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「イランの民兵」、沈黙せず

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2024年2月3日(日本時間)未明のアメリカ軍によるイラクとシリアでの「イランの民兵」やイランの革命防衛隊の拠点とされるものへの攻撃について、両国政府・軍をはじめとする当事者からの発表が出るにつれ、攻撃場所や被害についての情報も明らかになってきた。シリアの国防省は、イラクとの国境付近の諸地域への攻撃で民間人と軍人複数が死傷したと発表したイラクの人民動員隊は、アンバール県カーイム軍の諸拠点への攻撃で16人が死亡、36人が負傷、複数が行方不明、アンバール県の他の拠点でも7人が死亡と発表するとともに、アメリカ軍によるイラクの公式な治安部隊への攻撃はイラクの主権を明らかに侵害すると指摘した。また、攻撃の前後の動向で興味深い点は、2日にイスラエル軍が(あたかもアメリカ軍と連携するかのように)ダマスカス南部の諸拠点をミサイル攻撃したことと、オマーンの外相が3日中にイラク、シリアの両国外相と電話会談していることだ。オマーンは、アメリカやヨーロッパ諸国とイランとの間に問題が発生した時に重要な役割を果たすことが多々あるので、このタイミングでの動きには「何かある?」と勘繰りたくもなる。

 では、主要な当事者である「イランの民兵」の反応はどうだろうか?アメリカから見れば、今般の攻撃はイラン領を避ける、「報復」宣言から日数をあけた、範囲や強度を限定したなど「相当工夫した」ものである。これは、攻撃の「メッセージ」をイランが理解し、同国が「イランの民兵」を統制してアメリカ軍への攻撃をやめさせることを期待してのことだろう。しかし、実態はそんな単純なものではない。何度も指摘してきたとおり、イラクでもシリアでも、「イランの民兵」と呼ばれる団体は複数あり、それらは各々イランとの関係も、イランに対する親近感も、個々の利害関係もバラバラなのだ。つまり、イランのどこかに「イランの民兵」を一括して統制できる権力があるとはちょっと考えにくい。また、長年イラクでの民兵諸派の活動を観察していると、諸派のいずれかから「統制不能な分子が分裂した」(ことにして)アメリカ権益への攻撃を繰り返すということも何度もある。今般の攻撃に対しても、イラクにおける「イランの民兵」の老舗団体である「ヌジャバー運動」が「適切と考える時と場で反撃する」と表明しており、「イランの民兵」の全てが直ちに、そして長期的にアメリカ軍基地への攻撃をやめるとはちょっと考えにくい。

 実際、2月3日にも「イラクのイスラーム抵抗運動」名義で、イラクのアルビル、シリアのハラーブ・ジールの2カ所のアメリカ軍基地を無人機で攻撃したと発表する声明と動画が出回った。攻撃によりアメリカ軍に死者が出ると、「イラクのイスラーム抵抗運動」の側にとっても面倒なのは今般の攻撃でも明らかだ。しかし、「イラクのイスラーム抵抗運動」がアメリカによる「報復」で壊滅したり、「報復」に恐れをなしたりしてアメリカ軍への攻撃がなくなったわけでもないのも明らかになった。

 2月4日には、アメリカ軍・イギリス軍がイエメンでアンサール・アッラー(蔑称:フーシー派、フーシ派など)の拠点を攻撃した。この攻撃も、アメリカによる「報復」の一環と位置付けられており、それによるとアメリカの「報復」は始まったばかりだそうだ。とはいえ、現在の水準でのアメリカなどによる攻撃では、広範囲に多様に分布する「イランの民兵」を根絶することはできないだろう。また、さらに強力な攻撃や脅しで彼らを殲滅したり黙らせたりしろとの類の非難も、紛争の現場から乖離した絵空事に近い。アメリカをはじめとする外部の当事者が、自国の内政上の事情を優先して紛争地への対処を決めた結果は、かつてのイラク戦争や2021年以降のアフガニスタンを振り返れば十分予想できるだろう。ともかく、更なる強硬論も含む現在唱えられている方針や現在実践されている軍事行動によって期待する成果を上げるのは難しいのは間違いない。「イラクのイスラーム抵抗運動」は、今後もアメリカ政府・軍に面倒な思いをさせる程度に「騒ぎ続ける」のではないだろうか。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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