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井上尚弥が、タパレスとの『4団体世界王座統一戦』を前に「危機感がある」と口にした理由─。

近藤隆夫スポーツジャーナリスト
2階級「4団体世界王座統一」に挑む井上尚弥(写真:山口フィニート裕朗/アフロ)

タパレスに対するイメージの変化

「バンタム級に続いて、2階級での『4団体(世界)王座統一』がかかる大きな試合になります。そこでファンの方に圧倒的な強さを見せ、KOで勝ちたい」

12月26日、東京・有明アリーナでスーパーバンタム級「4団体世界王座統一」をかけ井上尚弥(WBC&WBO王者/大橋)とマーロン・タパレス(WBA&IBF王者/フィリピン)が闘うことが正式決定。横浜市内のホテルで10月25日に開かれた発表記者会見において、井上は決意をそう口にした。

スーパーバンタム級転向から僅か2戦目で井上は「4団体世界王座統一」のチャンスを摑んだ。バンタム級時には、1つ目のタイトル獲得から約4年半もの歳月を要したことを考えれば、順風満帆。

そして、このタパレス戦も多くの識者、関係者が「井上の圧勝」を予想している。モンスターが年内にテレンス・クロフォード(米国)に並ぶ2階級「4団体世界王座統一」を果たす可能性は高い。

10月25日、横浜ベイシェラトンホテルでの記者会見においてタパレス戦に向けての決意を口にする井上尚弥。試合の模様は「Lemino」で独占無料生配信される(写真:SECOND CARRER)
10月25日、横浜ベイシェラトンホテルでの記者会見においてタパレス戦に向けての決意を口にする井上尚弥。試合の模様は「Lemino」で独占無料生配信される(写真:SECOND CARRER)

会見でメディアからタパレスの印象を問われた井上は、次のように話した。

「以前は、それほど試合を観ていなかったこともあり、ゴリゴリのファイターだと思っていた。でも最近の試合映像を観て印象が変わりました。

上体の動きが柔らかく、ディフェンスも巧い。当初思っていた以上にテクニックも備えている」

そして会見後の囲み取材では、こうも言った。

「タパレスに対する周りの評価以上に自分は、危機感を感じています。本当ですよ。パワーパンチャーではあるし、独特のタイミングで殴ってくる。気は抜けません」

「危機感」の持続こそが井上の強さ

「危機感」という言葉が井上の口から発せられたのには少々驚いたが、試合を盛り上げるための発言ではなく本音だろう。

これまでの両者の闘いを観る限り、井上が実力で上回っていることは明らかだ。それでも彼が話した通り、タパレスはファイトスタイルを少し変え、またここ数年でスキルをかなりアップさせている。

そのことは、過去の試合映像からもよくわかる。

40戦37勝(19KO)3敗の戦績を誇るフィリピンのサウスポーは、2010年代後半に日本のリングにも幾度か上がっており、その際は生粋のファイターだった。2019年12月には米国ニューヨークでIBF世界バンタム級暫定王座を巡って岩佐亮佑(セレス)と対戦、この時は11ラウンドTKO負けを喫しているが闘い方はパワーファイターであった。

ところが今年4月、米国サンアントニオでムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)を判定で下しWBA&IBF世界スーパーバンタム級王座を奪取した試合では、随所でディフェンスの巧さを見せており、無理な攻め方もしていない。ファイターであることに変わりはないが動きが練れ、クレバーさも加わったことがうかがえる。

7月、井上尚弥がスティーブン・フルトンに勝利した直後、会場を訪れ観戦していたマーロン・タパレス(左)がリングに登場。互いにベルトを掲げ「闘おう!」と誓い合った(写真:山口フィニート裕朗/アフロ)
7月、井上尚弥がスティーブン・フルトンに勝利した直後、会場を訪れ観戦していたマーロン・タパレス(左)がリングに登場。互いにベルトを掲げ「闘おう!」と誓い合った(写真:山口フィニート裕朗/アフロ)

井上が言う「危機感」は、相手の出方が読めない点にもあろう。

現在、タパレスは米国ラスベガスを練習拠点に、さらなる上積みを得ている。また井上に対する対策にも余念がない。レベル的には井上が上位とはいえ、何を仕掛けてくるのかわからない怖さがあるのだ。

スーパーバンタム級最強と称されていたスティーブン・フルトン(米国)に勝利した井上にとって、タパレス戦はイージーファイトと観る向きもあるが、闘う本人は、そうは思っていない。

「『実績を積んできている』のと『強さ』は同じじゃない。フルトンは巧さで勝ってきた選手だと捉えています。強さは、タパレスの方により感じる。

ハングリー精神だったり、この試合で人生を変えてやろうという気持ちがタパレスは凄いと思う。フィリピン人初の『4団体(世界王座)統一』もかかっているし。だから自分も、あと2カ月で最高の状態をつくってリングに上がり倒しにいきます!」

現在、すでにスパーリングを始めているが、パートナーはタパレスとタイプの似たフィリピン人選手ではなく、メキシコ人選手。これはなぜか?

「自分からのリクエストです。フィリピン人のスパーリングパートナーだと情報が漏れちゃうこともあるので。だから自分からパートナーはメキシコ人にして欲しいと(大橋秀行)会長に話しました」

この辺りも井上は用心深い。

圧倒的な強さを誇示しながらも、常に「危機感」を持ち闘いまでの日々を過ごす。そこに慢心はない。これが、モンスターが今日まで勝ち続けてきた大きな要因でもある。

最後に彼は、こうも言った。

「(『4団体世界王座統一』の)記録ありきではなく、強い相手と闘いたいという思いでこの試合を組んでもらった。自分がどんなパフォーマンスをできるか、どこまで強くなれるのか、そこを追い求める。記録は、その結果についてくるもの」

12・26有明で井上尚弥は、いかなる闘いで魅せてくれるのか─。

スポーツジャーナリスト

1967年1月26日生まれ、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から『週刊ゴング』誌の記者となり、その後『ゴング格闘技』編集長を務める。タイ、インドなどアジア諸国を放浪、米国生活を経てスポーツジャーナリストとして独立。プロスポーツから学校体育の現場まで幅広く取材・執筆活動を展開、テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活躍している。『グレイシー一族の真実』(文藝春秋)、『プロレスが死んだ日。』(集英社インターナショナル)、『情熱のサイドスロー~小林繁物語~』(竹書房)、『伝説のオリンピックランナー”いだてん”金栗四三』、『柔道の父、体育の父  嘉納治五郎』(ともに汐文社)ほか著書多数。

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