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名古屋入管でのウィシュマさん死亡巡る訴訟、法廷で再生された全映像と原告・被告双方の主張を検証する

関口威人ジャーナリスト
法廷で上映されたウィシュマさんの収容中の映像の一部(原告弁護団提供)

 名古屋出入国在留管理局(名古屋入管)で2021年3月、スリランカ人女性のウィシュマ・サンダマリさん=当時33歳=が収容中に死亡した事件。遺族が国を相手に約1億5000万円の損害賠償を求めて提訴した民事訴訟は昨年6月から名古屋地裁で始まり、2回目の冬に入ろうとしている。

 今年6月21日と7月12日の2回の口頭弁論では、収容中のウィシュマさんの様子を収めた監視カメラ映像が証拠調べとして法廷で上映された。

 閉廷後、映像データは遺族の弁護団から一定の条件付きで報道用に提供され、6月の上映分については20余りに分かれたファイルを私が1本につなぎ合わせたYouTube動画を引用する記事として紹介した。しかし、後に弁護団の方針が変わり、新たに弁護団独自のYouTubeチャンネルが作られて13本の動画(うち1本は約18分間のコンパクト版)として10月に公開されたため、私の記事もリンク先を差し替えた。

・ウィシュマさん訴訟第7回弁論、法廷で再生された全映像から原告、被告双方の主張を確かめる【追記あり】

 同様に7月に上映された約2時間分について、弁護団公開の動画からその主要な場面を引用し、原告・被告双方の準備書面による主張を織り交ぜながら検証したい。ショッキングな場面もあるが、「入管収容の残酷さを多くの日本人に知ってもらいたい」という遺族の希望も踏まえ、ウィシュマさんが亡くなる3日前から死の直前までの象徴的な部分を選んだ。時間があればその前後の状況も見ていただきたい。

 なお、各動画の冒頭には「このビデオデータの取り扱いにあたっては、ウィシュマさん及び遺族の名誉・尊厳を傷つけることのないようにお願いします」と日本語、英語、シンハラ語で呼び掛け文が書かれている。動画のサムネイルはすべてその同じ呼び掛け文の画面だが、再生位置はそれぞれ違う設定にしている。

・2021年3月3日 18:19〜18:29

 ウィシュマさんは毛布にくるまりベッドに横たわりながら、ぎこちない動きで腕を動かしている。看守が「お昼ごはんにしようか?」と明るく語り掛けるものの、ウィシュマさんの受け答えは弱々しい。

 このときウィシュマさんは先にバナナを食べていたが、うまく飲み込めない様子。それに対して看守は「ゆっくりごっくんしよう」「バナナ体にいいよ」「頑張れ、頑張れ」と声を掛けながら飲み込ませようとする。しかし、結局ウィシュマさんは吐き出してしまう。

 その後も看守はサラダやチキン、ピーナッツバターなどの食べ物を示し、ウィシュマさんが指差したものをスプーンで口に運ぶ。だが、やはりうまく飲み込めないようで、たびたび食べ物をバケツの中に戻したり、上を向いてのどに流そうとしたりする。原告側はこうした様子を「もはや拷問」と表現する。

 これに対し、国側は看守に「無理やり摂食させようとする言動は認められず」、最終的にウィシュマさんの「希望に沿って食事を口に運んでいる」として、拷問と言われるような対応は確認できないと反論している。

・2021年3月5日 7:52〜7:55、9:18〜9:23

 前日午後に外部病院の精神科で診療を受けたウィシュマさんは、夜に服薬(クエチアピンとニトラゼパム各1錠)をした後の翌朝、ますますぐったりした様子でベッドに横たわる。早朝は看守がバイタルチェックをしようとしたが、脱力していて血圧が測定できなかったほどだ。

 看守らが声を掛けてもウィシュマさんの反応は鈍い。顔の前で手を振って反応を見ようとする看守もいる。しかし、「眠たいのかな、寝ちゃった?」と深刻に受け止める様子には見えない。

 看守が数人がかりで体を起こそうとするも、ウィシュマさんは「あー、あー」とうめき声を上げたり、「いやー」と抵抗したりする。

・2021年3月5日 14:31〜14:44、14:50〜14:53

 看護師が入室し、「昨日のドクターに困っていることをちゃんと言えましたか」などと聞く。ウィシュマさんは「言えた」と答えた。「リハビリやるよ」という看護師の指示に従い、ウィシュマさんは深呼吸をしたり、手足のマッサージを受けたりする。

 国側はウィシュマさんと看護師の「意思疎通ができていた」と肯定的に捉えるが、ベッドに横たわり、時折甲高い悲鳴のような声を上げるウィシュマさんに対し、看護師が笑いながら受け流す場面も。傍らの看守と研修医や医師の年齢を巡って雑談をする様子も記録されている。

・2021年3月6日 14:07〜14:12

 ベッドに横たわるウィシュマさんに、入室した看守が「サンダマリさん」と声を掛けるが応答がない。インターホンで「指先ちょっと冷たい気もします」と伝え、他の看守も続々と入室。何度も名前を呼んだり、脈拍を確認したりする。男性看守が「(反応)ない?」と驚いた様子で入室する。

 映像はここで終わるが、入管庁の報告書によれば、その後AEDの心臓マッサージが施され、駆け付けた救急隊員によってウィシュマさんは病院へ搬送されたものの、15時25分ごろに死亡が確認された。

2回にわたる法廷での約5時間分のビデオ上映を終えて名古屋市内で記者会見に臨むウィシュマさんの妹のワヨミさんとポールニマさん(7月12日、筆者撮影)
2回にわたる法廷での約5時間分のビデオ上映を終えて名古屋市内で記者会見に臨むウィシュマさんの妹のワヨミさんとポールニマさん(7月12日、筆者撮影)

2度の刑事「不起訴」で一層重み増す国賠訴訟の行方

 受け止め方は人それぞれであろうが、少なくともあれだけ苦しみ、結果的に亡くなってしまったウィシュマさんと、その苦しみに対処できなかった入管の体制との間に大きなギャップがあることは明らかだろう。

 そもそも不法残留をしていたウィシュマさんを責める見方も分からなくはないが、不法残留が日本では死に値する罪とみられていいのか、入管収容によって身体拘束以上の苦しみを与えることを日本という国が許すのかが問われている。

 当時の入管職員については、刑事告訴による捜査と検察審査会の「不起訴不当」の議決を受けた再捜査を経ても、名古屋地検は13人の職員全員を不起訴処分とし、捜査を終結させた。ウィシュマさんの妹のワヨミさんは「責任ある人々がなぜ処罰されないのか理解できない」と憤りをあらわにした。

 一方、国賠訴訟の遺族側弁護団の児玉晃一弁護士は7月の会見で「職員一人ひとりの言動や認識にスポットを当ててしまうと全体が矮小化されてしまい、個人の責任に集約されて国は関係がないと逃げられてしまう」との見方も示していた。

 職員個々の責任を法的に追及する道が途絶えてしまっただけに、むしろ入管制度や国のあり方を問う国賠訴訟の行方がより重要になったとも言えるだろう。

 裁判は9月27日に第9回口頭弁論が開かれて国側からあらためて医師の意見書などが提出された。これを受けて次回11月29日の弁論では原告側が反論するなどして、来年以降も審理が続く予定だ。

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。2022年まで環境専門紙の編集長を10年間務めた。現在は一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」代表理事、サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」編集委員、NPO法人「震災リゲイン」理事など。

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