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五輪無観客開催:「人流を抑える」がブーメランになって政府の脳天に突き刺さった件

木曽崇国際カジノ研究所・所長
(写真:アフロ)

さて、東京都議選で実質的な大敗を喫した自民党が、いよいよ五輪を無観客実施の方向に動かすようです。以下毎日新聞からの転載。

東京五輪 「全会場無観客」案が政府内に浮上 8日にも判断

https://mainichi.jp/articles/20210706/k00/00m/010/341000c

23日に開幕する東京オリンピックについて、政府内で全ての会場を無観客とする案が浮上した。これまで大規模会場や夜間に実施される一部競技を無観客にする調整をしていた。新型コロナウイルスの感染拡大を懸念する世論を受けて、方針転換が必要との見方が政府・与党内で強まっている。政府は、東京都や大会組織委員会などと8日にも5者協議を開き、観客の取り扱いを最終判断する方針だ。[…]

4日投開票の東京都議選で、自民党が事実上敗北したことを受け、党幹部は「世論には政府の新型コロナ対策への不満がある。科学的には一部無観客で良かったが、もはや政治的に持たない」と指摘

党幹部による「世論には政府の新型コロナ対策への不満がある。科学的には一部無観客で良かったが、もはや政治的に持たない」というコメントが非常に象徴的なワケですが、自業自得という他はないでしょう。「科学的には一部無観客で良かった」と仰っしゃりますが、そういう科学的見地をすっ飛ばして「人流を抑える」なる論法であらゆるレジャー産業に自粛を強要してきたのがこれまでの政府の施策じゃないですか。

政府やオリンピック委が感染リスクを抑えるため、科学的見地に基づいてあらゆる対策を採ってきたことは事実でありますし、同様に様々な対策をとってきた国内のスポーツ競技場においてこれまで大規模な集団感染が発生したことはないというのも事実であります。ただ、同じことは多くの民間のレジャー産業においても言えることであるわけで、その様な科学的見地に基づいたあらゆる民間側の努力を、「人流を抑える」なるマジックワードで十把一絡げに営業制限の対象とおいてきたのは他でもない政府自身であるわけです。

「人流を抑える」なるマジックワードは、実に便利な発明品でありました。各業態や事業者が個別にどんな感染対策の努力を重ね、また「集団感染をおこさない」という実績を積み上げたとしても、それらの個別論議をすべて無視して営業自粛を課す正統性を生み出すワード。「貴方の言い分は正しいとしても、今は人の流れを抑えなければいけないのだからー」で全ての理屈を組み伏せることができる本当に便利な言葉でありました。この論法でこの半年間、あらゆるレジャー産業の人間がどれだけ無力感を持ったことか。なんせ、どんな個別の努力や対策をした所で、その論法には勝てないのですから。

冒頭の毎日新聞は、自民党幹部によるものとして「世論には政府の新型コロナ対策への不満がある。科学的には一部無観客で良かったが、もはや政治的に持たない」というコメントを紹介していますが、今回の世論による五輪の有観客開催に対する批判は、これまで政府が便利に利用してきた「人流を抑える」というマジックワードが、まさにブーメランのように返ってきて政府自身の脳天に突き刺さってる状態といって良いでしょう。なんせ「人流を抑えること」を第一として、これまであらゆる民間レジャー産業はその営業を抑制されてきたのですから、政府やオリンピック委がスタジアム観戦に対して、科学的な見地に基づいて、どんな個別具体的な対策を講じたところで意味ないんですよ。「個別対策は別として、人流が発生した時点でNG」が、これまで政府自身が日本社会全体に向かって広げてきた論法なのであります。

ということで、非常に残念ではございますが、政府に置かれましては五輪の全試合を無観客とする方向で調整の程を宜しくお願いするとともに、これまで長きに亘って民間レジャー産業側が感じてきた忸怩たる想いを共有して頂けましたら幸いです。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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