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愛知知事リコール署名偽造裁判、元広告会社社長に下された有罪判決を読み解く

関口威人ジャーナリスト
リコール署名偽造事件で元広告会社社長の判決が出た名古屋地裁(筆者撮影)

 愛知県の大村秀章知事に対する解職請求(リコール)運動をめぐり、署名を偽造したとして地方自治法違反の罪で起訴された3人のうち、名古屋市の広告関連会社元社長、山口彬被告(39)の判決公判が1月12日、名古屋地裁であった。山田耕司裁判長は懲役1年4カ月、執行猶予4年の判決を言い渡した。検察側は懲役1年4カ月を求刑しており、大幅な情状酌量を求めていた被告側には厳しい判決内容となった。残る2人の審理が続く中で、その意味を読み解きたい。

「存在しない民意を無断で作出」した罪の重さ

 判決によれば、山口被告は2020年10月、リコール運動団体の事務局長だった田中孝博被告=同罪で公判中=や次男の雅人被告=同=らと共謀し、佐賀市内でアルバイトに計71人分の署名を偽造させた。リコールは本来、住民の直接の意思表示が反映されるべきもので、今回の事件は「存在しない民意を無断で作出する」ことで自治体の長の地位を失わせようとした「直接民主主義や地方自治の根幹をないがしろにする悪質な犯罪」だと指摘した。

 判決はその上で、山口被告が孝博被告から相談を受けて犯行に誘われると、著名人との人脈を作り、今後のビジネスチャンスにつなげることを期待して犯行に加担。孝博被告の依頼を引き受けてから短期間で具体的な計画を立て、関連会社の従業員に自ら指示をして会場やアルバイトを確保するなど、各犯行において「不可欠かつ重要な役割を果たしている」とした。

 山口被告側は公判で、自身は田中被告に「巧みに利用された」立場だと主張し、起訴されていない他の関係者らと比べて不当に重い量刑が科されないよう「罰金刑」を求めていた。

 しかし判決は、事件を主導したのが孝博被告であることを踏まえても、悪質性や計画的で大胆かつ組織的な犯行に対する山口被告の「寄与の大きさ」があり、罰金刑には相当しないと指摘。一方で、自首や捜査への協力はしている点などを「相当程度、有利に考慮」して執行猶予が付くとした。裁判長は判決言い渡しの後、被告席に立つ山口被告に「猶予期間中に社会の中で更生を」などと話し掛けた。

孝博被告の“欠席裁判”状態という異例の展開

 山口被告は閉廷後、筆者の取材に応じて「取り返しがつかないことをやってしまったのは間違いなく、今回の判決は真摯に受け止める。ただ、判決理由とその結論としての量刑の重さには納得できない部分もあり、弁護士とよく協議したい」とコメント。2週間後の控訴期限までに判断する考えを示した。

【追記】山口被告は判決を不服とし、1月21日付で控訴した。「量刑が重く感じられ、他の2被告の公判も続いている中で控訴せざるを得ない」と判断したという。

 愛知の署名偽造をめぐる一連の刑事裁判では今回が初めての判決となり、一つの区切りが付いたとはいえる。今月26日には雅人被告の論告求刑公判が予定され、3月には判決が出る見込み。だが、孝博被告は第2回の公判期日すらまだ決まっていない。

 孝博被告の審理がまったく進まない中、他の2人の公判では検察側・弁護側双方が孝博被告を「主犯」と断定。いわば“欠席裁判”のような異例の展開に入った。

 真相解明という意味では、当の孝博被告が法廷で自ら口を開かなければ始まらない。また、佐賀県以外での偽造作業が組織的に行われていた疑いもあり、佐賀での犯行に限った今回の裁判だけで全体像は見えてこない可能性が高い。

 ただ、「民主主義の根幹」を揺るがしたと繰り返される今回の事件に対して、少なくとも起訴された3人については、どのような関わり方であっても違法性を強く認める――。それが今回の山口被告の判決で、裁判所が込めたメッセージかもしれないと受け止められた。

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。2022年まで環境専門紙の編集長を10年間務めた。現在は一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」代表理事、サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」編集委員、NPO法人「震災リゲイン」理事など。

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