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『カムカム』、安子とアニーは本当にイメージが違い過ぎるのか

田幸和歌子エンタメライター/編集者
画像提供/NHK

いよいよ残り3話となった、NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(NHK総合)。

第110回(4月5日放送分)では、初代ヒロインの安子(上白石萌音)と、映画村にハリウッド映画の撮影でやって来たキャスティングディレクター、アニー・ヒラカワ(森山良子)が同一人物であることが、ついに明らかになった。

正直、ここまでも同一人物としか思えない要素はたっぷりあった。

終盤に登場した新キャラで、ノストラダムスの大予言の「恐怖の大王」ならぬ「驚きの女神」が現れたというナレーション。

「日系アメリカ人」としながらも、伴虚無蔵(松重豊)に映画出演を乞う際の丁寧な土下座、「岡山に行かなくて良いのか」と何度も甥のジョージに聞かれていたこと、「大月」の回転焼きを食べたときに丁寧に2つに割ってあんこを食べていたこと、ひなたから「おいしゅうなれ」の英語訳のおまじないを聞いたときのリアクション、ひなたを見て自分の若い頃を思い出すと言ったこと、ひなたに言った「英語の勉強をこれからも続けてください。きっとあなたを、どこか思いもよらない場所まで連れて行ってくれますよ」が、安子がロバートに言われた言葉と同じだったことなどなど……。「安子=アニー」と思える根拠はあまりに多かった。

それでも「ヒラカワ」を名乗っていることや、第109回のラジオ出演シーンで「シアトルで生まれた」と紹介されたこと、ラジオで告白するまで一切日本語を喋らなかったことなどから、直前まで同一人物説を否定する視聴者も多数いた。

だが、同一人物とどうしても思えない最大の要因は、安子とアニーのイメージがあまりにかけ離れていたからではないか。

なぜなら、背格好は近い(奇しくも二人は同じ身長だそうだ)が、岡山の小さい和菓子屋で育った、素朴で控えめでやわらかな雰囲気の安子と、色鮮やかで派手な真っ赤な口紅や赤い服、赤い靴、赤いバッグ、赤いマニキュアで身を飾り、堂々と背筋を伸ばして歩き、天真爛漫、自由奔放に見えるアニーとは、あまりに結びつかないからだ。

異国で暮らしていたことで、ファッションセンスや美的感覚、立ち居振る舞いや、人との距離感が徐々に変化したとしても、ここまで人は変わるのか。

「素朴で控えめでやわらかな」安子の忘れがちな面

画像提供/NHK
画像提供/NHK

しかし、改めて振り返ると、「素朴で控えめでやわらか」な安子は、私たち視聴者の記憶の中の、ほんの一部に過ぎないことに気づかされる。

かつては夢も持たず、自転車も乗れず、平凡な子だった安子が、雉真稔(松村北斗)に恋をしてから、自転車の乗り方を教えてもらい、稔を想うあまり、稔に教えてもらったラジオ英語講座を毎日聞いて、英語を勉強し続ける。また、戦況の悪化で物資が不足し、砂糖が入手困難になると、安子に砂糖会社の息子との見合いの話が持ち上がる。そのとき、安子は家族のことを思い、稔への恋は諦めようと決意するが、翌朝、置手紙を残して始発電車で大阪にいる稔に会いに行く。恋が全ての原動力となり、思い立つとすぐに行動に移さずにはいられない情熱家でもあったのだ。

そして、稔を戦争で失った後、再婚させられそうになると、幼馴染で義弟の勇(村上虹郎)の手助けがあったとはいえ、岡山の雉真家を出て、一人娘のるい(本役は深津絵里)と二人で暮らし始める。苦労の末、和菓子作りでなんとか生計を立てられるようになるが、ささやかな幸せは長く続かず、過労による事故で、るいの顔に傷をつけてしまう。

それを機に、雉真家に戻ると、傷の治療費と実家の和菓子屋「たちばな」再建費用を作るため、おはぎを作って売り歩くが、義父(段田安則)に反対され、今度は、るいを置いて一人で売り歩くように。

そんな中、米軍将校・ロバート(村雨辰剛)と出会い、英語のテキスト作りを手伝うようになるが、勇との再婚話が出たことで、るいを連れて再び雉真家を出ようと決意する。しかし、貯めていたお金を兄・算太(濱田岳)が持ち逃げしたことで、算太を探すため、単身で大阪に行き、過労で倒れたところ、ロバートに助けられ……るいの入学式に行けず、ロバートに求愛されるところを、るいに偶然見られ、最愛のるいからぶつけられた言葉が「I hate you」だった。それが安子を絶望させ、「消えてしまいたい」とまで思わせ、全て捨ててアメリカに旅立たせるきっかけになる。

大切な娘の顔に傷をつけた負い目から、ボタンの掛け違いが起こり、暴走していった過程を振り返ると、安子の「素朴で控えめでやわらか」なイメージとは異なる、情熱家で、直情径行で、自立心が強く、頑固な面が見えてくる。

思えば安子は、突っ走り、頑張り過ぎては、何度も過労で倒れていた。しかも、一度決めると、すぐに行動し、ときにはすぐに逃げ、何もかも捨て去る。若さもあるが、情熱が先走り過ぎ、頑固さゆえに後戻りできなくなるきらいはあった。

雪衣の謝罪・告白から見えてきた「安子」像

それを思い出させたのは、第107話でるいへの謝罪と共に語られた勇の妻・雪衣(岡田結実→多岐川裕美)の言葉だ。

かつて雉真家の女中だった頃、安子がるいを連れて雉真家を出て行ったことで、稔と勇の母・美都里(YOU)はるいのことを思い、泣いていた。それを見て「安子さんはひでぇ人じゃと。そねいな薄情な嫁のことも、その嫁が産んだ子のことも忘れてしまえばええんじゃ」と思っていたことが明かされる。しかも、一度は出ていった安子がるいを連れて雉真家に戻ると、勇と親しくしている様子に嫉妬し、さらに裕福な家で暮らしているにもかかわらず、外に仕事に出ていく姿に「意地の悪いどす黒い気持ちが腹の底から湧き上がってきた」という。

それが、母に置いて行かれ、寂しい思いを抱くるいに雪衣がぶつけた「安子さんは、女でひとつでるいちゃんを育てることを諦めて、雉真の家にお返ししようと決めたんじゃと思います」という一言だった。それが安子とるいの仲を引き裂くきっかけになったのではないかという罪の意識に苛まれ、自分を責め続け、せめてもの罪滅ぼしとして、安子の実家である橘の墓を守り続けたのだろう。

「私はただ、るいと2人、当たりめえの暮らしがしたかっただけじゃのに」。娘に傷を負わせたことから、それを治そうと必死で、娘の気持ちも考えずに働き続け、やがては娘の幸せを願い、姿を消した安子。しかし、確かに安子という女性をよく知らない雪衣から見ると、子どもを連れて出て行ったのに、また戻って来て、義弟と仲良くし、雉真家のことはほったらかしで、自分のやりたいことをやる女性に見えていたとしても仕方ない。

また、安子が戦前に英語を学んでいたこと、進駐軍とアメリカに渡ったことをるいがひなたに語った際、ひなたが「進んだ人やったんやな」と言い、「最先端の人やったかもしれん」とるいがほほ笑むシーンから、改めて激動の時代を生きた安子の芯の強さを考えさせられる。

素朴で控えめな安子も、情熱家で直情径行で自立していて頑固な安子も、最先端な安子も、どれも安子の一面に過ぎない。見る人や見るときによって、際立つ面や見え方が違ってくるのが、人間の多面性だろう。

こうして振り返ってみると、赤い手編みのベスト、赤い靴下を身に着け、素朴だが、「あんことおしゃれが大好きなごく普通の女の子」だった14歳の安子と、アメリカで暮らし、鮮やかな赤に身を包んだ自由なアニーは、やっぱりつながっているのだ。

(田幸和歌子)

連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』はNHK総合 毎週月曜~土曜 朝8時放送ほか。

エンタメライター/編集者

1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌・web等で俳優・脚本家・プロデューサーなどのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。エンタメ記事は毎日2本程度執筆。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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