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「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」をみんなで読もう!

竹村俊彦九州大学応用力学研究所 主幹教授
経済産業省「カーボンニュートラルの広がり」

先日、「日本の気候変動2020」をみんなで読もう!という記事を執筆しました。「日本の気候変動2020」は、日本の気候変動の現状と将来予測について、科学的知見に基づきまとめられた公式な資料ですので、少なくとも「概要版」には目を通してもらえればと思います。

今回は、「みんなで読もう!」シリーズの第2弾です。

政府から、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」が発表されました。現在進行中の気候変動については、30年以上前から、気候変動の科学者による着実な研究に基づき継続して示されてきました。遅ればせながら、ようやく日本も、科学的知見に基づいて気候変動対策を本格化させることになったと受け止めてよいと思います。今回の発表には、今後30年間の日本の社会を大きく左右する極めて重要な内容が含まれています。私は、産業分野や社会システムの専門家ではありませんが、気候変動科学の専門家として、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を大局的に考察します。

二酸化炭素の現状

なぜカーボンニュートラルを目指さないとならないのかを考える前に、現在の気候変動の主要原因である二酸化炭素について、現状を簡単に示しておきます。まず、大気中の二酸化炭素濃度ですが、下の図に示すとおり、加速度的な増加が現在進行中です。植物の光合成による数ppmの1年周期の変動を繰り返しながら、濃度増加が止まる気配はありません。人類が化石燃料を使用する前の濃度は約280ppmでしたが、2019年時点で約410ppmを超えているので、濃度はおよそ1.5倍になってしまいました。大気中の二酸化炭素は化学的に比較的安定な物質なので、大気中に放出されてしまうと、数十年間にわたり存在しつづけます。したがって、急激に排出量を減らしたとしても、その効果がはっきり現れるのはしばらく先です。つまり、できるだけ前倒しで対策を進める必要があるということです。

ハワイ・マウナロアで継続測定されている二酸化炭素濃度の変化。横軸は年。(https://scrippsco2.ucsd.edu)
ハワイ・マウナロアで継続測定されている二酸化炭素濃度の変化。横軸は年。(https://scrippsco2.ucsd.edu)

また、日本人としては、強く認識しなければならないことがあります。下の図は、1人あたりの二酸化炭素排出量を示していますが、日本はここ30年間で改善傾向が見られません。日本では、依然として1人1人がエネルギーを使い過ぎる社会システム・生活スタイルなのです。日本は環境先進国であるという漠然とした認識をお持ちの方が多いのではないかと思いますが、気候変動対策に関してはその逆です。

1人あたりの温室効果ガス排出量(二酸化炭素換算トン/人)。横軸は年。(Emissions Gap Report 2020)
1人あたりの温室効果ガス排出量(二酸化炭素換算トン/人)。横軸は年。(Emissions Gap Report 2020)

「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」からの考察

できれば実際に資料を読みましょう

「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」の公表後、各メディアからニュースとして報道されていますが、ニュースだけでは情報が明らかに不足しています。「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」の元の資料を読むことをお勧めします。14分野に分けて、各分野の戦略的目標が定量的指標とともに描かれています。これまでは、例えば、石炭火力に関する方針転換など、散発的な動きはあったものの、関連分野を網羅的に1つの資料に取りまとめた気候変動対策目標は見たことがありません。もちろん、各分野・各項目の青写真はあったはずですが、これだけの多岐にわたる内容を、短期間でまとめた関係省庁の担当者は、ただただすごいと思います。この資料からは、どのような研究開発や社会実装が必要とされているかを読み取ることができるので、大学教員の視点ですが、理系の中学生・高校生・大学生が将来の職業を選択する際の材料にもなるのではないかという感想を持ちました。

環境問題への意識の持ち方

環境問題を解決するには、不便を受け入れて我慢が必要、というイメージを持っている方々が多いと思います。しかし、コロナ禍に伴う大気環境の変化に関する記事にも書きましたが、「我慢」は問題解決にはならないことがはっきりしました。カーボンニュートラルに必要とされる技術の社会実装のためには、各分野とも今後の研究開発が進まなければならないことが多いですが、それはビジネスチャンスでもあるはずです。「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」の冒頭には、以下のように力強い言葉が述べられています。

 2020年10月、日本は、「2050年カーボンニュートラル」を宣言した。温暖化への対応を、経済成長の制約やコストとする時代は終わり、国際的にも、成長の機会と捉える時代に突入したのである。従来の発想を転換し、積極的に対策を行うことが、産業構造や社会経済の変革をもたらし、次なる大きな成長に繋がっていく。こうした「経済と環境好循環」を作っていく産業政策が、グリーン成長戦略である。

 「発想の転換」、「変革」といった言葉を並べるのは簡単だが、カーボンニュートラルを実行するのは、並大抵の努力ではできない。産業界には、これまでのビジネスモデルや戦略を根本的に変えていく必要がある企業が数多く存在する。他方、新しい時代をリードしていくチャンスでもある。大胆な投資をし、イノベーションを起こすといった民間企業の前向きな挑戦を、全力で応援するのが、政府の役割である。

普段の生活で意識すること

それでは、私たちの普段の生活では、どのような対応をすればよいのでしょうか。以前からよく尋ねられてきたことです。例えば、使用する電力量を節約するという行動は継続すべきだと思いますが、住宅・自動車・家電など、一旦購入すると長期間使用するものを購入するときに、気候変動を意識することが効果的なのではないかと考えています。例えば、住宅新築時にはLCCM住宅やZEH住宅を選択、自動車購入時にはガソリン車以外を選択、家電購入時にはエネルギー効率が優れているものを選択、といったことです。これらの選択は、現状では購入価格が高くなる傾向がありますが、普及が進めば価格は下がるでしょう。また、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を受けて、発電部門の脱炭素化が進むはずですので、長期間にわたって使用するものは、先を見通した購入行動を取るのがよいと思います。できるだけ安いものを選択するのではなく、できるだけ二酸化炭素排出量が少なく、エネルギー効率のよいものを選択するという、意識の変容です。

コロナ禍とカーボンニュートラル

コロナ禍対策に集中すべき時期であるのに、なぜカーボンニュートラルを今持ち出すのかという意見も散見されますが、コロナ禍を通して行動様式・生活様式を見直す機会になっているからこそ効果的なのではないでしょうか。コロナ禍から脱却は、元のシステムに戻すのではなく、カーボンニュートラルを目指すシステムを導入する機会にしやすいのではないかと思います。この考え方は、「グリーンリカバリー」として、国際的な潮流になっています。カーボンニュートラルを目指すことは、化石燃料消費を減らすことになるので、国際的には依然として深刻な環境問題である大気汚染も解決していく方向でもあります。

おわりに

「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」には、気候変動に関する観測技術やシミュレーションモデル技術の高度化を目指すことについても記載されています。これらの研究開発の成果は、カーボンニュートラルを目指す動機となる科学的知見をもたらしてきました。気候変動科学の一研究者として、今後も技術の高度化のために研究を進めて、気候変動対策の効果を最新の科学的知見に基づいて評価ができるように取り組んでいきます。

九州大学応用力学研究所 主幹教授

1974年生まれ。2001年に東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。九州大学応用力学研究所助手・准教授を経て、2014年から同研究所教授。専門は大気中の微粒子(エアロゾル)により引き起こされる気候変動・大気汚染を計算する気候モデルの開発。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書主執筆者。自ら開発したシステムSPRINTARSによりPM2.5・黄砂予測を運用。世界で影響力のある科学者を選出するHighly Cited Researcher(高被引用論文著者)に7年連続選出。2018年度日本学士院学術奨励賞など受賞多数。気象予報士。

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