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衝撃の相続 どうする!?「いきなり遺言」を残すことになってしまった

竹内豊行政書士
突然、意に反して遺言を残す状況に追い込まれる人が、実際います。(写真:アフロ)

遺言はおもに自分の死後に、財産を自分の思うように残すために作成します。しかし、自分の意思に反する遺言を残してしまう状況に追い込まれる人も実際いるのです。

長男からの誘い

山田愛子さん(仮名・78歳)は、ある日、同居している長男山田一郎さん(仮名・50歳)から「明日、時間ある?」と声を掛けられました。特に予定がなかったので、「あるわよ」と返事をすると、一郎さんは、「じゃあ、久しぶりにランチでもしようよ」と食事に誘われました。珍しいこともあるものだと思いましたが、せっかくの誘いです。「いいわね。何時に出かけるの?」と問いかけると、「じゃぁ、11時に出かけよう。隣の〇〇駅に評判の□□飯店のお店がオープンしたんだよ。母さん中華料理好きだよね。予約しておくよ」とほっとした表情で答えました。愛子さんも久しぶりの長男との会食に心がウキウキしました。

いきなり公証役場

翌日、評判のお店だけあって、愛子さんはとても満足しました。デザートを食べ終わったその時です、長男が改まってこう切り出しました。「母さん、このビルの隣に公証役場があるんだ。そこにこれから行って遺言書を作って欲しいんだ。母さんはただ『はい、その通りで結構です』と言ってくれればいいんだよ。じゃぁ、いいね」と言ってとっとと会計を済ませてしまいました。

愛子さんは訳が分からないまま、隣のビルの公証役場に連れていかれました。案内された応接室には証人と呼ばれる人が2人と公証人がいました。そして、公証人が読み上げる遺言書について、長男から言われた通り『はい、その通りで結構です』と言って署名して長男が用意していた実印を押印してしまいました。

納得できない遺言

その遺言の内容は長男にほとんどの財産を相続させるというものでした。愛子さんには長男の一郎さんの他に次男の浩二さん(仮名・48歳)がいます。一郎さんは亡き夫の相続でも浩二さんより多く遺産をもらっているし、愛子さんからも一郎さんの子どもの教育費など何かと援助をしてもらっています。それに、10年前に同居を始めたときのリフォーム代の全額を愛子さんが出したし、家賃ももらっていません。一方、浩二さんにはほとんど金銭的援助はしていませんでした。そこで、愛子さんは、同居している土地・建物は長男一郎さんへ、現金と預金は二男の浩二さんへ残そうと考えていたのです。しかし、先日突然作成させられた内容は、浩二さんには現金100万円だけで、その他の全ての財産が一郎さんに残す内容になっています。これでは愛子さんは到底納得できません。「果たしてどうしたものか」と悩む愛子さんでした。

遺言は撤回できる

遺言は人の最終意思表示について、その者の死後に効力を生じさせる制度です。そのため、遺言者(=遺言を作成した人)の最終意思を尊重することから、遺言者は、自らの死亡によって効力が生じるまで遺言を自由に撤回できます(民法1022条)。つまり、複数の遺言を作成することが可能なのです。

民法1022条(遺言の撤回)

遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる。

遺言の撤回権は放棄できない

さらに、遺言を撤回する権利は、放棄することができません。このように、遺言の撤回権は法で保護されています。

民法1026条 (遺言の撤回権の放棄の禁止)

遺言者は、その遺言を撤回する権利を放棄することができない。

複数の遺言は厄介

複数の遺言が出てきたときは、後に作成した遺言(=新しく作成した遺言)が優先されます。しかし、この場合、前に作成した遺言と後から作成した遺言の内容によっては、前に作成した遺言が効力を生じる場合もあります(民法1023条)

民法1023条(前の遺言と後の遺言との抵触等)

前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。

このように、死後に複数の遺言が出てくると、法律関係を複雑にしてしまい、遺言が争いの種になるおそれがあります。

複数の遺言を残すときの注意点

したがって、複数の遺言を残すときは、次のように遺言の冒頭で以前作成した遺言は全て撤回するという意思を明確に表現することが大切です。

第1条 遺言者は、本日以前に作成した遺言のすべてを撤回する。

さて、その後愛子さんは専門家の遺言セミナーで遺言は撤回できることを知りました。愛子さんは「2通目の遺言」を作成する準備をしています。もちろん、遺言の冒頭でいきなり作成させられてしまった遺言を撤回する内容を書くつもりです。愛子さんの死後、後から作成した遺言を見た一郎さんはきっと驚愕するにちがいありません。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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