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参院選:「マンガ候補」と「パチンコ候補」好対照な結果に

木曽崇国際カジノ研究所・所長
(写真:アフロ)

さて開票から一夜あけて、今回参院選は与党が改選議席の過半は獲得したものの、改憲推進派が必要とする参院議席数の三分の二には届かずと、関東圏における維新の躍進、れいわ/N国という2大泡沫政党の躍進という小波乱はあったものの、大勢の部分においてはあまり驚きのない選挙結果になりました。一方で、実は私が個人的に注目していた2人の候補が好対照の結果を残し、非常に興味深いと思っています。それが、マンガ/アニメ業界の担いだ山田太郎氏とパチンコ/パチスロ業界の担いだ尾立源幸氏の両名であります。

山田氏と尾立氏は、今回の参院選において自民党が戦略的に野党系からの票の取り込みを狙って担いだ比例代表候補です。山田氏はみんなの党出身の元参院議員で、2016年の参院選で約29万票もの大量得票をしたのにも関わらず落選、長らく在野で政治浪人をされていた人物。対する尾立氏は旧民主党にて参議院議員を2期つとめましたが、同じく2016年の参院選で敗退し、こちらも同様に政治浪人をされていました。この両氏が2019年の参院選において、与党・自民党の公認候補として指名されたわけで、業界は騒然となったわけですが、実はこの両氏は特別なミッションを受けて、自民党入りを許された存在でありました。

山田氏が与えられたミッションは、同氏がかつてより票田としていた「表現の自由」を訴えるマンガ/アニメ系の支持層を自民党に引き込むこと。一方で、尾立氏はこれまた伝統的に主に旧民主党系の票田とされてきたパチンコ/パチスロ業界の支持層を自民党に引き込むこと。要は、自民党による「野党崩し」の鉄砲玉的な存在として、特別に自民党への入党が認められた、とも言えるでしょう。

一方、選挙戦序盤から着実に支持層の票の積み上げに成功した山田太郎氏に対して、選挙用に設けたtwitterアカウントを閉鎖されるなどトラブルの絶えなかった尾立源幸氏。結果は山田氏が自民党比例候補中2位にあたる約54万票を獲得して参議院議員に返り咲いたのに対して、尾立氏がたったの9万票という大方の予想を大きく下回る得票しか獲得できず落選するという、好対照な結果となりました。以下、両者の選挙戦において何がこの様な大きな差を生んだのかを纏めてみようと思います。

1)テーマを横に向かって広げた山田氏とそれに失敗した尾立氏

今回、山田氏を担いだマンガ/アニメ系の支持層、「マンガ/アニメ系」というと何となく聞こえは良いですが、そもそもこの層は2010年に東京都議会に上程された青少年健全育成条例に反対するなど、いわゆる「エロ/グロ」系を含む同人マンガ等の愛好家を中心として形成された支持層です。そういう意味では山田氏の政策テーマは必ずしも「世間受けが良い」テーマから始まったワケではないのですが、山田氏およびその支持者界隈はこれを「表現の自由」もしくは「表現規制反対」というより一般的に認知されている価値観に置き換える事に成功し、広く一般的な「マンガ/アニメ系」のファン、もしくはそこと緩やかに連携する各分野のいわゆる「オタク層」の獲得に成功しました。

一方、パチンコ/パチスロ業界の支援を受けた尾立氏ですが、専用サイトを設置しパチンコ業界向けの公約を掲げるなどパチンコ業界へのメッセージの強い打ち出しは初期から行っていましたが、あくまで「パチンコ業界」の中での運動に始終し、そのテーマを横に広げることに失敗したのが実態。例えば、同氏は選挙序盤から現在のパチンコ産業における規制強化の波を「日本にカジノを入れたい為にパチンコ業界がスケープゴートされている」などという主張を展開、本来は味方になってくれるかもしれない隣接業種であるカジノ業界に槍を向けるなど、その政治主張を先鋭化させました。こういう政治主張を先鋭化する手法は、業界内での求心力を高める方策にはなるかもしれませんが、残念ながら業界の外側の広い支持を集めることは無理。山田氏のように、広く横に連携する業界からの支援を受けることは出来ませんでした。

2)業界コミットを示した山田氏とそれに失敗した尾立氏

山田氏の当選確実が報じられた後、同氏に関する論評に以下のようなものがありました。

このコメントはまさに仰る通りであって、今回山田氏が獲得した全国比例第2位の集票を行った「マンガ/アニメ」票というのは、有力な圧力団体の一つとして自民党は勿論のこと、山田氏自身にも「クサビ」となって機能することとなります。山田氏に対する選挙キャンペーンは当初より、このことを明確に意識して支援を広げていったもので、例えば山田氏は投票日前に自身のtwitterに以下のようなメッセージを投稿し、そして今回見事に目標の53万票を超える支持をあつめました。

一方、尾立氏はどうか。実は尾立氏は、選挙戦の序盤から自身の公式サイトに「猟友会の仲間へ」「税理士の先生方へ」「公認会計士の先生方へ」などと、複数の支援組織を並べました。この辺の支持層は民主党時代から尾立氏が抱えていた票田であり、この票田で当選することが出来ないことは既に2016年の参院選において立証済み、かつ自民党側には既にそれら団体支持を受けている議員が居るわけですが、今回、尾立氏は党籍が変わっても「かつての票田」を捨てきれなかった。対して、新たに自民党執行部よりミッションを受けたパチンコ業界向けには公式サイトに一切のメッセージを示しませんでした。以下は同氏の公式サイトから。

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一方で、尾立氏はパチンコ産業向けには公式選挙サイトとは「別の」特設サイトを開設。Twitterアカウントもその他の業界向けの公式とは別に、パチンコ業向けのアカウントを作成して別運用するなど、当初からパチンコ業界をその他業界と分離する選挙戦略を取りってきました。勿論、様々な選挙戦略上の都合でそういう運用となったのでしょうが、公式とは別の「裏の顔」のごとくパチンコ業界を扱う候補者が業界へのコミットを示せるわけもなく、twitter上では当初から業界関係者による「利用されているだけ」というコメントが後を絶たなかったのが実態。その後、同氏のパチンコ産業向けのtwitterアカウントが凍結されてしまった事により、やっと公式アカウント上とパチンコ向けアカウントの統合が図られましたが「時既に遅し」であったとしか言い様がないでしょう。

3)何よりも政治コミットの歴史が違った

山田氏が抱える「マンガ/アニメ」系の支持層は元々は政治参加を積極的にするタイプの層ではなく、どちらかというと政治から距離を置きたがるタイプの人間が多い業界です。しかし、その業界において今回ここまで広く政治参加が広がったのは、先にもあげた2010年の青少年健全育成条例案など、長きに亘る行政による業界制限の動きと、それに反対する業界運動の歴史がありました。また山田氏自身も20092016【訂正】年に29万票を集めながらも惨敗し、政治浪人をしていた間も含めて自身が同人誌即売会に参加して「表現規制の反対」を訴えるなどの活動を続けて来ました。今回の大量得票はその様な氏と関係者が続けて来た、業界やファン全般に対する政治的啓蒙活動が実を結んだ結果であるといえるでしょう。

対する尾立氏の、というかパチンコ業界の政治参加の歴史は本当に浅いのが実態です。ともすれば「パチンコマネーが政治を牛耳っている」などと嘯かれがちな業界では有りますが、実態としてはせいぜい政治家に小遣いをせびられる「スネ夫」的なポジションでしかなく、所管官庁である警察との関係を重視するあまり(重視せざるを得ないあまり)業界として政治活動をするなどということは戦後のパチンコ史の中でも今回がほぼ初体験でありました。そのパチンコ業界が急に動き出したのが、今年の1月、自民党幹事長名で尾立候補の支援要請が正式に送られてきたタイミングであって、実際は今回の選挙まで半年程度の政治運動しかなかったのが実情です。当然ながらこの様な短期間で業界全体に政治参加の意義が広まるわけもなく、業界の中で「自身の持つ一票が自分の生活や労働環境にどう影響を与えるのか」が浸透しなかったのが実態。

その結果、関連業界まで合わせれば推計26万人の産業人口があり、家族票まで含めればその2~3倍の集票力がある/更にはその背後に約900万人のパチンコ消費者層の票田があるのではないかと、当初自民党選対本部から期待された業界票も、フタを開けてみれば完全にカラ振り状態。尾立氏が元々持っていた微々たる基礎票と合わせて9万票の得票しかできなかった現実は、その背景に必ずしも利害が一致しない業界人同士の関係が存在する分を差し引いたとしても、業界の集票力のなさと、政治的未熟さを逆の意味で見せ付けるには十分な結果を残したと言えるでしょう。

4)パチンコ業界の政治運動の未来

さて、パチンコ業界にとっては今回の選挙結果はなんら言い訳の立たない大惨劇ともいえる状態で、その結果を真正面から受け止めるしかないのが実情でありますが、問題はここから先に業界で予想される苦難の道であります。先述の通りパチンコ業界は、これまで所管官庁である警察庁に慮って政治運動を控えて来たという歴史がある中で、今回、血気盛んに尾立氏の支援に回ったことはクーデター的に一種の「業界革命」を起こそうとした状態であるわけです。そして、その革命が失敗に終わった今、当然ながらお上からの「粛清」が始まるわけであります。

勿論、如何に警察庁と言えども近代国家たる我が国の公官庁が、首謀者を並べてギロチンショーを開催するなどというあからさまな粛清行為をするとは思わないですが、今後の非公式な官庁協議の場では「選挙結果は残念でしたね(ニッコリ」くらいの皮肉は言われ、関係者一同が脂汗を流さなければならないシチュエーションも出てくるワケで、業界にとってはなかなかのイバラの道が予想されるわけです。

とはいえ一度ルビコン川を渡ってしまった業界としては「えろうスンマセン」とスゴスゴと帰ってくるワケにも行かないわけで、個人的には今回の尾立氏擁立の圧倒的な失敗を受けて「どうせ政治なんて」などと政治無関心に陥って欲しくはない。今回の失敗を正面から受け止めた上で、不足したものを正しく分析し、次に活かして欲しい気持ちで一杯なわけですが、所管官庁からの強いプレッシャーが予想される中で、今後の業界論議はどの様に進むのでしょうか。

いずれにせよ、関係者の皆様方におかれましてはまずゆっくりお風呂に浸かり、しっかりと睡眠をとった上で今回の敗戦を超えた先の「業界の未来」について論議を再開して頂ければ幸いです。お疲れ様でした。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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