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ブロッキング制度検討が知財論議だけで終わってる意味が判らない

木曽崇国際カジノ研究所・所長
(写真:アフロ)

さて、海賊版マンガサイト等へのブロッキング法制問題について、コンテンツ保護の為に何とか法制化を実現したい知財本部に対して、情報通信産業を所管する総務省がこの動きを牽制する発言をしたことが話題となっています。以下、弁護士ドットコムより転載。

ブロッキングに代わる「海賊版対策」の切り札? 東大・宍戸教授「アクセス警告方式」提案

https://www.bengo4.com/internet/n_8424/

ブロッキングは、法学者やプロバイダから反対されているが、今後もこうした海賊版サイトの出現が脅威であることから、出版社などから導入を求める声が根強くあり対立している。

こうした状況の中で、この日の検討会では、総務省消費者行政第二課長が「議論の本質論としては、今後のネット社会のあり方として、監視のほうへすすむのか、自由なほうへすすむのか、どちらを目指すのかということだ」と発言する場面があった。

当該会議は今月中にも中間報告書を取りまとめる予定となっており、その取りまとめ直前となるこのタイミングで総務省側がこんな「そもそも論」的な大きな石を投げ込むというのは、なかなかセンセーショナルな展開です。当然ながら会議は大荒れになるわけで一部の民間委員、というかブロッキング強硬派として知られる川上量生氏が例の如く吹き上がり、会議が大混乱になったなどとも報じられているところです。

…と情報通信の専門家でも何でもない私が、なぜ本問題に関してコラム上でこのような言及をしているのかというと、実は以下のような非常に興味深い文書が今回、事務局側のとりまとめとして開示されたから。以下、知財本部webサイトによる公開資料より。

ブロッキングに係る法制度整備を行う場合の論点について(案)

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/2018/kaizoku/dai5/siryou4.pdf

本資料は、ブロッキングに関する制度整備を行うとした場合に想定される論点ごとに本検討会における委員または有識者の報告、発言または提出資料の内容を集約し、更に検討が必要と考えられる論点についてはその旨を記載したものである。現時点で制度設計等の方向性を示すものではなく、今後の立法事実や憲法との関係についての議論を踏まえた上で更に整理を行う予定である。 […]

(10)他の法益侵害に対する検討の要否について

ブロッキングについては、著作権侵害に関するものと並行して、名誉毀損等の他の法益侵害に関しても検討すべきとの指摘があるが、他の法益侵害に対する検討を行う場合にも、以下の点に留意が必要と考えられる。

・いずれにせよブロッキングは実施のための要件等を厳格に設定し限定的に行われるべきであるところ、当該要件等の検討は一般的にではなく、各法益侵害の特性を踏まえて行われる必要がある。

・各法益侵害の特性を踏まえた検討が行われないと、本来必要となる範囲を超えてブロッキングが行われる懸念もある。

他の法益侵害、すなわちこれまで語られてきた著作権法違反以外の違法行為に対する対抗策としてのブロッキングの論議が、ここに来てやっと検討事項の中に含まれたわけで、実はこのことは私の専門性において非常に大きな意味を持ちます。

そもそもギャンブルを専門とする私としては、我が国のブロッキング法制論がこれまで知的財産保護「だけ」を対象として語られてきた事自体が意味が判らないのですよ。ということで、一般社団法人日本ネットワークインフォメーションセンターが世界49カ国に所在するインターネット関連組織に所属する専門家104名に対して行なったアンケート調査結果から、ブロッキング法制を巡る世界的な動向を見てみましょう。

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上記アンケート調査結果を見ると、回答者自身が居住する国や地域で何らかのブロッキング法制が導入されていると答えた専門家が71.2%となっていますが、最大のブロッキング対象となっているのは実は著作権侵害(44.9%)ではなく、カジノ・ギャンブル(50.0%)であることが解ります。対して、なぜか我が国日本ではこれまで知財本部が中心となって著作権侵害のサイトのみを対象としたブロッキング論を展開してきており、あくまで知財だけを対象として著作権法の中にブロッキング制度を埋め込むなどという案が実しやかに語られているところ。ただ残念ながらそれは、世界的にみれば必ずしもスタンダードな論議のあり方とは言えません。

そもそもブロッキング法制を論議するにあたって、著作権侵害を全面に立てることは実は非常にスジが悪いんです。各出版社を中心とするブロッキング推進派は「海賊版サイトには、実質的な対抗手段がないのでサイトブロックを実施すべきだ」などと主張しているわけですが、実態として本当に対抗手段がない「わけではありません」。

著作権は1886年に締結されたベルヌ条約(168カ国の加盟)および、1952年に締結された万国著作権条約(100カ国の加盟)によって国際的な保護の枠組みが作られており、世界の大半の国と地域の間で権利の相互保護の関係が構築されています。例えば、あらゆる日系企業の中で「最強の法務」を抱えるとして名高い任天堂などは、海外における著作権侵害に対して国境を越えて堂々と差し止め請求を行っているわけで「対抗手段がない」わけではありません。

【参考】数々のファンメイド・ポケモンゲームを生み出した「Pokemon Essentials」が任天堂の著作権侵害申し立てにより閉鎖へ

https://gigazine.net/news/20180830-nintendo-shut-down-pokemon-essentials/

要は、各出版社を中心とするブロッキング推進派が「実質的な対抗手段がない」などと言っているのは、実は「海外で訴訟を起こすのは面倒臭く、金もかかるのでやりたくない」と主張しているに過ぎず、それこそ海賊版で受けた被害額が3000億円に及ぶのだなどと莫大な損失を主張するのならば(参照)正々堂々と著作権侵害の申し立てを行なえば良い。その様な存在する対抗手段を採らずして、一足飛びにブロッキング法制を持ち出したり、政府の威光を借りて超法規的に各ISPに対してブロッキングを強要したりするなどというのは、スジ悪以外のナニモノでもないといえるでしょう。

一方で、世界の多くの国や地域においてブロッキング法制の最大の対象となっているオンラインカジノやギャンブルは、実は文字通り「実質的な対抗手段」がありません。我が国の領域内から海外で運営される賭博サイトにアクセスし、ギャンブルを行うことが違法であるということは、私と私の友人の渡邊雅之弁護士が2013年に起案して実現した質問主意書への政府回答によって明確化されました。

【参照】ファイナルアンサー: オンライン賭博は違法である

http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/8134166.html

ところが、検索サイトで「インターネットカジノ」というキーワードで検索して頂ければ、日本語で提供されるあらゆるネット賭博サイトが未だ大々的、かつ堂々と営業を行なわれていることで解るとおり、未だそのような違法行為の蔓延は一向に止まる気配がありません。その理由は、非常に簡単でネット上に存在する多くの賭博サイトは、フィリピンやヨーロッパ諸国、カリブ諸国など、インターネット賭博を合法としている国や地域において政府公認のライセンスをもって運営している適法事業者だから。彼らが提供している事業そのものは各国、各地域の法律に基づいて適切に行なわれているものなのであって、そこに対して日本側からサービスの差し止め等を求めることは出来ない。即ち、著作権侵害と違って、日本側からその様な各種サイトへのアクセスブロッキングをする以外に、文字通り実質的な対抗手段がないわけです。

また、著作権侵害を根拠としたブロッキング法制は、その対抗措置としての「非対称性」の面でも問題が大きいです。海賊版マンガへの著作権法の適用は、原則的に著作権者に無断でコンテンツをアップロードした側の人間になされるものです。一方でそれを閲覧する側の利用者に関しては、それが違法アップロードされているものであると明確に認知しながら利用する場合に以外には、モラル上の問題はあったとしてもそこには原則的に違法性はありません。

一方で、そこに現在政府が検討しているような全てのインターネットユーザーのネットアクセスにブロッキングをかけることは、本来ユーザー側が憲法上で保護されている筈の「通信の秘密」の侵害を受けることになってしまうワケで、著作権侵害を行っている主体であるアップロード側ではなく、侵害行為をやっているワケでもないユーザー側の権利制限を行なうものとなっている。著作権侵害の対抗措置としてはあまりにも非対称すぎる措置であるといましょう。

一方で、インターネット賭博の場合はこれとは全く違う構図となります。先述の通り刑法185条に定められる「賭博の禁止」は、我が国の領域から海外で提供されるインターネット賭博を利用した利用者自身に適用されるもの。即ち、その行為が違法であるにも関わらず自由に海外のインターネット賭博に参加できてしまうという現在のインターネット環境は、刑法犯罪者を国内に蔓延させる一要因となっているともいえます。勿論、だからと言って忽ちインターネットユーザー全員の通信の秘密を侵すことが許されるというワケでは有りませんが、少なくとも対抗手段としてそこに明確な非対称性がみられる著作権侵害に対するブロッキングよりは、制度としてスジが通っているものといえるでしょう。

という事で現在、なぜか知財本部を中心に論議が進められているブロッキング法制論でありますが、もし海外海賊版サイトのブロッキングが許されるのであれば、少なくとも同様の法理で海外から提供されるインターネット賭博サイトに対するブロッキングも実施の対象に含むべき。ましてや、今語られているような著作権法の改正によって小手先で知財のみを対象とした制度を作ることなど許されない。もしそれをやるのであれば、より広い検討を行なった上で電気通信事業法側の改正で対処すべきであると、私の立場からは申し上げて起きたいと思います。

本件に関してはギャンブル側の専門家の立場から、引き続き言及を続けてゆきたいと思います。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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