Yahoo!ニュース

「大変な農家を応援したい」 30代の若手サラリーマンが本業の傍ら「農」のサイトを立ち上げたわけ

関口威人ジャーナリスト
「アグリクリエーション」代表の山木成晃さん=名古屋市内で、筆者撮影

 猛暑や水害が続き、とりわけ農業には厳しい夏が過ぎた。後継者難も叫ばれて久しく、ただでさえ大変な農家をさまざまな形で応援しようという動きも出てきている。名古屋市の会社員、山木成晃(まさあき)さん(33)はそんな取り組みに関わる若者の一人だ。会社勤めの傍ら、農業についての理解を深めたり、農家同士の交流を促したりするサイトの運営を始めたそのきっかけや、思い入れを聞いた。

名古屋で勤める会社は農業とは無縁

 名古屋市内の官庁街で待ち合わせた山木さんは、いかにも若手サラリーマンなワイシャツ姿。「農」のイメージはまったく感じさせない。

 「今の会社も、まったく農業とは関係がないんです。でも、自分がこういう活動をしていることは上司の理解もあり、休み時間や就業後にしています」

 こう話す山木さんの出身は長野県の山間部。現在80代の祖父母は兼業農家で、山木さん自身も小さい頃から週末に祖父母の農作業を手伝った記憶がある。

 しかし、次第に祖父の体が動かなくなり、農作業もできなくなっていく様を目にした。山木さんはそうした祖父母のような人たちのために「体が動かなくなっても農業に携われる」支援ができないかと思い始めた。

 山木さん自身も仕事で名古屋のような都会に来てから、土いじりの経験を思い出してマンションで家庭菜園を始めた。一方で、農業関係の展示会なども見てITを駆使する「スマート農業」などの最新技術も知った。

 そうして考えたのが「農」を通じて人と人、人と企業などを結び付けられないだろうかということだ。それを利益を追求する事業ではなく、まずは個人レベルで取り組んでみたいーー。

 ちょうどコロナ禍の真っ只中だった2021年7月、オンラインでそうした思いを発信すると、7人ほどの仲間が賛同してくれた。そしてアイデアを話し合う中から、「家庭菜園に特化したSNSアプリを作ろう」と決まり、クラウドファンディングで資金を募ることにした。チーム名は農を創造するという意味で「アグリクリエーション」とした。

山木さんが「アグリクリエーション」として最初に挑戦したクラウドファンディングのページ。家庭菜園アプリの開発支援を呼び掛けたが成立はしなかった
山木さんが「アグリクリエーション」として最初に挑戦したクラウドファンディングのページ。家庭菜園アプリの開発支援を呼び掛けたが成立はしなかった

フルーツ特化のサイトで農業を身近に

 このときはノウハウやアピールが足りず、目標金額には達しなかった。しかし、その教訓を生かして2023年2月に開設したのが「フルポタ」というサイトだ。農業の中でもフルーツに特化して身近に感じられるようにと、ブドウやイチゴ、リンゴなどの果物に関する「辞典」や栽培農家の紹介、掲示板、そして山木さんたちが農について語るポッドキャスト「フルポタFM」などで構成されている。

 取り上げられている熊本県益城町のスイカ農家は、今年初夏の豪雨で被害を受けた経験もあるという。山木さんはこうした農家にネットを通じて速やかに募金を呼び掛けるような仕組みも作りたいと考えている。

 「SNSなどを利用している農家はごく一部。ネットが得意ではない農家も気軽に発信やPRができるようにお手伝いをしていきたい」という。

「フルポタ」で取り上げられている熊本県益城町のスイカ農家
「フルポタ」で取り上げられている熊本県益城町のスイカ農家

新規就農受け入れ農家の検索サイトも

 フルポタなど山木さんたちのサイトと連動しているのが「農家のコミュニティ」という名称のサイトだ。新規就農を受け入れている全国の農家80人ほどがリストアップされ、名前とTwitter(現X)アカウント、栽培作物、受け入れ時期や宿泊施設の有無などが紹介されている。

 このサイトを運営しているのは、茨城県で「まっつん農園」を営む松本浩司さん(33)。自身も大学卒業後に新規就農して約10年、ゼロから奮闘してきた経験がある。しかし最近、農業に関心があるという10代の若者の相談にのったとき、全国にどんな受け入れ農家があるのかと探す場が、ネット上にも未だにないことに気づいた。そこで松本さんがTwitterを通じて呼び掛けたところ、今年2月までに50人ほどが新規就農者を受け入れられる農家として名乗り出てくれた。

 「そのリストを基に私が簡単なサイトを立ち上げたのが『農家のコミュニティ』でした。すると、それを見た山木さんから『一緒にやれないか』と声がかかったんです」と松本さんは明かす。

茨城県で野菜農園を営む松本浩司さん(松本さん提供)
茨城県で野菜農園を営む松本浩司さん(松本さん提供)

 それまで松本さんと山木さんに面識はなかった。実は、本稿の取材時点でもまだリアルには会っていないのだという。ただ、互いに同年代ということもあり、オンラインだけでも進めていける感覚はあった。松本さんも「農家だけでやるより、外の人たちと連携を取っていく方がいい」と思い、合流が始まった。

「農家はもっと発信していかないと」

 松本さんが集めたリストを基に、山木さんたちがサイトでの見せ方や検索方法をデザイン。SEO(検索エンジン最適化)対策なども工夫する。

 「実際にすごく見やすく、検索しやすくなった。Twitterだけだと本当に連絡を取っていいのか躊躇してしまうだろうけれど、このサイトならどんな作物を作ってどんなふうに新規就農者を受け入れているのかが分かった上で連絡が取りやすい」と松本さん。個々の活用状況をすべて把握しているわけではないが、これまでに10組ほどはこのサイトを通じてマッチングができているという。

 「まだまだ80人程度の小さなコミュニティーなので、上の世代を含めてどうリアルに巻き込んでいけるか。いいことだけでなく、大変なことも含めて農家はもっと発信しないといけない。このサイトはその第一歩」と松本さんは話す。

松本さんが運営し、山木さんらがサイトのデザインなどを支援している「農家のコミュニティ」
松本さんが運営し、山木さんらがサイトのデザインなどを支援している「農家のコミュニティ」

「個」同士のつながりで新しい発想を

 「農家のコミュニティ」には文字通り、農家同士の交流や農家を応援したい企業とのマッチングを促す機能も設けられている。こうした交流が進めば、同じ地域でこれまでになかった農作物の詰め合わせを販売するなどの新しいアイデアが生まれるかもしれない。

 山木さんは「農に関わる『個』同士がつながって、何かを生み出すコミュニティーになれば。当面は自分自身も個人と本業の二足のわらじで取り組みたい」と話す。

 現在は山木さんのほか、神奈川県と埼玉県に住む同世代の会社員2人が中心メンバーとなり、オンラインのつながりで運営を続ける。広告枠などは設けているものの、実際の収益化やビジネスモデルの確立はまだ先の話。だが、いずれはインドやブラジルなどの新興国でも活用してもらえる農業アプリやサイトを構築したいと、ビジョンを膨らませている。

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。2022年まで環境専門紙の編集長を10年間務めた。現在は一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」代表理事、サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」編集委員、NPO法人「震災リゲイン」理事など。

関口威人の最近の記事