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2021年は「新たなライブエンタメ」元年へ 疲弊する業界で進む「明るい変革」とは

武井保之ライター, 編集者
(写真:アフロ)

 コロナの影響で深刻なダメージを受けているライブエンタテイメント業界。2月末から公演の延期、中止を余儀なくされ、6月以降規制の段階的な緩和は進んできたものの、先の見通せない危機的な状況がいまなお続いている。サザンオールスターズの桑田佳祐は、6年ぶりの大みそか年越し無観客ライブ配信の実施に際して「ライブは永遠に不滅です!!」とコメントしているが、それはすべての音楽関係者の今年の思いを代弁しているだろう。一方で、今年のシーンを振り返ると、すべてが悪い方向に向かっているわけではない。業界の未来につながる2つの明るい動きもある。

■好調な成長に急ブレーキ 市場規模は過去最高だった昨年の約8割減

 ぴあ総研によると、2020年2月〜2021年1月の間で、中止や延期等により売上がゼロもしくは減少した音楽やステージ、スポーツイベント数は43万2000本、入場できなくなった観客総数(延べ)2億2900万人(5月29日時点の試算)。2020年のライブエンタテイメント市場規模は前年比79.3%減の1306億円と発表した(10月25日時点)。フェス文化の浸透やアリーナクラスの大型イベントの隆盛で、この10年余り右肩上がりで市場規模を拡大させ、昨年は過去最高の6295億円(前年比7.4%増)となっていたライブシーンだが、コロナの影響が好調な成長に急ブレーキをかける形となった。

ぴあ総研「2020年のライブ・エンタテインメント市場規模の試算値」より
ぴあ総研「2020年のライブ・エンタテインメント市場規模の試算値」より

 そのなかでも、とくに大きなダメージを受けているジャンルが音楽だ。4万人規模以上の大規模公演数増が市場を牽引した2019年の4237億円(前年比9.4%増)から、今年は前年比83.1%減の714億円へ。深刻な打撃が見込まれている。

 今年の音楽シーンの動向を振り返ってみると、2月26日の「コンサートなど大規模スポーツ・文化イベントの自粛要請」から、5月25日の「緊急事態宣言」の解除までライブが開催できない壊滅的な状況となった。その後、イベント開催制限の段階的緩和にもとづき、感染対策を徹底したうえで6月以降は徐々に公演が再開されるが、コロナ不安による観客の心理的要因が足かせとなり、平時であれば即完していたアーティストの公演でもなかなか完売しない。

 また、収容人員が50%では採算が取れず、ライブ開催自体を見送る主催者側の判断もあり、市場は厳しい状況を強いられている。市場規模への影響の大きいホールやアリーナ、ドームといった大規模公演が規制によりいまだ平時のように開催できないことも、音楽界により深刻な事態を招いているのだ。

 一方、音楽以外のステージは、2019年の2058億円(前年比3.6%増)から、今年は前年比71.2%減の592億円へ。市場に占める割合の高い宝塚や劇団四季の大型公演が、コロナによる中断はあったものの11月からは客席100%収容に戻すなど公演再開から徐々に動員数を増やしており、市場規模の回復に貢献している。

 ただし、やはり観客のマインドの問題が大きく、小劇場などの演劇分野を含めて客足の戻りが鈍いほか、アリーナ会場での大規模イベントはいまだ開催できていない状況が続いている。

■少しずつ開催される大規模イベントが盛況、明るい兆しも

ぴあ総研「2020年のライブ・エンタテインメント市場規模の試算値」より(6月30日時点の試算値を更新したもの)
ぴあ総研「2020年のライブ・エンタテインメント市場規模の試算値」より(6月30日時点の試算値を更新したもの)

 緊急事態宣言の解除後には、コロナ自粛生活におけるエンタテインメント渇望感から多くの人がライブへ足を運ぶという希望的期待もあったが、現状では実際に動いているのはコアファン層に留まっている。また、音楽においては、アーティスト側も世の中の情勢にナーバスになっている面があり、主催者側のビジネス的な観点とは別にアーティストそれぞれの立場で自粛せざるを得ない状況になっている側面もある。

 そんな、なかなか底から抜け出せない苦境に追い込まれている音楽ライブシーンだが、明るい兆しもある。THE YELLOW MONKEYは、11月3日の東京ドーム公演を上限の1万9000人の観客を迎えて大成功させた。また、大阪の万博記念公園で10月10日、11日に開催された音楽フェス「OSAKA GENKi PARK」には約4万人が訪れるなど、大規模な音楽イベントが安全に楽しめることが示された。いまはこうした事例を地道に積み上げて、ライブハウスでのクラスターなどにより必ずしもポジティブに捉えられていないライブイベントのイメージを回復していくことに注力すべきだろう。

■ライブ配信が新たなビジネスモデルへ

 いま再びコロナ感染拡大の真っ只中にあるなか、ライブエンタテイメントの来年の見通しを立てるのは難しい。この苦境はいましばらく続くことが予測されるが、今年の8割減は、最悪の状況が続くなかでよく持ちこたえているといった見方が強い。

 一方、業界が苦境にあえぐなかで、2つのポジティブな動きも見られる。そのひとつは、ライブ配信が新たなビジネスモデルとして確立されつつあること。コロナ禍でリアルの開催が制限されるなか、人気アーティストたちが続々と有料ライブ配信を実施。コロナ以前からリアルと配信を合わせたライブやイベントは行われていたが、メジャーシーンで活躍する大物アーティストが続々と配信のための無観客ライブを実施し、有料配信チケットを購入する視聴形態がファンの間で一気に広まり、定着してきているのが今回の特徴だ。

 そんな有料ライブ配信定着の潮目となったのが、サザンオールスターズが6月25日に横浜アリーナで開催した無観客ライブだ。ライブ従事者支援の目的もあり、400人のスタッフを擁して通常ライブと同様に開催された本公演は、チケット購入者は18万人超え。続いて、星野源が7月12日に配信した渋谷クラブクアトロのチケット購入者は約10万人と、その盛況ぶりが関係者の間でも大きな話題になった。

ビリー・アイリッシュが自身初のグローバルオンラインライブ『WHERE DO WE GO? THE LIVESTREAM』を現地時間10月24日に米ロサンゼルスから配信
ビリー・アイリッシュが自身初のグローバルオンラインライブ『WHERE DO WE GO? THE LIVESTREAM』を現地時間10月24日に米ロサンゼルスから配信

 その後も、乃木坂46の白石麻衣卒業コンサートや欅坂46のラストライブ、嵐の国立競技場からの無観客配信ライブ、B’zの5週連続無観客配信ライブなど話題性の高い公演が続々と配信。海外アーティストでは、BTSの10月10日に全世界配信されたライブは99万人に視聴され、ビリー・アイリッシュの10月24日の配信ライブは360度の巨大LEDスクリーンとXR技術を駆使した映像演出が世界を驚かせた。

 ライブ配信には、感染リスクを下げてパフォーマンスができる、キャパおよび立地の制限がない、配信ならではの映像演出やステージ構成が可能、観客のSNSを活用した仲間同士のコミュニケーション視聴、世界中の観客が視聴可能、「投げ銭」による収益増、チケットがリアルより安価といったメリットがある。コロナ禍の緊急対策としてアーティスト側は舵を切り、その仕様は試行錯誤中ではあるが、ファンのニーズとも合致する新たなコンテンツとして確立されようとしている。

 ただし、これが平時のリアルライブに取って代わるものかと言えば、そうはならないだろう。ジャンルによる向き不向きがあるうえ、生の演奏による圧倒的に豊かな音楽体験、その場をアーティストとファンが共有する一体感、それによる興奮や感動は何事にも代え難い。また、アーティストが成長していくためにもリアルライブは絶対的に必要なものだ。

 一方、ライブ配信には、利便性のほかにも音楽と映像が融合する高度な演出などそこでしか味わえない楽しみがあり、オンラインならではの見せ方をどう確立していくかはこれからの課題になるが、ニーズはすでに生まれている。両者それぞれのよさがあり、平時に戻ってからは共存という関係性になっていくことだろう。

 ライブ配信は、新たなフォーマットとして、ファンの音楽体験をより充実させるコンテンツになっていくのと同時にアーティストや音楽界にとっての新たな収益源にもなる。来年以降のコロナと共存する音楽シーンにおいて、ライブ配信はより活性化していき、そこに新たな市場が生まれることが期待される。

■コロナがライブ産業にもたらした変革

 そして、もうひとつのポジティブな動向が業界の変革。これまで堅調に伸びてきたライブエンタテインメントだが、コロナを機に、過酷になりがちであった制作現場の勤務時間や作業負荷の軽減、業務内容の効率化といった運営面での見直し、改善が進んでいる。さらに、チケット販売形態や席によって料金が変動するといった券種の多様化など、観客視点の利便性の向上への仕様の見直しといった変化が加速している。

 また、ライブ産業に従事する事業者、スタッフを支援する「Music Cross Aid」基金を音楽業界が立ち上げたことから、省庁や行政機関のほか異業種企業との接点が生まれ、横のつながりが広がっている。こうした音楽産業以外とのネットワーク構築によるさまざまな連携の促進は、この先のライブ産業の発展に寄与していくことだろう。このようにライブ産業のあり方そのものが良い方向に変わっている一面もあるのだ。

 業界がうまくいっているときにそれを変えていくのはなかなか難しい。近年の音楽業界においては、CD市場がシュリンクを続けるなかでも、世界で主流になっていた定額聴き放題のサブスク配信サービスへの移行は、とくにメジャーシーンでは足が重かった。ライブ配信においても、世界市場へ打って出ることを前提にしているK-POPと比較して、日本は技術的にもサービス仕様でも遅れをとっている。

 それが、コロナという大きな力が加わったことで、業界は生き残りをかけた変革を迫られ、平時では遅々として進まなかったような新たなビジネスモデルを構築する進化が一気に遂げられようとしている。いまは危機的状況の真っ只中にあるが、その時間をムダにしているわけではない。音楽界はその未来へ向けて、次に来る新たな時代への大きな一歩を踏み出そうとしている。

 過去最高を記録した昨年の市場規模へ、来年1年間で戻ることはまずないだろう。しかし、業界内ではすでにツアー再開に向けた動きも徐々に増えてきている。2021年は、コロナと共存する、配信も含めた新たなライブエンタテイメント元年となることだろう。2022年の完全復興へ向けて、市場が確実に上を向いていくことは間違いない。

ライター, 編集者

音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスの編集者、ライターとして活動中。映画、テレビ、音楽、お笑い、エンタメビジネスを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを取材、分析、執筆する。takeiy@ymail.ne.jp

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