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「自分たちを肯定できる強いチーム、強い選手に」吉田知那美がアイスの上で繰り返すReBORN

竹田聡一郎スポーツライター
グランドスラムにて。「この舞台に毎年、立てるように」と本人(著者撮影)

「もちろん、オリンピックというのは大切な思い出で、大きな目標ですが……」

 ちょうど1年前のことだ。吉田知那美はそこまで話して言葉に詰まった。泣いているようにも笑っているようにも見えた。当時、「来年は同じメンバーで、できるかどうか」と不安を漏らした関係者もいた。

 平昌五輪の銅メダル獲得と、もぐもぐタイムや「そだねー」などで一世を風靡したカーリングとロコ・ソラーレは、その話題性と親しみやすさから一躍、人気者になった。

 ただ、並行して過熱や周囲の勇み足といった副作用も確かに存在した。公私問わずメディアに囲まれ「次の4年、2022年の北京五輪は?」といった質問を繰り返しされた。誰も答えなかった。答えられなかった。

 チームはそのまま、次のシーズンに対しての発表をせず例年より長めのオフを取る。吉田知は日本を離れ、米サンタモニカで語学を学ぶ一ヶ月を過ごした。

「あんまりカーリングのことは考えなかったかもしれない。いい時間でした」そう本人は振り返る。

 アイスに戻ったのは2018年7月26日、ちょうど彼女の誕生日だった。常呂のホールでチャリティイベントに出席した。

「しばらく氷の上はいいや。そう思っていたんです。でも久しぶりにアイスに乗って石を投げたら、すごく楽しかった。もう大丈夫です。今年も頑張ります」

 27歳を迎えた吉田知那美はそう笑顔を見せた。

常呂町で18年夏に開催された「クラリーノ アッヒーくんランドセル基金」イベントにて。カーリング体験の指導をして「みんな楽しんでくれたので、私も『カーリングって楽しいんだ』と確認できた」(著者撮影)
常呂町で18年夏に開催された「クラリーノ アッヒーくんランドセル基金」イベントにて。カーリング体験の指導をして「みんな楽しんでくれたので、私も『カーリングって楽しいんだ』と確認できた」(著者撮影)

 その吉田知の「改めて感じたカーリングは楽しいもの」、そんな気持ちに引っ張られるようにチームは再起動を果たしたが、順風満帆なリスタートとはいかなかった。

「難しいシーズンになることは分かっていました。今までは自分たちだけの問題だったものが、内側からコントロールできなくなっていたり。故意なのか不意なのかは分からないけれど外部から強い意見を受けたり。チームに対しての影響が外からも起きました。決してスムーズにシーズンに入ったわけじゃなかったんです」

 ネガティブなことに対して多くを語らないのはロコ・ソラーレというグループの美徳の一つで、彼女がそのディテールを明かすことはないが、例えば狂騒とも言えるカーリング人気、「次の五輪は金メダル」といった過度な期待もその類かもしれない。

「だから私たちは今季を迎える前、分かりやすい目標とスローガンを持ったんです」

 そう教えてくれたことがある。それは「The best is yet to come」(まだこんなもんじゃない)というモチベーションを促すものだったり、「世界一」というシンプルなものだったりした。自分たちのプレーに、アイス内の挙動に集中するための処方という意味合いもあったのかもしれない。

 同時に彼女たちには今季の裏テーマのようなものがあった。試合数を減らすことだ。

 目まぐるしかった五輪シーズンを省みて、出場する大会を絞ること。トレーニングのペースを落とすこと。その上でどこまで世界と渡り合えるか。それはシーズンを通してのチャレンジでもあった。

 新シーズンを迎えたチームには、平昌五輪でのメダル獲得などが評価されワールドツアーの最高峰タイトルであるグランドスラムからの招待状が定期的に届くようになった。そこでの優勝こそなかったが、クオリファイ(プレーオフ進出)を果たすなど、一定の戦果と自信を得た。

 また、11月のパシフィック・アジア選手権(韓国・江陵)では優勝は逃したが、日本代表として最低限の目標とされていた3月の世界選手権の出場枠を獲得する。12月に米オハマで開催されたW杯第3節では優勝し、5月に北京で行われるグランドファイナルに駒を進めた。

 どの大会も本場カナダの強豪や、各国のナショナルチームがひしめくハイレベルなものだったが、ロコ・ソラーレ(Team Fujisawa)は無難にシーズンを消化していく。今季、シーズンを通してワールドランキングでトップ10以内に入り続け、今季の42週間を完走した。これは日本カーリング史上、初めてのことで、トレーニング量を落としたことを考慮すれば、悪くない結果だ。

 大きな誤算があったとすれば2月に札幌で開催された日本選手権だ。海外遠征に重きを置いていたため、どうしても国内のアイスやライバルチームへの対策が後手になった感は否めない。

「大会終わった直後は、やっぱりまだまだ子供だから、目先の勝った負けたに振り回される部分はあります。でも、本当にトップでやっている選手は一つの結果にインパクトを受けない。それは今季、学んだことの一つです」

2月に札幌で開催された日本選手権。準決勝で中部電力に敗れた直後、そのままアイスの上でチームメイトと何かを確認し合っていたが、今季は同様のシーンが多かった(著者撮影)
2月に札幌で開催された日本選手権。準決勝で中部電力に敗れた直後、そのままアイスの上でチームメイトと何かを確認し合っていたが、今季は同様のシーンが多かった(著者撮影)

 吉田知はよく、「良きライバルでプライベートではすごく尊敬できる友人」と評する平昌五輪金メダル獲得のスウェーデン代表(Team Hasselborg)を例に挙げる。

「彼女たちはすごい強いんですけれど、それでもいつも勝てるわけじゃない。でもすごいのは、負けてしまった後の言葉の力というか発信する能力です。アンナ(スキップのAnna Hasselborg)はインスタグラムで相手チームを讃えて、ファンや運営スタッフに感謝して、自分たちのプレーをしっかり肯定する。それは彼女たちがどれだけ頑張ってきたか、どんなトレーニングをしてきたか、自分たちがいちばん、理解していて、自信を持てているからだと思うんです。スポーツの多くは勝敗や数字で評価され、時にはその結果で人格さえも否定されてしまうことがある。でも彼女は自分たちで肯定できる。それは絶対的な強さだと思います。ワンランク上で戦うためには彼女たちのような自分たちを肯定する力は必要だと思っています」

 ロコ・ソラーレは先日、北京で開催されたW杯のグランドファイナルを4位で終え今季を終えた。ツアーランキングの最終順位は9位だ。

北京でのW杯グランドスラムにて海外メディアに取材を受ける(著者撮影)
北京でのW杯グランドスラムにて海外メディアに取材を受ける(著者撮影)

「精神的な部分で選手一人一人がどんな選手になりたいのか、どんなチームになりたいのか。それを考えながら戦ったシーズンだった。カーリングのことだけではなく、人生のことも全員が全員、すごく考えたと思う。ミーティングも多かったし、ぶつかった壁も多かった」

 吉田知はそう今季を総括した。試合数を減らしたことに対して「戦わない怖さや焦りは正直、あった」と素直に認めた上で、来季は「もう少し試合は増やすと思います」と抱負を語る。「挑戦と我慢のバランスは引き続き意識していく」と気を引き締めた。あるいは、試合への欲を1年かけて高めたシーズン、そう言い換えることもできるかもしれない。

 シーズンイン直前、「しばらく氷の上はいいや」そう思っていた吉田知だが、彼女はかねてから「私はカーリングホールで育った」、「チームメイトや対戦相手に生かされている」、「アイスの中では勉強することばかり」そんな趣旨の発言を繰り返していたが、今季も結局、その例に漏れなかった。

 オフを挟んで久しぶりに戻ったアイスで楽しさを取り戻し、ライバルの振る舞いに学んだ。また彼女は、それを自覚している。

「カーリングやっているとずっとそうなんです。アイスで友達ができて、みんな助けてくれて、いろんな情報をくれて、一緒に遊んでくれる。ただ出るだけっていう大会はほとんどなくて、色々な場所で人との関わり、選手同士の関係を持てる。それはカーリングやってて良かったなと思う大きな部分ですね」

 五輪の狂騒を経て、また原点を取り戻した彼女は来季、大好きなアイスの上でどんなパフォーマンスと笑顔を見せてくれるだろう。自分を肯定できる強い選手へ、次なる挑戦は続く。

よしだ・ちなみ

1991年7月26日北見市常呂町出身。2014年のソチ五輪に北海道銀行フォルティウスのメンバーとして出場後、ロコ・ソラーレ加入。藤澤五月の参謀役としてチームを支えるなど、16年の世界選手権銀メダル、平昌五輪での銅メダル獲得にそれぞれ貢献した。インスタグラムのフォロワーは12万人を超えるカーリング界きってのインフルエンサーでもある。趣味は「カメラ、って言えるように勉強中です」。今オフにトライしたいことは「ゴルフのキャディさんの話を聞くこと」。

スポーツライター

1979年神奈川県出身。2004年にフリーランスのライターとなりサッカーを中心にスポーツ全般の取材と執筆を重ね、著書には『BBB ビーサン!! 15万円ぽっちワールドフットボール観戦旅』『日々是蹴球』(講談社)がある。 カーリングは2010年バンクーバー五輪に挑む「チーム青森」をきっかけに、歴代の日本代表チームを追い、取材歴も10年を超えた。

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