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東アジアにおける「感染拡大」 ゼロコロナ戦略の分岐点

高山義浩沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科
(写真:ロイター/アフロ)

ファクターX神話の崩壊

新型コロナウイルスの発生当初、東アジアにおける被害が少なかったことから「ファクターX」という仮説が流布されました。何らかの遺伝的な要因(HLA)、過去のコロナ流行による獲得免疫、BCG接種など・・・ 私たちは何かに守られているのではないか。

ただ、最近の韓国における連日30万人を超える流行をみると、私たちを守っていたのは、日ごろの感染対策だったと改めて思います。韓国では、すでに段階的に感染対策が解除されて「ウイズコロナ」へと舵を切っていますが、3月9日に投票が行われた大統領選挙の影響は大きかったようです。

韓国の流行から学び取るべきは、私たち東アジアにおいても欧米を凌駕する流行が起こりうるということ。やはり、人混みでのマスク着用や公共の場での手指衛生など、基本的な感染対策を流行期には守っていかなければなりません。そして、症状を認めるときは学校や仕事を休むこと。この基本が崩れると被害は大きくなっていきます。

ワクチン接種が進んだとしても、それだけでは守り切れないということも教えてくれています。韓国における2回接種完了率は86.7%、3回目追加接種率は63.1%となっています(South Korea: Coronavirus Pandemic Country Profile - Our World in Data)。4分の1がアストラゼネカということを差し引いても、私たち日本の接種率を大きく上回っています。

それでも、これだけの流行が生じるのですね。あくまでワクチンとは個人防衛のためであって、流行そのものを抑え込む効果を期待すべきではないということなのでしょう。

筆者作図
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香港における感染爆発

そして、香港において深刻な事態が生じています。

人口あたりの新規感染者数は韓国と同じ規模ですが、1月以降の死亡者は5,188人と極端に増えています。この数を日本の人口に当てはめると、およそ8万7千人に相当し、ほぼ日本の10倍です。これでは、あまりに致死率が高く、実際には、さらに多くの感染者がいるものと考えられます。香港の研究者らは、すでに住民の約半数が新型コロナウイルスに感染したと推定しています(Nearly Half of Hong Kong’s Population Has Likely Caught Covid - Bloomberg)。

香港の死亡者のうちワクチン未接種者が71%を占めており、接種を完了していない1回接種者を含めると88%と大半を占めています(Statisticson5th Wave of COVID-19, Centre for Health Protection of the Department of Health; and the Hospital Authority)。高齢者施設におけるワクチン接種が遅れていること、とくに高齢者は(副反応が少ないとの期待から)中国製の不活化ワクチンを選択したことが、香港における死亡者急増の背景として指摘されています。

香港の救急医療はパンク状態となり、遺体安置場所すら確保できない状態となっています。オミクロン株は病原性を落としたとはいえ、ワクチン接種が不十分な高齢者コミュニティで流行すると、大きな被害をもたらすということ。香港から学ぶべき教訓と言えます。

筆者作図
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ゼロコロナ戦略の試練

その後、中国本土での感染が拡大しています。

3月15日に新規陽性者数が3,387人となりましたが、3,000人を超えたのは武漢の流行以来のことです。すでに、上海と深圳の2大都市を含む多くの地域が封鎖されており、2600万人以上の住民が自宅から出ることを禁じられています。しかし、オミクロン株の勢いを(今のところ)抑え込むことはできていません。

もちろん、オミクロン株による流行では、大半の患者は軽症のはずです。ただし、中国では、80歳以上の約半数にあたる1700万人がまだワクチン接種を完了できていないことが懸念材料となっています。追加接種に至っては、わずか19.7%に過ぎません(China National Health Commission)。

つまり、香港と同じことが、中国の大都市で発生する可能性があるということです。その場合、健康被害だけでなく、経済的ダメージも甚大なものとなりかねません。たとえば、現在封鎖されている深圳は、世界最大級の港湾都市であり、中国電子産業の中心でもあります。

中国の巨大な人口と分厚い無保険層、そして中国製ワクチンの有効性から、ゼロコロナは無理からぬ戦略でした。そして、たしかに防疫の成功例となってきました。しかし、これまでの戦略がオミクロン株にも通用するかどうか、中国政府は難しい判断を迫られています。

選択によっては、世界のサプライチェーンに大きな混乱をもたらしかねません。その場合、日本も「風邪をひく」ぐらいでは終わらないでしょう。社会機能の混乱を想定した事業継続計画(Business Continuity Plan)も、パンデミック対策の要諦のひとつです。そろそろ、備えておくべきかもしれません。

筆者作図
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沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科

地域医療から国際保健、臨床から行政まで、まとまりなく活動。行政では、厚生労働省においてパンデミックに対応する医療体制の構築に取り組んだほか、少子高齢社会に対応する地域医療構想の策定支援などに従事してきた。臨床では、感染症を一応の専門としており、地域では、在宅医として地域包括ケアの連携推進にも取り組んでいる。著書に『アジアスケッチ 目撃される文明・宗教・民族』(白馬社、2001年)、『地域医療と暮らしのゆくえ 超高齢社会をともに生きる』(医学書院、2016年)、『高齢者の暮らしを守る 在宅・感染症診療』(日本医事新報社、2020年)など。

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