそやれたものだったので、脚本家を誰にするかの選定が難しく、これは宙に浮きまして。次に考えたのは、5局のディレクターさんとプロデューサーさんに、例えば1週間という期間を区切って主演として松下さんという素材をお渡しして、その中で恋愛とかサスペンスとかテーマだけ決めて、作ってくださいという、丸投げに近い企画。でも、それは各局ともリソースが大変で、さすがに難しいと。そもそも局の連ドラを抱えていらっしゃる方が、その時期だけスケジュールを空けて、得意か不得意かわからないジャンルをやるのは厳しいということでした」

かくして企画はなかなか決まらないまま、昨年9月になり、各局のドラマ担当者や元ドラマディレクターなどに非公式に集まってもらい、ブレストすることに。その中で「モキュメンタリー(ドキュメンタリー手法を用いて、事実のように表現されたフィクション)」と「バラエティ番組とコラボする」というアイディアに行きついたという。

「松下さんには、いわゆるカメレオン俳優というイメージがありまして。今回はそんな中でも、今まで見たことのない松下さんでやりたいと思い、考えてみると、本人役はやってないなと。ただ、カメレオン俳優だけに、松下さん自身は普通のお兄さんに見えるので、本人役というだけではドラマが作れないので、設定を考えていた時に、日テレさんの『仰天ニュース』で日本赤軍リーダー・重信房子容疑者(当時)の逮捕の再現VTRを見たんですね。その中で、警視庁の公安捜査員が大阪に10年間潜入捜査をして逮捕につながったというエピソードを見て『10年も潜伏することがあるんだ』と。思えば、松下さんは今、すごく売れているけど、下積みは長いので、『実は顔が売れてはいけない潜入捜査官だったら、面白い設定になるかな』と思いつき、そこから一気に進みました。若い頃から売れている方だと、この設定は全然通用しないわけです」

ともすれば失礼にもなりかねない企画だが、松下の所属事務所は「面白いね」と二つ返事でOK。本人に会った時点では台本がほぼできている状態だったという。

「『潜入捜査官 松下洸平』というタイトルは、当初はマネージャーさんからも背負い過ぎだと嫌がられていて、最初は『リアルフィクション』という別の案で進んでいました。でも、ご本人に会うときに根回しナシでこのタイトルを出してみたら『本当にこのタイトルでいくんですか』というのが最初の一言で、あとは『分かりました。すごく面白い企画なので、頑張ります』と言っていただけたんですね」

「それじゃあ視聴者が納得しないだろう。佐藤浩市、引退しよう」

画像提供/TVer
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佐藤浩市が本人役で出る上、「マフィア」という設定は、どのように打診したのか。怒られなかったのだろうか。

「浩市さんについては最初、事務所の社長さんに『本人役は難しいんじゃないかな』と言われ、ダメ元で聞いてもらいました。浩市さんは台本を読んだうえで出演の可否を判断されるんですが、お渡しする時点でまだ台本はほぼ初稿の粗削りなものだったので不安しかありませんでした。それでも、マネージャーさんがノリノリでうまくプレゼンしてくれたためか『やるよ』と。しかも、浩市さんは最初にお会いしたときにすでに台本を読み込まれていて『ここ、こうしていい?』『ここで中井貴一って言っていい?』とかいろんなアイディアを出して下さったんですね。最終回では浩市さんが逮捕されるかどうかという展開がありますが、役者を続けるという設定で考えていたんですよ。そしたら、ご本人のほうから『それじゃあ視聴者が納得しないだろう。佐藤浩市、引退しよう』とおっしゃって。作品が出来上がってからも、お会いしたときには『TVerでは佐藤浩市は引退してるからな』と言っていましたね(笑)」

また、かなり意外なキャラとしてイイ味を出しているのが、馬場ふみかだが……。

「本人役で出てくる方の中で、1番ご本人とは違うキャラですね。松下さんでやると決まって、いろんな松下洸平を見せたいねという話が進む中、サスペンスコメディだけど、恋愛も見たいよねという意見が出て、『恋愛に見えて、全然恋愛じゃなかった』というキャラクター設定の女性を置きたいなということで、キャラ先行でした。そこから、馬場さんはご本人のキャラクターがあまり見えていない部分があるので、違和感なくやっていただけて、視聴者も本人として受け入れやすいだろうと。馬場さんご自身は全然違うキャラなので、むしろ演じやすかったと言っていました」

画像提供/TVer ■制作協力バラエティ番組日本テレビ「ぐるぐるナインティナイン」
画像提供/TVer ■制作協力バラエティ番組日本テレビ「ぐるぐるナインティナイン」

本作でコラボしたのは、『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ)、『あざとくて何が悪いの?特別編』(テレビ朝日)、『ラヴィット!』(TBS)、『緊急SOS! 池の水ぜんぶ抜く大作戦』(テレビ東京)、『全力!脱力タイムズ』(フジテレビ)の5番組。

許可取りや打ち合わせは困難を極めたのでは?

「やっている時はたぶん成立しないなと思っていました(笑)。そもそもTVerがオリジナルドラマを作ること自体初めてなので、放送局からすると、わざわざオリジナルで作るよりも配信を回して欲しいという思いを持たれている方も当然いらっしゃいましたし。それで、『ドラマユーザーにバラエティに興味を持ってもらう』という立て付けにすればいいんじゃないかと。コラボする番組の選定と台本作りが並行して動いていき、それぞれテーマを持たせようということになったんですよ。第1話に出てくる番組では、松下さんが売れちゃっている現在を見せたい。2つ目は、捜査に行かなきゃいけないのに、足止めを食らう。3つ目は恋で悩んでいる時にアドバイスされるというテーマだけ決め、同時に放送局側として盛り上げたいバラエティ番組の候補をいただいて、そのリストとテーマを掛け合わせて選定しました」

無茶振りもやり遂げてしまう「嬉しい誤算」の松下洸平の対応力

最初に決まったのは、『脱力タイムズ』。松下が過去に1度出演していて、松下がいろいろ振ったらやってくれることをスタッフが把握、信頼している土壌があってのものだったという。

「番組で披露したモノマネなどはサプライズでした。小島よしおさんのおっぱっぴーをやるくだりなど、後から許諾を得に行ったっていう(笑)。あれは、反省会に呼ばれて、ダメ出しを食らって帰れないという台本で、中身をどうしましょうかと話していたら、有田(哲平)さんと1回話す流れになり、『本番でやれなかったギャグをこの場でやってみろと言ってもいいですか』と有田さんにご提案いただいて、それで行きましょうと。反省会は全く台本がないんです。だから、有田さんも松下さんもずっとアドリブで喋っています。ハリウッドザコシショウさんが出てくるのもサプライズで、一緒にギャグをやらされるのも台本になくて。松下さんが困ってくれたら良いくらいの予定だったのに、そんな無茶振りをやり遂げてしまうのは、嬉しい誤算でしたね」

画像提供/TVer ■制作協力バラエティ番組 テレビ朝日「あざとくて何が悪いの?​特別編」
画像提供/TVer ■制作協力バラエティ番組 テレビ朝日「あざとくて何が悪いの?​特別編」

恋バナを相談される田中みな実も印象的だった。ちなみに、松下×田中みな実というと、『最愛』を思い出す視聴者も多いだろうが、実は2人の直接の共演シーンはほとんどなく、現場でも1~2回挨拶している程度だという。

「『あざとくて~』チームとのコラボが決まったとき、せっかくだから田中さんにも出てもらいたいと思い、恋愛アドバイザーとしての役で、あの番組の田中さん寄りの辛口イメージで台本を書いたんです。でも、田中さんは実際にはすごくストイックで真面目な方なので、本人役ということで、もう少し本人に寄せたいと事務所から言われ、台本を修正したのですが、やってみたら、結果的に”田中みな実さん”でした(笑)。制作側の意図を汲んだ上で、やっぱりサービス精神も発揮して下さる方ですね。最後、松下さんが『田中みな実、すげえな』と言うんですが、それもアドリブですから」

民放5局とのコラボとなると、各局にとっては他局がどう出てくるかが気になるところだろう。他局の動きへのけん制はなかったのだろうか。

「そこは僕らも一番気を遣いました。週に1回ぐらい『現状で、フジは脱力タイムズに決まりました。他のところは〇〇などが挙がっていて、今、調整中です』などと各局にお知らせしながら進めました。『脱力タイムズ』が早めに決まり、レギュラー出演していた松下さんつながりから『ぐるナイ』が決まったのは、その後の動きにおいて大きかったですね。他局に比べて、1番物理的に大変だったのはテレ東さん。松下さんもココリコ田中さんも池の水のわずかなシーンのために3時間ぐらい岩国城のお堀に入っていますが、ドラマで使ったのはほんの一瞬で(笑)。実際に朝イチの飛行機で山口県まで行って最終1個前で帰ってきたぐらいのスケジュールでした」

TVerに出向する前は、フジテレビで『鍵のかかった部屋』『失恋ショコラティエ』などの連続ドラマを制作してきた小原Pだが、苦労したのは、ドラマとバラエティのお作法が全く違うことと言う。

「役者さんにオファーするにしても、バラエティの収録に至るまでどういうことが行われて、収録当日にどういう動きをしているかなどが全くわからない。「ラヴィット!」さんに至っては生放送なので、ドラマでは全くない経験でした。役者さんが番宣で出るときは、セッティングされた番組にドラマ出演者がお邪魔させていただくだけですが、今回は構成から話をさせていただいているので。特に、ドラマの場合、企画書の他に台本と役柄があるので説明できるんですが、今回はそれぞれご本人役でありつつも、こういう役ですと説明ができないのが1番難しかったですね」

主人公は「潜入捜査官」で、佐藤浩市はマフィアという突飛な設定、しかも、バラエティでの無茶ぶりも多々あるドラマなのに、最終的には松下洸平×佐藤浩市の芝居にグッと来てしまうのが不思議だ。

「正直、僕も最後があんなに泣けると思っていなくて(笑)。5局とバラエティ番組でコラボして、本人役で、捜査官とマフィアという完全にぶっ飛んだ設定のものなので、キワモノに見えるかなと思っていたんです。だから、あそこまで松下さんと浩市さん2人のドラマで感動できるものになると思っていなくて、入口と出口の温度差がすごいなと(笑)。でもそのおかげで作品がグッと締まりましたし、お2人の役者魂に感動しました」

画像提供/TVer 小原 一隆(おばら いちりゅう) 氏。
画像提供/TVer 小原 一隆(おばら いちりゅう) 氏。

小原Pは本作を振り返り、松下洸平について、そして、今後についてこんな抱負を語ってくれた。

「ずっとご一緒したいと思っていた松下さんは、一言で言うと、ナイスガイ。台本をしっかり読み込んで、制作側をリスペクトして下さった上で、アイディアをいろいろ出してくださる方です。すごく真面目ですし、それでいてスタッフをイジって現場を盛り上げて下さるようなところもある方で、嫌いな人はいないんじゃないかな。松下さんでぜひラブコメをやってみたいですね。深津絵里さんと堤真一さんがやっていた『恋ノチカラ』(フジテレビ系、2002年)みたいな、仕事はできるけど、恋がすごくへたくそな男の役なんかをやってほしいです」

(田幸和歌子)

エンタメライター/編集者

1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌・web等で俳優・脚本家・プロデューサーなどのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。エンタメ記事は毎日2本程度執筆。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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