Yahoo!ニュース

なぜ朝倉海は何もできぬまま扇久保博正に敗れたのか?波乱の結末『RIZIN.33』の真相──。

近藤隆夫スポーツジャーナリスト
第3ラウンド、扇久保博正のパンチを浴びる朝倉海(写真:RIZIN FF)

準決勝で右手を骨折

「悔しいの一言に尽きます。応援してくれた人たちとの約束が守れなくて申し訳ない。バンタム級の日本人最強を決めるトーナメントで自分が優勝して、格闘技界を盛り上げるつもりだったのに不甲斐ない闘いをしてしまった」

完敗を喫した直後、意気消沈した表情でメディアの前に現れた朝倉海(トライフォース赤坂)は、そう話した。

2021年大晦日、さいたまスーパーアリーナ『RIZIN.33』のメインエベント「JAPAN GP2021バンタム級トーナメント」決勝は、波乱の結末となった。

この日の第2試合、第3試合で行われた同トーナメント準決勝で「本命」朝倉は、新鋭・瀧澤謙太(フリー)に順当に勝利。だが「対抗」あるいは「W本命」とも目されていた井上直樹(セラ・ロンゴ・ファイトチーム)は、1ラウンド目こそ試合を優位に進めるも、2ラウンド途中から失速。以降、伏兵・扇久保博正(パラエストラ松戸)に削られ続け判定で敗れた。番狂わせに超満員(観衆22499人/主催者発表)のアリーナ内が騒然となる。

これにより、決勝のカードが「朝倉海vs.扇久保博正」となった。

大方は、この時点で朝倉Vを疑っていなかった。

なぜならば、両者は約1年4カ月前に『RIZIN.23(神奈川・ぴあアリーナMM)』で対戦しており、その試合で朝倉がKO圧勝していたからだ。

だが、試合は意外な展開となる。

1ラウンドから朝倉の動きが硬かった。そこへ扇久保がローキックを連射していく、カーフ(ふくらはぎ)狙いだ。本来なら、ここに右のパンチを合わせ攻め入るはずの朝倉が動かない。いきなり試合のペースを扇久保が握った。

2ラウンド以降も、扇久保ペースが続く。打撃戦で積極的に攻め主導権を譲らず、タックルを仕掛けてテイクダウンも奪う。最終の3ラウンドも流れは変わらず試合終了のゴングが打ち鳴らされた。

3-0、扇久保が勝利、「本命」朝倉が何もできぬまま敗れた。

アップセット。前戦とは大きく異なる展開と結果。朝倉に何が起きていたのか?

勝利を告げられ歓喜する扇久保博正。敗者となった朝倉は、茫然としながら小さく手を叩いた(写真:RIZIN FF)
勝利を告げられ歓喜する扇久保博正。敗者となった朝倉は、茫然としながら小さく手を叩いた(写真:RIZIN FF)

実は朝倉は、準決勝の瀧澤戦で右手を骨折していた。

トーナメント2回戦(9月19日『RIZIN. 30』ヒロ・ヤマニハ戦)で傷めたのと同じ右拳。幾度か痛み止めの注射を打ち決勝に挑んだ朝倉だったが、普段通りのパフォーマンスは発揮できなかったのだ。

「言い訳はしたくない。シンプルに自分が弱かった」

そう話した朝倉だが、右拳を壊してしまったことは敗因の大きな一つだったろう。

敗戦後、インタビュースペースでメディアの質問に答える朝倉海。「一からやり直す。もっと努力しないといけない」と静かに再起を誓った(写真:SLAM JAM)
敗戦後、インタビュースペースでメディアの質問に答える朝倉海。「一からやり直す。もっと努力しないといけない」と静かに再起を誓った(写真:SLAM JAM)

奇跡ではない、努力の結晶

朝倉は、こうも話した。

「(扇久保は)試合運びも上手かった。研究もされていた」

つまりは、扇久保の実力、戦略、そして気迫が予想以上のものだった。これも彼にとって計算外だった。

試合後に扇久保は言った。

「昨年の大晦日の朝倉選手の試合(vs.堀口恭司)を観て、カーフは入ると思い作戦を立てました」

その通りに試合序盤にローキックを集中砲火、これで朝倉の出足を止め、一気に試合のペースを握った。以降は気迫を前面に押し出し、また自分の長所である総合力をフルに活かし最後まで集中力を切らすことなく闘い抜いたのだ。

1年4カ月前とは別人のように見えた。

「前回は、打撃で闘うことに固執してしまったのが反省点でした。それに頭を下げてしまう癖があったので、そこも直しました。

井上選手、朝倉選手は打撃が突出して強い。でも僕は(打撃も、組みも、寝技も)全部できる。そこを活かしたかった」

扇久保は、16年間の格闘技人生でやってきたことすべてを大晦日のリングで発揮し勝利を掴んだのである。

「もう一人、やり返さないといけない相手がいる」とも試合後に話した扇久保博正。2022年、堀口恭司との再戦は実現するのか?(写真:SLAM JAM)
「もう一人、やり返さないといけない相手がいる」とも試合後に話した扇久保博正。2022年、堀口恭司との再戦は実現するのか?(写真:SLAM JAM)

思い出すことがある。

トーナメント2回戦が行われた9月の『RIZIN.30』対戦カード発表記者会見で、彼はこう予言していた。

「井上選手も朝倉選手も準決勝に勝ち上がってくる。準決勝で井上選手に勝ち、決勝で朝倉選手にリベンジして僕が優勝する」

その時は、自らの闘志を掻き立てるための発言程度に捉えていたが、それだけではなく明確にイメージも作り上げていたのだろう、自分を信じて。それが大一番でピタリとはまった。

優勝直後には、リング上から「ここまで自分を支えてくれた」彼女にプロポーズし大観衆から祝福も受けた。終わってみれば、脇役と見られていた扇久保博正のための「バンタム級GPトーナメント」だった。

奇跡が起きたのではない、努力が報われたのだ。美しき格闘技ドラマで2021年は締めくくられた─。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

スポーツジャーナリスト

1967年1月26日生まれ、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から『週刊ゴング』誌の記者となり、その後『ゴング格闘技』編集長を務める。タイ、インドなどアジア諸国を放浪、米国生活を経てスポーツジャーナリストとして独立。プロスポーツから学校体育の現場まで幅広く取材・執筆活動を展開、テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活躍している。『グレイシー一族の真実』(文藝春秋)、『プロレスが死んだ日。』(集英社インターナショナル)、『情熱のサイドスロー~小林繁物語~』(竹書房)、『伝説のオリンピックランナー”いだてん”金栗四三』、『柔道の父、体育の父  嘉納治五郎』(ともに汐文社)ほか著書多数。

近藤隆夫の最近の記事