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カジノ大手が日本撤退宣言、原因は制度不備

木曽崇国際カジノ研究所・所長

トンデモないニュースが飛び込んでまいりました。以下ブルームバーグからの転載。

ラスベガス・サンズ、日本でのカジノプロジェクトを断念

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-05-13/QA7V11T0G1L401

世界最大のカジノ運営会社、米ラスベガス・サンズは日本での統合型リゾート施設(IR)事業ライセンス取得を断念する。世界のカジノ業界にとって日本は極めて大きな商機があると見込まれ、同社は長年この取得を目指してきた。[…]

複数の関係者が匿名を条件に語ったところによれば、リゾート建設に5年を要する可能性を考えると、その規模の投資に対する十分なリターンを確保するには10年間のライセンス期間は不十分だった。日本の地価や人件費は高く、銀行は建設費の半分超の融資に消極的だったという。

ラスベガスサンズ社は米国、マカオ、シンガポールで統合型リゾートの運営を行う事業者で、業界の中ではいわゆる「マーケットリーダー」的な位置づけとして、世界の様々なカジノ運営権入札では常に競合企業の中で最高額に近い応札を行う企業の一つとして知られています。その企業が日本のカジノ運営権入札から撤退宣言をする、しかもその理由は「日本市場の収益性に対する疑義」であったというのであれば、穏やかな話ではありません。

特に同社が示した日本市場の限界は「リゾート建設に5年を要する可能性を考えると、その規模の投資に対する十分なリターンを確保するには10年間のライセンス期間は不十分」であるという点。実はこの事は、私自身が国に向かって繰り返し、繰り返し伝えて来た事であります。以下は、2018年に書いた私の記事。

IR整備法10条問題:カジノ設置許可はたった10年

http://www.takashikiso.com/archives/9905129.html

上記の通り、国によるIR施設の設置許可は1)認定の日から10年、および2)その後は5年ごとの更新となっているわけです。ただ、ここでいう「認定の日」というのがクセモノでありまして、「認定の日」というのは文字通り政府が整備区域を認定した日であり、その瞬間は未だ当該区域はただの空き地であるわけです。即ち、この認定期間となる10年の内には施設建設に要するおよそ4~5年程度の期間も含んでおり、実際に最初の認定期間中に区域で事業者が営業を行うことが出来るのはおよそ5~6年程度と考えるべきでしょう。

一方で、IRが幾ら如何に回収の早い投資対象であるといっても、流石に5~6年での回収には無理があります。近年、諸外国で開発されたIR施設で良好な回収が出来た事例としてしばしば挙げられるのが2010年から営業の始まったシンガポールの2つのIR施設ですが、これら両施設でもEBITDAベースでの投資回収に5年弱かかっています。このEBITDAベースの投資回収分析は、あくまで法人税の支払いや減価償却費、利息支払の計上前の利益をベースに分析するものですから、実際の回収はこれより緩慢なものとなります。

このライセンス期間に関する規制がIR整備法第10条に記載されていることもあって、いつしか業界内では「10条問題」と呼ばれ始めた問題でありますが、この問題は本当に日本のIR制度としては致命的で、何とかこの問題を共有して貰えるよう、以下の様な論文を書いて関係各所に一斉配布なども行いました。

我が国のIR事業の制度的リスク要因とその補完手法に関する考察

https://www.sugarsync.com/pf/D2862156_08425846_989185

しかし、この10条問題は結局、今のいままで日本のIR法制上の最大の問題として残ってしまった。私自身の力不足も含めて無念であるとしか申し上げようがありません。そしてこの様な記事を書いている内に、部下から「ロイターがウィン社も日本撤退を表明って報じてんで」との連絡が。以下、ロイター通信からの転載。

Las Vegas Sands scraps plans for Japan integrated resort casino project

https://www.reuters.com/article/us-japan-lvsc-cancellation-idUSKBN22P09B

Las Vegas Sands (LVS.N) said it has ended plans to open an integrated resort (IR) casino in Japan, dealing another blow to Japan’s attempts to energise its economy through tourism. Caesars Entertainment Corp and Wynn Resorts Ltd have also withdrawn from casino projects in Japan, which the government had hoped would sustain tourism after the Tokyo 2020 Olympics, now postponed due to the global coronavirus epidemic.

ラスベガスサンズ社が日本での統合型リゾート開業計画の終了を宣言し、観光によって経済振興を目指す日本の試みに更なる打撃を与える事となった。シーザースエンターテインメント社とウィンリゾート社も同様に日本政府が東京オリンピック後の観光需要の維持策として期待し、現在、世界的なコロナ禍によって延期となっている日本のカジノプロジェクトから撤退している。

シーザース社の日本撤退は昨年の夏に表明されたもので既知のものでありますが、ウィン社の撤退は今初めて聞いたのですが、このロイターの報道は本当なのでしょうか? 今のところ他紙で同様の報道を行っているものはなく、若干眉唾に思いながら本記事を読んでいるのですが、もしこれが本当だとするとラスベガスを本拠とする4大カジノ事業者のうち3社が日本からの撤退を発表したこととなります。大変なことになってきました。

そして、返す返すも日本のIR制度設計がこんなにも極悪になるのを防ぐことが出来なかった、自分の能力の不足が悔やまれます。本件に関しては、ウィン社日本撤退の確報も含めて続報をご紹介するつもりですが、とりいそぎサンズ社日本撤退の一報にあたってのコメントでした。以上です。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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