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スポーツ観戦のマネタイズと「投げ銭」について

木曽崇国際カジノ研究所・所長

動画配信ビジネスにおいて「投げ銭」は定番のマネタイズ手法となってきましたが、最近この「投げ銭」のサービス価値についてしばしば想い悩んでいます。そのキッカケとなっている現象が、以下の様な報道。

阪神が「投げ銭」システム導入 NPB史上初

https://news.yahoo.co.jp/articles/bb161708b6f10d4ce246917aa82d167fccf57625

阪神がNPBでは史上初となる「投げ銭」システムを導入することが25日、分かった。MBSメディアホールディングス傘下のMGスポーツ(本社・大阪市)が発表した。スポーツ特化型ギフティングウエブサービスを運用するエンゲート(本社・東京)と提携し、阪神球団が承認した。

上記報道は阪神がNPB史上初の投げ銭システムを導入したというものですが、NPBのみならずJリーグ側でもここ数ヶ月、同様の仕組みの導入発表がつづいており、現在5チームがその運用を行っています。

【参照】送金アプリ「pring」、サンフレッチェ広島の投げ銭導入。Jで5チーム目

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000125.000034071.html

当然その背景にあるのはコロナ禍の発生により無観客を強いられているという各スポーツ競技の現状でありますが、一方で既に運用が始まっている阪神の投げ銭サイトなどをご覧頂ければ判る通り、正直、かなり「お寒い」状況。このシステムの運用の為に元阪神の藪恵壹氏の解説ライブを合わせて配信している様ですが、投げ込まれている金額を見る限り、この特別番組分のコストすらもペイ出来てないのが現実だと思われます。

何よりも私がとても残念なのが、この様な現在スポーツ界で広がる投げ銭システムの導入が、同種のシステム導入で圧倒的に先行しているeスポーツ業界での動向を全く参照せずに行われていること。ビデオゲームの対戦を「興行」として提供するeスポーツ業界では、元々オンラインで試合を配信することが「主」であったこともあり、かなり早い時期からこれらオンライン配信を「投げ銭」でマネタイズする仕組みがこれまで何年にも亘って手を変え、品を変えで模索されて来ました。以下、昨年6月に開催され、私も登壇したeスポーツテーマのシンポジウムからの転載。

ビジネスとして「eスポーツを金にする」ためには何が必要なのか

https://www.njg.co.jp/post-30847/

但木氏は「YouTubeなどの動画配信システムが備える、いわゆる『投げ銭』システムを上手くeスポーツに繋げられれば、という思いはある」とコメントし、平岩氏も「アメリカでは今、大会会場における客単価を上げようと工夫している。チケットや物販・飲食に加え、選手のプレミアム握手会など支えていくための動きがある。日本ではeスポーツにおける客単価はほぼゼロなので、このままでは成り立っていかないだろう」と応じた。

また、木曽氏は「結局、パブリッシャーがeスポーツを『ゲームを売るための広告行為』として見ている限りはマススポーツのようなスタイルにならざるを得ず、それによって興行として捉えたときと噛み合わないのではないか」としている。

eスポーツアナリストの但木氏が「YouTubeなどの動画配信システムが備える、いわゆる『投げ銭』システムを上手くeスポーツに繋げられれば」としている一方で、私自身が「結局、パブリッシャーがeスポーツを『ゲームを売るための広告行為』として見ている限りはマススポーツのようなスタイルにならざるを得ず、それによって興行として捉えたときと噛み合わないのではないか」とコメントしているワケですが、要はスポーツ界よりも何年も先行し、またそもそも「投げ銭」と相性の良いオンライン配信を中心にしているeスポーツ界ですら「投げ銭」によって興行をマネタイズするというビジネスモデルというのはほぼ成立していない。

唯一私が認知している成功事例は、世界で人気のMOBAゲームである「DOTA2」の世界大会、The Internationalで毎年一回行われる世界大会に際して、毎回、大会連動ゲームアイテムが発売され、その売上の25%が大会賞金として積み上げられ世界最大級と言われる約36億円の賞金総額が維持されている。DOTA2のファンは、毎年このイベントに際して一種の「ご祝儀消費」としてゲーム課金を行い、これがeスポーツ興行としてのThe Internationalを支えている訳であります。

上記の様なDOTA2の事例はeスポーツ業界の中でもかなり特殊な事例であり、少なくとも私自身が知り得る限りにおいて「投げ銭」がeスポーツ競技興行のマネタイズとして有効に機能している例は知りません。それ以外の「投げ銭」は基本的に、公式の試合とは別にゲーム配信を行っている各eスポーツ選手に対する個別の支援としてのみ機能しているもので、ライブ配信内で投げ銭をすると選手が名前を言いながらお礼を言ってくれたり、コメントを読んでくれて「個人的な認知」をしてくれたりと、芸能人のファンクラブ宛てにプレゼントを贈るファンに近い心理でおこなわれているもの。そういう意味で、未だeスポーツ業界ですらも試合の放送を見て、「素晴らしいプレイが出たからヤンヤヤンヤ」的に投げ銭が飛ぶような状況には至っていないワケで、やっぱりそこにはもう一歩踏み込んだ「仕組み」を付加しなければ投げ銭は機能しないということの証左でありましょう。

そして、こういうeスポーツ業界で積み上げられてきた様々な反省材料が沢山存在しているにも関わらず、それらを参照しないままに、eスポーツでかつて試用されたものと全く同じ、もしくはその劣化版でしかない様なサービスが、今、プロ野球やJリーグなどでしきりと導入され始めているのが非常に残念でしかないワケであります。

一方でこの「投げ銭」をビジネスモデルの中核としながら開発されたプロダクトで、私が最近、注目しているのが「SUGAR」というサービスです。SUGARは、いわゆる「動画配信サービス」にカテゴライズされるスマホアプリでありますが、今年2月にYouTuberマネジメント事務所の最大手であるUUUM社に第三者割当増資を行って大型の資金調達をして以降、大々的にキャンペーンを始めている様です。

法的な検討も含めた詳細サービスに関しては上記の私のYouTubeチャンネル側で動画解説もしているワケですが、このSUGARというアプリ、ここ数年音楽業界を席巻した「AKBの握手券商法」にソシャゲガチャを組合わせたようなサービスを提供というべきでしょうか。芸能人によるライブ配信を見ている視聴者の中から、誰かが「直接電話で会話することが出来る」というサービスなのですが、その権利獲得にソシャゲガチャの様なイベント発生確率に基づく一種の「射幸性」を組み込むことでファンの課金競争を煽る仕組みになっています。

要は、動画配信ビジネスでは定番となった「投げ銭」に、「直電で会話ができる」というより具体的な付加価値を実装し、同時にその付加価値に対する課金を最大化する為に「射幸性」を付加したらこの様なサービスが出来上がりました、ということ。私は仕事柄、この種の射幸性を使ったビジネスモデルを沢山見聞きしていますが、私の発想の完全に外側にあったサービスであり、素直に「スゴク良くできているなあ」と思うワケです。これ、「跳ね」たらトンデモナイサービスになるんじゃないかな、と。

逆にいうのならば、動画配信のマネタイズにおいて「投げ銭」モデルは飽和状態にあり、既に第一線のサービスはその投げ銭に対する付加価値をさらに高める方向で競争をし始めているということ。研究者としての仕事と別に、私が実業として現在コミットしているチアード社の提供するポイントベットのサービスも同様に、これまでマネタイズが上手く機能していなかった動画配信に対して「どの様な新しい付加価値を生むか」の検討の中で生まれたサービスであるわけで;

【参照】なぜ私はチアードを作ったのか?

http://www.takashikiso.com/archives/9891229.html

現在、プロ野球、Jリーグと様々なスポーツ競技団体やチーム側で導入が進んでいる投げ銭システムの導入に関しても、もう一方踏み込んだ検討を行って欲しいなあと思うところ。少なくとも今の形のマネタイズモデルでは、とても事業としてペイするところまでは行かないだろうなあ、と思っているわけであります。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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