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愛知県のもう一つの“水問題” 完成遠ざかる「設楽ダム」の今

関口威人ジャーナリスト
設楽ダムの現場で工事について説明する担当者ら(2022年5月27日、筆者撮影)

 豊田市の明治用水頭首工での漏水が大問題となっている愛知県で、もう一つの“水問題”が住民を悩ませている。県北東部の設楽町(したらちょう)で進む設楽ダムの建設計画だ。

 筆者は1年ほど前にもこの地域を取材し、下流の「霞堤(かすみてい)」との関係からダムの位置付けを検証して記事にした。

・激甚災害時代の川と人の関係−−愛知・豊川の「霞堤」から考える

 その時点でのダム完成時期は2026年度だったが、今月17日に開かれた国交省の専門家会合(中部地方整備局ダム事業費等監理委員会及び部会)で、工期を8年延長して2034年度とする方針が示されたのだ。総事業費も約2400億円の計画が約3200億円に膨らむという。

 いったいどういうことなのか。ちょうどこの方針が示される前から決まっていた現地の見学会が27日に開かれることを知り、地元の人たちに同行しながら事情を探った。

設楽ダム計画地の山の木を買い取って建設中止の意思表明をする立木トラストの現場(2022年5月27日、筆者撮影)
設楽ダム計画地の山の木を買い取って建設中止の意思表明をする立木トラストの現場(2022年5月27日、筆者撮影)

「建設中止」求める住民は今も活動

 見学会は、地元住民を中心とした「設楽ダムの建設中止を求める会」が主催した。名前の通り、ダム建設には反対の立場の会だ。

 1973(昭和48)年に国(旧建設省)と愛知県がダム計画を示して以来、町民は賛成・反対の立場で二分された。町長選挙を含めた激しい対立の末、2009(平成21)年には町が建設同意の協定を国と締結。民主党政権下で一時事業は凍結されたが、事業は再び動き出し、ダム湖に沈む124戸の移転も既に終わった。本体工事は2年前に着工されている。

 ただし、一部の住民は「中止」の看板を降ろさず、幾度もの住民訴訟を起こして戦ってきた。この日は地元をはじめ名古屋や豊橋、岐阜県からも参加者20人ほどが集まり、午後からまず「立木トラスト」の現場を見学した。ダム予定地内の4つの山の木を3000人以上が購入し、木の札をかけることで計画反対の意思を示している。

購入者の木の札がかけられた立木(2022年5月27日、筆者撮影)
購入者の木の札がかけられた立木(2022年5月27日、筆者撮影)

 かつての「村」はなくなり、住民はそれぞれの移転先で新しい生活を営んでいる。町には2014年にできた役場新庁舎をはじめ、新しい施設や道路があちこちに整備され、工事用車両も頻繁に行き交っている。

ダム予定地と町中心部を結ぶ道路の一部(2022年5月27日、筆者撮影)
ダム予定地と町中心部を結ぶ道路の一部(2022年5月27日、筆者撮影)

 今回の参加者一行は、町役場で国交省中部地方整備局設楽ダム工事事務所の担当者と合流。マイクロバスなどで、かつて森林鉄道の駅舎があった場所まで行き、そこから歩いてダム建設現場の仮設工事道路を上った。

設楽ダム建設現場の工事用道路を歩いて上る参加者たち(2022年5月27日、筆者撮影)
設楽ダム建設現場の工事用道路を歩いて上る参加者たち(2022年5月27日、筆者撮影)

現場は工事用道路などが整備中

 工事用道路を途中まで上ると、現場が一望できた。下を流れるのが「豊川(とよがわ)」で、写真は下流に向かって撮影している。ダムの本体(ダムサイト)は、右側奥の山の間を逆三角に仕切るように建設される。そこで川が堰き止められるので、完成後は手前側が水で満たされてダム湖になる。

設楽ダムの工事現場を一望する。下には豊川が奥に向かって流れる。右奥の山にダム本体ができる(2022年5月27日、筆者撮影)
設楽ダムの工事現場を一望する。下には豊川が奥に向かって流れる。右奥の山にダム本体ができる(2022年5月27日、筆者撮影)

逆三角のダム本体が、谷間を仕切るように建設される。運用開始後は手前に水が貯まってダム湖になる(2022年5月27日、筆者撮影)
逆三角のダム本体が、谷間を仕切るように建設される。運用開始後は手前に水が貯まってダム湖になる(2022年5月27日、筆者撮影)

 今回、このダムサイトの周辺でボーリング調査を100カ所以上した結果、地質が正確に分かり、基礎地盤の掘削量やコンクリートの打設量などが見直されたという。

 当初の想定より地盤を深く掘削し、コンクリートも多く打設する必要が出てきた。現場担当者は「技術の進化で、より安全・安心な計画が立てられるようになった」と強調した。

 ただ、専門家会合の資料によれば、この掘削量と打設量の変更はコスト増(約30億円増)にはなるが、工期は打設方法の見直しなどによってプラマイゼロで変わらない。

 工期が8年も延びるのは、工事用道路に沿った斜面の地すべり対策と、「働き方改革」による労働条件の見直しが主な要因だ。

ダム本体手前に計画されている「付替道路」についても説明する担当者(2022年5月27日、筆者撮影)
ダム本体手前に計画されている「付替道路」についても説明する担当者(2022年5月27日、筆者撮影)

付替道路の橋脚の工事が進んでいた(2022年5月27日、筆者撮影)
付替道路の橋脚の工事が進んでいた(2022年5月27日、筆者撮影)

「働き方改革?」わき出る疑問

 これについても担当者が現場で説明をしたが、参加者からは「働き方改革といっても今に始まったことではないのでは」「技術が進歩したというのになぜ8年も工期が延びるのか」といった疑問がいくつも出た。

 これは賛成、反対の立場に関わらず、納得してもらうためにはかなり丁寧な説明が必要だと感じた。

設楽ダム完成時の設楽町のイメージ。矢印は今回の写真撮影の方向(設楽ダム工事事務所の画像に文字など追加)
設楽ダム完成時の設楽町のイメージ。矢印は今回の写真撮影の方向(設楽ダム工事事務所の画像に文字など追加)

 前回の記事でも検証したが、設楽ダムが完成しても豊川全体の治水は万全ではない。それでもダム完成を前提に下流の防災計画が決められている。

 利水も同様で、設楽ダムによって新たな農業用水や水道用水の供給が期待されている。これらが8年遅れた場合の影響はどうなるのか。明治用水の事態が示すように、影響は広範に及ぶはずだ。

 地域に「速やかに丁寧な説明をおこなっていく」とする国側の出方がさっそく問われるだろう。

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。2022年まで環境専門紙の編集長を10年間務めた。現在は一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」代表理事、サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」編集委員、NPO法人「震災リゲイン」理事など。

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