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ウィシュマさん訴訟第7回弁論、法廷で再生された全映像から原告、被告双方の主張を確かめる【追記あり】

関口威人ジャーナリスト
法廷で上映されたウィシュマさんの収容中の映像の一部(原告弁護団提供)

 名古屋出入国在留管理局(名古屋入管)で2021年3月、スリランカ人女性のウィシュマ・サンダマリさん=当時33歳=が収容中に死亡した事件を巡り、遺族が国を相手に約1億5000万円の損害賠償を求めて提訴した裁判の第7回口頭弁論が2023年6月21日、名古屋地裁で開かれた。

 収容中のウィシュマさんの様子を収めた監視カメラ映像が、証拠調べとして初めて法廷で上映された。私も午前中に傍聴してその様子を確認した。映像そのものは約2カ月前に個人で閲覧の手続きをして法廷外で視聴していた。

 映像には、ウィシュマさんがベッドにぐったりと横たわったり、もがき苦しんだりしている姿が写っている。一方、その傍らで介抱や診察をする看護師、入管職員(看守)らの対応が適切だったのかどうかも問われている。

約3時間分が法廷のモニターで再生

 今回は証拠提出された約5時間分のうち約3時間分(2021年2月22日から3月4日まで)が、法廷内に備え付けられた2台の大型モニターなどで上映された。しかし一部、裁判所の判断で傍聴席向けには伏せられた映像があり、その再生の際は大型モニターとの接続は切られ、原告や被告の代理人のみが手元のモニターとイヤホンで視聴した。また、午後の法廷で一時トラブルがあり、上映予定だった3月3日分の一部映像は再生されなかった。次回の法廷であらためて上映される見通しだという。

閉廷後に記者会見するウィシュマさんの妹のポールニマさん(右)。左のワヨミさんは映像を見るのがつらいとして、上映時は法廷の外で待機していた(6月21日、筆者撮影)
閉廷後に記者会見するウィシュマさんの妹のポールニマさん(右)。左のワヨミさんは映像を見るのがつらいとして、上映時は法廷の外で待機していた(6月21日、筆者撮影)

 原告側弁護団は閉廷後、この日に再生された映像データを報道向けに提供した。データは証拠の様式に合わせて22のファイルに分かれていたが、私は弁護団の許可を得て1本につなぎ合わせ、日時の字幕を追加した上でYouTubeにアップロードした。「入管収容の残酷さを多くの日本人に知ってもらいたい」というウィシュマさんの遺族らの希望で、この日の傍聴では伏せられていた部分も含まれている。

 ただし、「悪質な誹謗中傷やウィシュマさんの尊厳を傷付けることにならないよう、第三者による無断利用や切り取りは厳禁」だと求められた。この点は私の上げた映像データに関しても厳密に守っていただきたい。

【11/2追記と修正】その後、弁護団の方針がやや変わり、弁護団独自のYouTubeチャンネルを新たに作って公開されることになりました。以下、その動画から引用します。

国側も映像の個別の場面について原告側主張に反論

 一方、被告の国側はこの映像を基にした原告側の主張に反論する第6準備書面を今回の弁論に合わせて提出した。全体に当時の看護師や看守らが「収容施設内における医療に関する制約に加え、限られた人員や勤務体制等の制約がある中、可能な限りウィシュマ氏の要望に応じて、誠実に対応していた」との主張だ。

 では、具体的に個々の場面について双方がどんな主張をしているのか、対応する場面から始まるYouTubeのリンク(サムネイルはすべて一緒だが、再生位置はそれぞれ違う)を張った上で検討してみたい。

・2021年2月22日9:50〜10:02

 ウィシュマさんはこの時点で入管収容が7カ月目に入っていた。白いパーカーのフードを目深にかぶり、ベッドに横たわって毛布をかけられながら白衣の看護師とやり取りをしている。(足元でマッサージをしているのは入管施設内の同区画の被収容者だとみられる)

 看護師は明るい口調でウィシュマさんに、特に食欲について聞く。食べたいけれど食べられず、吐いてしまうと訴えるウィシュマさんに対し、看護師は「食べるといいんだけどなー。吐いてもいいからさ」「全部は出えへんから、ちょっとだけ、ね。胃に残るから」などと声を掛ける。原告側はこうした看護師の対応を「患者たるウィシュマさんの症状説明を全く真剣に受け止めることなく」行われた「素人目にも暴論の類」の声掛けで、もはや「医療提供拒否そのもの」だと指摘する。

 一方、国側は看護師がその後「ご飯食べれるといいな」「そっか。食べる意欲はあるか。よかった」などと「優しい口調で語り掛け、ウィシュマ氏が摂食及び水分補給に前向きになれるように促し」ているなどと擁護。さらに「少しヨーグルト味の何かさ、体に栄養の(ある)ものを出してもらう。先生に」と栄養剤の摂取の意思を確認し、実際にウィシュマさんがその後の医師の診療で栄養剤の服用を希望したことから、医療提供はされたと反論する。

・2021年2月23日19:17〜19:39

 ウィシュマさんは初めベッドに横たわりながら苦しみ、口元をぬぐうなどしながら「担当さーん」とインターホンで看守を呼ぶ。入室した看守に体を起こしてもらい、バケツを抱えながら激しく咳き込んで嘔吐する。それを見た看守は「すごい出たね。いまのはいっぱい出た」「これイチゴじゃない? イチゴと血だよ」などと言うが、慌てる様子はない。

 ウィシュマさんが吐ききって、体が後ろにガクンと倒れても、看守は「もう大丈夫?」と声を掛け、ウィシュマさんが「大丈夫じゃない」と訴えても特別な行動は取らない。その後も「死ぬ」というウィシュマさんに「大丈夫、死なないよ」と看守が返すような会話が続く。原告側は一連の対応を「虐待の域に達している」との表現で批判する。

 これに対し、国側は看守がウィシュマさんのバイタルチェックなどを行い異常がないかを確認し、「死ぬ」という訴えには「死なないで」「死んでほしくないからさ」などとも言っており、「ウィシュマ氏の体調等を踏まえ、その心情に寄り添った声掛けをしている」と反論。「虐待の域」という主張は「ビデオ映像の内容を恣意的に評価したもの」だと非難する。

・2021年2月26日5:14〜5:36

 朝方、ウィシュマさんはベッドから体勢を崩して、床に落ちてしまう。そして「担当さーん」と悲鳴のような声を上げ、インターホンで「転んだ」と訴える。

 看守は「うん、分かった」と答えるが、なかなか入室しない。ウィシュマさんは足が動かせない様子で、上半身と腕をずらしながら「起きれない。サポートないから」「床寒い」などと訴える。しかし、看守は「今すぐは行けないから自分で引っ張って頑張って」などと応じる。

 結局、看守2人が入室したのは最初の応答から約11分後。看守は入室後もウィシュマさんをベッドに持ち上げることができず、いったん退室したという。原告側は最終的に「2時間以上も体調不良者を床に放置していた」と批判する。

 この対応について国側は、当時の入管では衛生上の観点から看守が医療用ガウンを着る必要があったことや、人数の限られた早朝の時間帯であったことから対応には「それなりの時間を要する」と強調。原告側の主張は「これらの事情を考慮しない一方的な評価」だと逆に批判する。

 また、ベッドからの転落時の状況から、ウィシュマさんは「自ら動くことが不自由な状態ではあったものの、下半身を動かせないという状態ではなかった」と、行動を疑うような指摘もしている。

・2021年3月2日7:57〜8:07

 ウィシュマさんは自力で上半身を起こせず、看守に体を起こしてもらいながら食事をとろうとする。ベッドの手すりをつかんでも力が入らない様子で、ベッド脇のOS-1(経口補水液)のボトルを取ろうとするときも手がふらふらしてうまく取れない。

 このとき口にしたと確認できるのは砂糖とOS-1を混ぜたかゆをスプーン2口。その後、血圧を測った看守に「OKじゃん。血圧100もあるよ。大丈夫じゃん」と言われたウィシュマさんは「でも…」などと返すが、多くは語れない。

 原告側はこうした状況から「ウィシュマさんの衰弱が進んでいることは明らかなところ、適切な医療措置は何らなされていない」と主張する。

 これに対する国側の反論は以下だ。

 「ウィシュマ氏は、看守勤務者らとのやりとりや一定程度の摂食をすることができていたのであって、原告らが主張するように、この時点において、ウィシュマ氏の衰弱が進んでいたことが明らかであったとまでは認められない」

 また、このときの食事が「かゆ2口」だけだったとは映像だけで判断できないとも主張。当日の看守勤務日誌に、朝食が「かゆ3分の2程度を自費購入したカフェラテとともに摂食」したとあることを引用して反論する。

残りは次回7月12日の弁論で上映予定

 以上、他にも細かい双方の主張がある中で主要な場面についてのみ記したが、文章にするとどうしても私の主観も入ってしまうので、ぜひ前後の様子を合わせて実際の映像を見ていただきたい。その上で、どちらの主張が妥当なのかを確かめてもらう方がいいだろう。特に医療や介護に携わっている方は、まったく見方が違うかもしれない。

 次回7月12日の弁論では、残りの約2時間分が上映される予定だ。2021年3月6日、ウィシュマさんが亡くなる直前までの映像が明らかにされる。

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。2022年まで環境専門紙の編集長を10年間務めた。現在は一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」代表理事、サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」編集委員、NPO法人「震災リゲイン」理事など。

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