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中国の大気汚染「劇的な改善」がもう終了 早くも例年レベルに戻る

竹村俊彦九州大学応用力学研究所 主幹教授

新型コロナウイルスの世界的蔓延による社会経済活動の制限により、自動車・船舶・航空機などの交通利用が大幅に減少したり、工場の稼働が制限されたりする状況が世界的に起こったため、大気汚染物質や温室効果ガスの排出が減少したことがわかっています。このことから考えられることを「新型コロナウイルスと大気汚染と気候変動」という記事にて解説しました。しかし、今回の世界的な行動制限による温室効果ガスの排出量削減は、想像したよりも少なく、新型コロナウイルス蔓延の影響によるCO2削減は最大7%だけであることもわかってきました。この記事は、それらの続編です。

中国の大気汚染はすでにリバウンド

アメリカ航空宇宙局(NASA)と欧州宇宙機関(ESA)の人工衛星に搭載されている測器を用いた観測によると、中国での大気中の二酸化窒素(NO2)の濃度は、5月下旬の段階で、すでに例年のレベルに戻ったということです。

Nitrogen Dioxide Levels Rebound in China(原文)

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上の図は、左側が中国で大幅な行動制限が課せられていた2月、右側が4月後半〜5月前半の中国での二酸化窒素濃度の分布を示しています。北京(Beijing)などの華北地方では、行動制限中でも濃度はそれなりの高さを示しています。これは、2月はまだ寒く、住居での暖房のために、電力や石炭の消費量がそれほど下がらなかったためと考えられます。一方、上海(Shanghai)・重慶(Chongqing)・成都(Chengdu)・香港(Hong Kong)、それから新型コロナウイルスが最初に蔓延した武漢(Wuhan)といった、中国中南部の都市では、行動制限が解除されるとともに、濃度が高くなってしまったことがよくわかります。

上記の原文サイトに掲載されている情報によると、例年中国では、旧正月休暇期間中に二酸化窒素濃度は大幅に低下し、休暇明け2週間後ぐらいで元の濃度に戻るとのことです。一方、今年の状況は、言い換えれば、その元の濃度に戻る期間が延びただけ、ということになります。

「我慢」は問題解決にはならない

以前の記事で私からも指摘しましたが、新型コロナウイルス蔓延に伴う大気環境の改善は、あくまでも一時的です。そのことが実際の観測データからも示されたということです。地球温暖化と大気汚染を本質的に解決するためには、行動制限のような「我慢」ではなく、再生可能エネルギーの促進などによって、石油・石炭・天然ガスといった化石燃料の使用をできるだけ早く大幅に減らすことです。

特に日本人は、地球温暖化の対策のためには、何か「我慢」をしなければならないのではないか、という印象を持ちがちです。今回のように、行動制限という「我慢」は、地球温暖化と大気汚染の解決にはならないことがはっきりしました。化石燃料を使わない社会というのは、今よりも快適な社会をもたらす可能性があり、新しい技術の普及によるビジネスチャンスでもあるはずです。将来への「希望」を持って環境を考えていきましょう。

九州大学応用力学研究所 主幹教授

1974年生まれ。2001年に東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。九州大学応用力学研究所助手・准教授を経て、2014年から同研究所教授。専門は大気中の微粒子(エアロゾル)により引き起こされる気候変動・大気汚染を計算する気候モデルの開発。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書主執筆者。自ら開発したシステムSPRINTARSによりPM2.5・黄砂予測を運用。世界で影響力のある科学者を選出するHighly Cited Researcher(高被引用論文著者)に7年連続選出。2018年度日本学士院学術奨励賞など受賞多数。気象予報士。

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