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世界を知る八村世代に直撃! 前田悟「自信を持っていた3Pシュートが飛躍の序章」

青木崇Basketball Writer
B1新人王選出で代表入りへの意欲が増した前田 (C)Takashi Aoki

シュートには絶対の自信を持っていた

 三遠ネオフェニックスとの開幕戦、前田悟は4本の3Pシュートを決めるなど22点をマーク。プレータイム中のプラスマイナスも+16と、ベンチから出てきたルーキーの大活躍によって、富山グラウジーズは勝利を手にした。この1戦は、前田がプロとして大きな自信をつかむきっかけとなり、文句なしの新人王選出への第一歩を踏み出したのである。

「あの時は本当に無我夢中でやっていたと言いますか、大黒柱のジョシュア・スミスがファウルトラブルになって、僕は控えのシックススマンとして出ていたのですけど、なんとかこの流れを変えよう、勢いつけようと無心でプレーしていました。そしたら全部入ったと言っていいくらいシュートが入ってくれてすごくインパクトを残せたので、大きかったかなと思います」

 昨季まで富山を指揮したドナルド・ベックコーチは、スターターとしてより多くのチャンスを与えただけでなく、成長し続ける前田への信頼度を上げていく。昨年末、レバンガ北海道戦の終盤で決めた3Pシュートのバスケット・カウントは、前田が選ぶ昨季のベスト・プレーというだけでなく、ビッグショットを決められるシューターになれることを示すものだった。

 山形南高、青山学院大での前田は、パワーフォワードでプレーすることが大半で、アウトサイドからシュートを打つ機会が少ない選手だった。しかし、ミニバス時代からシュート力に自信を持っており、2014年にアラブ首長国連邦のドバイで行われたU17ワールドカップのオーストラリア戦で4本の3Pシュートを決めている。シューターとしての可能性と自信は、バスケットボールを始めたころから持っていたのである。

「小中はシュートが得意で、めちゃくちゃ入っていたんですよ。シュートは得意だったんですけど、高校で本当に打たなくなりました。代表の時は打っていたんですけど、チームに戻ると打たなくなるので、そうなるとタッチも狂いますし、全然感覚もわからなくなり、自信もなくなって試合でも打たなくなるんですよ。でも、本当にジャンプシュートは得意でしたし、これがなくなったらダメだなとずっと思っていましたね」

U17ワールドカップのオーストラリア戦でシュートを放つ前田。この試合が個人としてのベストゲームだった。(C)FIBA.com
U17ワールドカップのオーストラリア戦でシュートを放つ前田。この試合が個人としてのベストゲームだった。(C)FIBA.com

八村塁はU16とU17の代表でチームメイトであり、高校ではライバル校のエース

 前田がキャプテンを務めたU17日本代表のメンバーには、1学年下の八村塁(当時明成高)がいた。平均22.6点で大会得点王になっただけでなく、アメリカ相手に25点を奪ったことがNBA選手へと駆け上がるきっかけになったことは、多くのバスケットボールファンが知るところ。前田にとって八村は、初対面の時から強烈なインパクトを持った選手だったと言う。

「初めて会ったのはカズカップ(春に八王子で行われるトーナメント)、塁が中3で僕が高1の時。粗削りだけど身体能力がすごくて、最初“なんだこいつは!”という感じでした。今までハーフとかいなかったじゃないですか。でも、みるみる上達してすごい選手になっていました。代表で一緒にやった時とか意外におちゃらけているところがあったんですけど、バスケになるとすごい真っ直ぐですし、負けず嫌い。そういったところが(あるから)あそこまで成長できたんだなと思えます。

 細く見えて体も強かったんですよ。僕は高校時代一番大きかったのでマッチアップしていたんですけど、どうしてもゴール下では敵わないので、チームでもどうやって塁を止めるかみたいなことは考えていましたね、明成と当たることが多かったので…。僕は外からですね。小さい選手がついてきた時はローポストでのプレーとか、ファウルをもらうことを結構やっていたのですが、塁の時は外からのシュートから組み立てて、できたらドライブに行ってという感じでやっていました。でも、そうすると明成はゾーン(ディフェンス)をやってくるので、そうなると歯が立たなかったですね(苦笑)」

2014年のU17W杯に出場した日本代表。4番が前田。(C)FIBA.com
2014年のU17W杯に出場した日本代表。4番が前田。(C)FIBA.com

 U17日本代表でキャプテンを務めた前田にとって、38対122という大敗を喫したアメリカ戦の衝撃は、今もクリアに覚えている。同年代の世界最高レベルを体感できたことが、Bリーグのプロとして活躍できるレベルに成長する原動力になった。

「アメリカとやった時は、日本が弱いとわかっているので本気でやってくるんです。いいプレーをしようとして…。もちろん、身体能力、体の強さ、身長も違うんですけど、1個1個のスキルも全然違うなと。本当に衝撃でしたね、これがアメリカなんだと…。身体能力だったり、体の強さは全員わかっているんですけど、スキルで劣っているなと。パスにしても、ドリブルにしても、ステップにしても、シュート力も全然違う。その衝撃は高校時代に受けましたね。

 少なくともあの頃は、世界でプレーしただけで日本に戻ったらすごく自信がありましたけど、自分のレベルの低さも痛感しました。これじゃダメだと思ってもっと練習しましたし、それが今につながっていると思います」

新人王選出で芽生えた日本代表への強い思い

 三遠との開幕戦をきっかけに、前田はルーキーながら富山の日本人選手として最高の平均11.5点を記録した。3本以上の3Pシュートを決めた試合は15回を数え、シーズンがキャンセルになる前の直近4試合で52%(25本中13本成功)という高確率。子どものころに自信を持っていたシュート力は、プロとして活躍するために欠かせない大きな武器になった。そして、Bリーグ新人王に選ばれたことで、日本代表への思いも強くなっている。

「正直なところ、このシーズン中はまったく意識していませんでしたけど、だんだんトップチームでもやれるなという風にわかってきました。自信がついてきたところで新人王を受賞でき、日本代表になれるんじゃないかという声が聞こえてきて、プロでやっている以上チャンスがあるなら絶対につかみたいですし、もう1回海外相手にプレーしたいという思いもあります。今は課題もたくさんありますし、超えなければならない先輩たちもたくさんいます。そこは来シーズンに向けて欲が出ていますね」

 昨年のワールドカップを見て前田は、シュート力、3Pの決定率が低いと感じたという。それは、武器となったシュート力にもっと磨きがかかれば、代表入りへの道筋が見えてくることを意味する。6年前のように八村と一緒に世界を相手に戦うということが、今の前田を駆り立てる大きなモチベーションなのはまちがいない。

「彼はNBAでバリバリに活躍していますが、あの頃より僕も成長しています。塁ははるかに成長しているので、もう1回プレーしたいという思いはあります。塁は富山県出身ですし、僕も富山グラウジーズの一員として(代表に)入って一緒にプレーできれば、さらに富山のバスケットが盛り上がると思います。チャンスは自分でつかむしかないです。応援、後押しもたくさんしてくれている声を聞きますし、上がるなら今なのかなとということで、チャンスをつかみたいなと思います」

Basketball Writer

群馬県前橋市出身。月刊バスケットボール、HOOPの編集者を務めた後、98年10月からライターとしてアメリカ・ミシガン州を拠点に12年間、NBA、WNBA、NCAA、FIBAワールドカップといった国際大会など様々なバスケットボール・イベントを取材。2011年から地元に戻り、高校生やトップリーグといった国内、NIKE ALL ASIA CAMPといったアジアでの取材機会を増やすなど、幅広く活動している。

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