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「自衛隊より早く風呂提供」能登のライダーズハウスが被災地の支援拠点となりカフェを再開するまでの道のり

関口威人ジャーナリスト
石川県能登町でライダーズカフェを経営する大場小都美さん=2月4日、夏目健司撮影

 能登半島地震の被災地である石川県能登町で、奇跡的に大きな被害を免れ、いち早く地元の支援拠点となった個人経営の店がある。「PEACE ライダーズマリンベース」は“バイク乗り”たちの宿とカフェだったが、地震発生の4日目から風呂を沸かして無料開放。今月からはカフェの営業も再開し、主に地元の人たち向けに温かい食事を提供している。オーナーの大場小都美さんは「個人で思いついたらすぐやるから早い。バイク仲間たちの横のつながりの支援もすごかった。ここを“元気発信基地”にする」と意気込んでいる。

人気の宿運営、一息つこうと金沢に向かう途中に揺れ

能登町越坂地区の海沿いにあった民宿を改装し、2016年に開業したライダーズハウス&カフェ「PEACE ライダーズマリンベース」=2月4日、夏目健司撮影
能登町越坂地区の海沿いにあった民宿を改装し、2016年に開業したライダーズハウス&カフェ「PEACE ライダーズマリンベース」=2月4日、夏目健司撮影

 「PEACE」は能登町役場のある宇出津地区から東へ約10キロ、県道35号線を海沿いに走った越坂地区にある。

 元は昔ながらの民宿だった建物を改装。スナック風だった食堂は「オールドアメリカン」な雰囲気に変え、カフェと風呂と3つの宿泊部屋(ドミトリー)のある施設として2016年夏にオープンした。

 大場さんは出身の金沢市でホテルの料理人を務めた経験のある一方、趣味でハーレーダビッドソンを乗りこなすほどのバイク好き。「PEACE」は大場さんの料理の美味しさとバイク乗りを満足させる宿泊体験が評判を呼び、年間3000人以上が宿泊する人気スポットとなった。

 そんな施設運営の慌ただしさをいっとき忘れ、正月は金沢のホテルで家族と一緒にのんびりしようと車で能登町を離れた1月1日。七尾市を過ぎた辺りで車が揺れる猛烈な地震。大場さんや子どもと孫たちに怪我はなかったが、愛猫3匹を残した宿が心配になり、能登町へ引き返そうとするも、道路はどのルートも通行ができない。

 結局その夜は金沢で過ごし、翌日7時間をかけて能登町へ。猫も宿の建物も無事だったが、カフェの食器やお酒のボトルは床に落ちてガチャガチャになっていた。

「湧き水で風呂は沸かせる」4日目から地域に無料開放

カフェの一角にはバイク仲間たちが持ち寄った支援物資が。手前には風呂に入る人たちの待合席が設けられていた=2月4日、夏目健司撮影
カフェの一角にはバイク仲間たちが持ち寄った支援物資が。手前には風呂に入る人たちの待合席が設けられていた=2月4日、夏目健司撮影

 それでも、この地区はなぜか電気とガスが使えた。断水はしていたが、宿の風呂はもともと湧き水を電動ポンプで汲み上げ、ろ過装置を通してガスボイラーで湯を沸かせた。

 断水は能登半島全域で続いている。「みんなお風呂に入りたいはず」。大場さんは迷わず4日から宿の風呂を地域に無料開放することにした。自衛隊が能登町内に仮設風呂を設置する5日前のことだった。

 その日から被災した人たちが少しずつ入浴しにやって来た。それがだんだんと口コミで広まり、1週間後には3〜4時間待ちとなるほどに。

 その間、ライダー仲間たちが次々と支援物資を届けに来てくれた。地域の人は風呂を待っている間に支援物資を選んだり、他の被災者と情報交換したりできる。カフェはすっかり支援の「基地」になった。

「地域の人たちに恩返しを」2月からカフェ営業も再開

2月1日からはカフェの営業も再開し、地元住民を優先に食事を提供している=2月4日、夏目健司撮影
2月1日からはカフェの営業も再開し、地元住民を優先に食事を提供している=2月4日、夏目健司撮影

 私が訪れた2月上旬の午後も、親子連れらが次から次に訪れ、入浴の順番待ちリストに名前を書き込んでいった。

 風呂上がりの年配の夫婦は「久々にゆっくりお湯につかれてうれしい」とほっとした様子。集団で入る仮設風呂では気が休まらず、ここに来て安心して涙を流す人たちもいるという。

 大場さん自身も、人生は波乱万丈だった。料理人の仕事が多忙だった時期、夫と離婚して借金を抱えることに。3人の子どもを不幸にできないと朝から晩まで働き、10年かけて借金を返済した。

 自分へのご褒美として、憧れだったハーレーを買った。すると子どもたちは「本当は自分の店を持ちたかったんだよね。やりたいことやりなよ」と言って背中を押してくれた。

カフェの名物メニューの「とろとろ玉子のハヤシオムライス」=2月4日、夏目健司撮影
カフェの名物メニューの「とろとろ玉子のハヤシオムライス」=2月4日、夏目健司撮影

 海外への移住なども考えたが、あるときハーレーで能登半島を一周してみると、あらためて能登の海の美しさと自然の豊かさに魅了された。でも、バイク乗りにはちょうどいい宿泊先がない。半島の先端にライダーズハウスがあれば…。

 それから3年がかりで場所を探し、最高の立地条件と思った今の物件にたどり着いた。偶然だとは思うが、今回の地震で店にまで津波が来なかったのは、必死で場所選びをした結果の一つかもしれない。

 「そのことを含めて、外から来た自分を受け入れてくれたこの地域の人たちに、少しでも恩返しをしたい」と大場さん。

 断水も解消し、カフェの営業を2月1日から再開。食事は地元の人を優先に割引価格で提供している。宿泊を含めて被災地外の客には、3月以降に利用しに来てもらうよう呼び掛けている。

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。2022年まで環境専門紙の編集長を10年間務めた。現在は一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」代表理事、サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」編集委員、NPO法人「震災リゲイン」理事など。

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