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「カジノ実現なら経済効果1.4兆円」の試算が生む大阪カジノ構想の難局

木曽崇国際カジノ研究所・所長

大阪府の夢洲で計画されているカジノ構想に関して、府をバックアップしている関西経済同友会が独自の経済効果試算を発表しました。以下、産経新聞より転載。

カジノ実現なら経済効果1.4兆円 関西同友会試算

http://www.sankei.com/politics/news/160302/plt1603020037-n1.html

関西経済同友会は2日、大阪湾の人工島・夢洲でカジノを含む統合型リゾート(IR)構想が実現した場合の経済効果は、開業前までに累計1兆4711億円に上るとの試算を発表した。

[…]IR運営事業者の年間収入が5545億円になるとの前提で試算。投資規模はカジノや国際会議場などIR関連で6759億円、鉄道などインフラ基盤で1千億円とした。雇用創出効果は建設業を中心に9万3114人と見込んだ。一方、開業後の経済効果は、年間7596億円、雇用創出はサービス業などに広がり9万7672人と試算している。

IR事業者の年間収入が5500億円ですか。私自身、2005年から2011年までの早稲田大学アミューズメント総研の共同研究において日本カジノ合法化時の市場推計モデルの開発を行っており、この分野は己の専門であるワケですが(制度が専門と思われがちだが実は違う)、当時の推計ではカジノ税率20%、国内3施設の統合型リゾート施設導入を前提にした場合、大阪では大体4000億円弱のカジノ売上(Gaming Win)が見込めるという推計値が出ていました。そこにゲーミング以外(Non-gaming)の売上が加わると考えるのならば(勿論、どんな複合形式を採るかによるが)、関西経済同友会が今回発表した5545億円という年間売上試算額は、非常に妥当な水準にあると思われます。

ただ、ここで妥当な水準の試算が出たことによって、別の場所で悲劇的な状況が生まれつつあるのが実情でありまして…。

実は関西経済同友会は、今回の市場規模試算が発表されるおよそ1年前となる昨年の1月に「大阪・関西らしい世界初のスマートIRシティの実現に向けて」と題して、大阪府のカジノ導入予定地となっている夢洲を舞台にして上記のような導入イメージ映像を発表しているんですね。

開発対象用地となるのは、夢洲の中で既に何らかの利用が行われている用地を除いた総計220ha。感覚的に判りやすい比較で言うと、東京ディズニーリゾートが「ランド」と「シー」の両方を合わせて100ha程度ですから、そのおよそ2倍の広さとなる「お化け」用地です。

実はこのイメージ映像が発表された当時、友人のゼネコン社員にこの規模の開発を行った場合、どのくらいの開発費用がかかるかをザックリと目算で示して貰ったことがあるのですが、彼の返答は「埋立地である夢洲の中央をわざわざ掘り込んで改めてラグーン(池)を作ることの必然性や、その技術的な難点を差し引いたとして、どうやっても2兆円を下回ることはない」というものでした。

(注釈:彼の名誉の為に一応補足しておくと、本推計は本来「目算」だけでの試算は難しいものを、「あえていうならば経験的にザックリとどの位?」と僕が無理やり聞き出したものです。)

一方で、今回発表された大阪におけるIR市場規模から逆算して推計を行った同地域における開発規模は、関西経済同友会の発表によると6759億円。昨年1月に発表した開発イメージの4分の1程度の開発費にしかおよびません。となると、実際の夢洲のIR導入イメージは、例えば下記の画像の中の色を付けた部分程度にしかならないこととなります。(あくまでイメージ)

画像

さて、上で色の付いていない部分は完全なる空地として残ってしまい、リゾート地としては非常に残念な状況になってしまうのですが、さて一体どう処理をしましょうかね?

閑話休題

実は開催経済同友会によって上記の開発イメージ図が発表された当時、私はこのようなイメージ図の作成における「弊害」に関して、以下のようにコメントしました。少し長いですが引用します。

大阪統合型リゾート、イメージ映像とその弊害

http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/8708691.html

地域の統合型リゾート論議において、上記のように「イメージ画像、もしくは映像を作りたい」という要望が必ず上がってきます。これは多くの場合、「イメージを共有した方が地域内での論議が進めやすい」という政治的な要請に基づくものなのですが、私はこのような要望に対して、必ずその「弊害」に関してもお伝えすることとしています。

弊害1: 開発自体の実現性

当たり前なのですが、このような開発イメージは、その開発実施に責任を持たない第三者が勝手に作るものであって、その裏支えになる資金計画は元より、事業の収益性や経営効率などを全く度外視して作られるものです。[…]統合型リゾートのイメージを、実施責任を負わない者が勝手に作ることの「最初のリスク」は計画の実現性そのものにあります。

弊害2: 実際の開発イメージは入札で争われるもの

一方で、実際に地域に統合型リゾートを導入する時、実はこの種のデザインコンセプトも含めて開発計画全体を各事業者が提案する形式の総合評価型入札によって争われるのが通常です。当然ながら各事業者は己の知見、アイデアおよび、資金調達力などを勘案しながら、それぞれ独自の開発案を提示するのであって、あくまで地域はその中から「ベスト」と思われる計画を「選ぶ」だけの立場。逆にいえば、最終的に選ばれる開発は、何の実施責任も負わない主体が勝手に「お絵描き」したイメージ図とは、当然ながら違うものとなります。

弊害3: 実際の開発計画とイメージ図のズレがトラブルを起こす

そして、この初期のイメージ図と実際の開発計画のズレが、次なる問題を引き起こします。上述した通り、この種のイメージ図の作成は、多くの場合、「イメージを共有した方が地域内での論議が進めやすいという政治的な要請」に基づいて行われるものであるという事を述べました。すなわち、地域がIR導入計画を考え、そして域内合意を形成するにあたって、このように事前に作られたイメージが、域内の住民はおろか、地域行政や議会などでも必然的に共有されてゆくものとなります。

しかし、前出の通り、実際に導入段階で出てくる建設計画というのは、このイメージと全く別物となります。その際に起こり得るのが「話が違う」、「もっと●●なものが出来るつもりであった」という世論の「押し戻し」であり、同時に事前イメージを元に政治的決断をしてきた行政や議会としても、選ばれた実際の計画と、初期イメージのズレを許容できないものと成りがちです。

弊害4: 結果、「初期のイメージ案と同じものを作れ」という謎の要請が行政から行われる

このような事態が起こった時、もしくはそれが予見される時、行政側が起こすアクションというのは非常に容易に想像できるもので、開発実施に責任を持つ事業者に対して、無理やりにでも「初期のイメージ案と同じものを作れ」という要請が行われます。

そもそも、大阪カジノ構想の大きな間違いは2009年に大阪商業大学商経学会論集(第5巻、第1号)に掲載された「カジノ開設の経済効果」(佐和良作・田口順等)という論文に始まります。この論文は日本のカジノ市場が全体で3.4兆円にも及ぶとする試算額を示したものでありますが、実は私はこの論文に対して余りに荒っぽい手法によって桁違いの大きさの推計値を出しているものとして、幾度となく問題点を指摘してきました(参照)。

ところが、この論文はその後、大阪のカジノ市場規模を測る参考文献として、当時「大阪エンターテイメント都市構想研究会」(座長:橋爪紳也)と呼ばれた任意団体に持ち込まれることで現在の大阪カジノ構想の原型が形作られ、更にそれが関西経済同友会、大阪府・市へと引き継がれてゆくことで、現在の構想にまで発展してきたのが実情です。

そもそも220haという余りにも広大な開発用地が大阪IRの導入候補地となったのは、そこに有り余る需要があるとした「誤った想定」に基づくもの。また、現在は存在しない夢洲と本土を繋ぐ鉄道の敷設が計画に組み込まれたのも、それを十分に満たすだけの需要がその地にあるという前提に立ったものでありました。

ところがフタを開けてみれば、案の定、当地における現実的な需要推計値は想定よりも遥かに小さいものであったワケで、事業者がそこに投じるであろう開発費用も当初の想定をはるかに下回る6700億円程度(それでも十分大きいのだが)。そして、当然ながら今度はその6700億円の施設開発に対して、1000億円の鉄道敷設を行うことが果たして妥当なのかどうかという論議になるワケで、当初の間違った想定がここに来てすべての計画を大きく狂わせるところにまで至ってしまっているワケです。

そして、ステージは私が先に示した弊害4の段階に至ります。

【再掲】

弊害4: 結果、「初期のイメージ案と同じものを作れ」という謎の要請が行政から行われる

このような事態が起こった時、もしくはそれが予見される時、行政側が起こすアクションというのは非常に容易に想像できるもので、開発実施に責任を持つ事業者に対して、無理やりにでも「初期のイメージ案と同じものを作れ」という要請が行われます。

現在、大阪市は一連の誤った想定を元に、夢洲を大阪IRの誘致地域として既に確定してしまっているワケですが(参照)、この当初計画のまま無理矢理「初期のイメージ案と同じものを作れ」として計画を推し進めるのか。それとも、当初計画から大きく外れた現実的な数字が出て来たこのタイミングで、計画をより現実的な開発案 へと修正するのか(立地の再検討も含む)。私としては、そのように現在、大阪IR構想は非常に重要な局面に直面していると考えておるところ。

「君子豹変す」という言葉があるように、個人的には旧計画を臆面もなく「かなぐり捨てて」新たな計画案へと移行するのが最良の選択であると考えているところではありますが、大阪府・市の判断を息を飲んで見守りたいと思います。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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