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人間として多くを学び、コーチとしての礎となった桜宮での日々⑤。福島ファイヤーボンズ・森山知広

青木崇Basketball Writer
写真提供/B.LEAGUE

人間として懐の深さを示してくれた薫英・長渡俊一コーチ

 ウィンターカップ予選にあたる大阪府中央大会。桜宮高は準決勝まで勝ち上がったものの、大阪学院に77対80で惜敗。インターハイに続いて、あと一歩のところで全国大会に届かずという結果に終わった。

 女子はインターハイ予選もウィンターカップ予選も全国大会常連校、大阪薫英女学院に敗れた。チームを率いていたのは、2014年3月に亡くなった長渡俊一コーチ。かなり年下の森山であっても、試合会場で顔を合わせるとバスケットボールについて色々話し、学ぼうとする姿勢があったそうだ。

 また、当時の桜宮高は事件が発覚後に部活動ができず、再開後もなかなか対外試合をするのも難しい状況。だが、長渡コーチは「練習試合をしましょう」と森山に声を掛けたという。インターハイ予選でもウィンターカップ予選でも、対戦した際には最後まで主力を下げることなく、本気で桜宮高と戦っていた。インターハイ予選の試合後、長渡コーチは部員に花束を持たせ、「亡くなった子のお墓に供えてあげてください」という言葉を添えて桜宮高の部員に渡したという。

 そういった温かい心の持ち主だった長渡コーチは、森山にとって「女子のほうは同じ会場だった時にすごく助けられました」と話すくらい、精神面で大きな助けになると同時に、人間としての懐の深さを学んだ。

 しかし、現実はプロのコーチに教わっているというやっかみなど、桜宮高を敵視する人たちのほうが圧倒的に多かった。その理由は、教員である他校のコーチたちが前コーチとの親交や交流を持っていたことが大きい。高校の試合では、他校のコーチが試合の笛を吹くことが大半。「ジャッジが8対2くらいの割合に感じるんです」と森山が話すくらい、部員と保護者以外は完全なアウェイという状態だった。だが、それ以上に酷かったのが試合終了後。森山が握手しようとすると、完全に無視するレフェリーやコーチがいたという。

 いかなる事情があるにせよ、試合後の挨拶や握手はスポーツマンシップの一環。しかし、子どもたちの見本となるべき教員たちが見せた姿勢は、森山がコーチとして反面教師にしなければならないと強く認識するものだった。

桜宮高の経験を糧に福島のB1昇格を目指して全身全霊で今季に挑む

 2013年9月いっぱいで森山は桜宮高から離れ、大阪エヴェッサのアシスタントコーチの仕事に戻った。シーズンが終了すると、島根スサノオマジックのアシスタントコーチに就任。だが、チームが開幕から11連敗を喫し、12試合目で初勝利を手にした後にヘッドコーチ代行の仕事を託されてからは、プロチームの指揮官としてのキャリアを歩み始めた。

 当時島根を解任されたコーチは、森山の目指すコーチングと正反対。軍隊のような命令ばかりで、コミュニケーションがほとんどなかったという。一方の森山は桜宮高で大事にしてきたチームに共通する大きなルールを設定したうえで、自分たちに何ができるかを考え、プレーを選択することを選手たちに求める。と同時に、コミュニケーションによって、なぜそのような選択をしたのかを伝えられるようにすることも重視していた。森山のやり方が正しかったことは、島根が1勝11敗から残された40試合でチームを立て直し、プレーオフに進出したことでも明らかである。

 2015−16シーズンからライジング福岡(現ライジングゼファーフクオカ)、Bリーグが創設された2016−17シーズン以降は福島ファイヤーボンズのヘッドコーチを務めている森山。福島で迎える6年目は、B1に昇格しなければ成功のシーズンにならないという覚悟でシーズンに挑む。5月24日にジェネラルマネジャー(GM)兼ヘッドコーチとして契約を更新した際、森山は次のようなコメントをしている。

「いつも福島ファイヤーボンズにたくさんの応炎やご支援を頂きありがとうございます。 2021-22シーズンも福島ファイヤーボンズで皆さまと共に戦わせて頂くこととなりました。 安藤オーナー、西田代表の想いに自身ラストチャンスとして覚悟を決め、新たな挑戦も含め全身全霊を掛け職務に全うする所存です。結果以外求められない勝負のシーズンです。 “B1昇格”以外の目標はありません。 目標達成が可能なチーム編成をし、「誇れる福島」を体現するタフなチームを作ります。 何度でも立ち上がり、チャレンジする姿勢を貫きたいと思います。“福島が好き”この想いを結果に変え、戦って参ります。 新シーズンも福島ファイヤーボンズをよろしくお願いいたします」

 ここ3シーズン、福島の成績はいずれも負け越しで、プレーオフからも遠ざかっている。ヘッドコーチとしてだけではなく、GMとして選手の人事を任された以上、森山はB1昇格という結果で期待に応えることしか頭にない。選手たちが能動的に選択できる環境を作り、コミュニケーションを大事にするというやり方を学び、構築するきっかけとなった桜宮高での8か月は、森山にとってこれからもコーチングの土台であり続ける。

Basketball Writer

群馬県前橋市出身。月刊バスケットボール、HOOPの編集者を務めた後、98年10月からライターとしてアメリカ・ミシガン州を拠点に12年間、NBA、WNBA、NCAA、FIBAワールドカップといった国際大会など様々なバスケットボール・イベントを取材。2011年から地元に戻り、高校生やトップリーグといった国内、NIKE ALL ASIA CAMPといったアジアでの取材機会を増やすなど、幅広く活動している。

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