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必要なことは「高級ホテル開発」ではなく、ラグジュアリツーリズムの振興

木曽崇国際カジノ研究所・所長
(写真:アフロ)

さて、昨日の続きです。昨日のエントリを読んでない方はそちらからどうぞ。

【参照】公金で高級ホテル50カ所開発という愚策

http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/10157089.html

政府による「財政投融資で高級ホテル50カ所開発」方針の第一報が流れた後、ちょうど政府が志向するカテゴリのホテル開発を手掛ける某事業者の開発担当者と呑んだので率直な意見を聞いてみましたが、ひと言目が「国内50軒新設なんて、そんなに需要あんの?」でした。

「諸外国と比べて、日本には5つ星ホテルの数が少ない」これは事実です。例えば、ホテルやレストランの格付けで有名なミシュランにおいて、現在日本で5つ星を獲得している宿泊施設は225軒、対してアメリカが581軒、英国が919軒、中国に至っては2028軒と日本と比べると圧倒的な供給量の差があります。

一方で、なぜこれ程までに供給量に差があるかというと、単純に「儲からない」から。5つ星を獲得する為のホテルを開発するには、当然ながらそれ相応のコストがかかるワケですが、一方で日本にはそのコストに見合った需要がない。だから、多くのホテル開発事業者はフラグシップ施設として客室価格10万円オーバーの施設を作りながらも、実際はその一つ下、もしくは二つ下のグレードの施設で儲けているわけです。そこに政策主導で大量に5つ星ホテルを増やしたとしたらどうなるでしょう、市場における需給関係が崩れてしまい、今もあまり儲からない5つ星のホテル開発が、ますます儲からなくなってしまう。公金でゲタを履かせて貰う新規の50施設はそれでも良いのかもしれませんが、既存の事業者はたまったもんじゃありません。

今、政府は「諸外国と比べて、日本には5つ星ホテルの数が少ない」という事実に対して、完全に間違ったソリューションを当てる方向に進んでしまっています。「諸外国と比べて、日本には5つ星ホテルの数が少ない」のは、それに相当する需要が少ないから。もし、その状況を打開する必要があるのであれば、供給サイドに政策的に手を突っ込むのではなく、需要サイドの掘り起こしが必要。すなわち、高級顧客層を引き寄せる観光資源開発、=ラグジュアリツーリズムの振興を行うのが正しい解法です。

2018年にIR整備法が成立したことで、その様な高級顧客層を引き寄せる為の観光資源の一つである統合型リゾートが2025年前後に我が国に誕生します。一方で、視点を統合型リゾート以外に向けた時、我が国にはVIP顧客に適応した観光資源というのがどれほど存在するでしょうか?

我が国は、高度成長期に誕生した「一億総中流社会」の到来によって、「良くも悪くも」世界にも稀に見る大衆消費を中心とした社会構造に変質しました。そのことによって極端に品質が低い財やサービスは提供されることがなくなりましたが、一方で高級顧客層に特化した財やサービスもまたなくなった。更に言えば、そこに日本人特有の「妬み/嫉み」も手伝って、高級顧客が消費を行うことそのものが罪であり恥であるかの様な風潮が現代社会には広がっている。そんな中でどうして日本にVIP顧客が足を運びましょうか。

近年、財政難にあえぐ全国の花火大会が、高額観覧料を取るVIP席の設置検討を始めています。一方でそこで必ず起こる問題が「ズルい/不公平だ」という市民の声との軋轢。大衆消費者はお金を払ってVIP席で楽しむ高級顧客層とそこにおもねる運営を「ズルい/不公平だ」として糾弾する。本当は、そういうVIP席からの収入が財政的に助けることで花火大会が継続し、広く市民がその恩恵を受けているにも関わらず、です。「一部VIPが優遇されるくらいなら、花火大会なんてなくなった方がマシ」必ずこんなことを言い出す人が出て来るのが、日本の「妬み/嫉み」の文化です。

VIP顧客層はただ単純に豪華絢爛な旅を求めているだけではなく、他ではできない希少な体験を求めて旅をします。例えば、一般には解放されていない保護地区や史跡の体験など。一方でこの様な地区や史跡などは公共からの保護指定がなされている事が常であり、それをもし高額観覧料で一部に開放したとしたら、たちまち「ズルい/不公平だ」「広く一般にも開放すべきだ」として吹き上がる人達が出て来るでしょう。「みんなが禁じられているのなら我慢するけど、一部の人だけにそれが解放されるのは我慢ならん」こんなことを言い出す人が出て来るのが、日本です。

日本の海岸は公有財産となっており、それらを私的利用することは極度に制限されています。逆に言えば、日本ではプライベートビーチ付きの高級リゾートホテルの開発というのは原則的にできないものとされている。たとえ、高額の使用料を公に向けて支払い、それを財源として公共の福祉が拡充されるとしても、です。実は、これが東南アジア諸国では沢山存在する高級ビーチリゾートが日本で成立しない一因でもあります。

我が国は、残念ながらそういう様々な制度的ハードルや社会的ハードルが存在することで世界からの高級顧客層の来訪を拒んでる。もし政府が「諸外国と比べて、日本には5つ星ホテルの数が少ない」ことを問題視しているのならば、その様な制度的なハードル、社会的なハードルをひとつひとつ取り除きながら、VIP顧客による需要サイドを育てて行くことが必要で、需要が生まれれば必然的にそこに対応した客室供給は生まれるでしょう。ラグジュアリツーリズムの振興、それこそが今政府が持っている課題に対するソリューションなのであります。

そして最後に、この記事を読んだ人の中には必ず「そんなことする位なら、高級顧客なんて要らない」と言い出す人が出て来る。そういう高級顧客層が落とす消費によって皆が潤うにも関わらず、です。それが現代日本社会なのです。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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