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ガザでの戦闘:「戦闘の一時休止」の陰でパレスチナ人の強制移住はほぼ確定する

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2023年11月24日以来の、イスラエルとハマースとの間の「戦闘の一時休止(人道停戦)」、「人質(捕虜)交換」の期間が、当初の4日間から2日間延長となった。これを受け、今般の戦闘に関連する報道や外交動向は、解放された人質(捕虜)の身元や家族との再会物語、ガザ地区に搬入される援助物資の量や内容、「戦闘の一時休止(人道停戦)」期間の延長に関するものが大半を占めるようになった。また、アラビア語の報道では、「ハマースの殲滅、捕虜交換交渉の拒否を主張していたイスラエルが、交渉や合意の締結を余儀なくされた」とか、「忘れられかけていたパレスチナ問題に世界の関心を引き戻した」とか主張してハマースの勝利を喧伝する解説がそこら中に現れるようになった。しかし、忘れてはならないのは、「戦闘の一時休止(人道停戦)」がどれだけ延長されようが、これが「恒常的な停戦」に置き換わろうが、ガザやパレスチナだけでなく地域の情勢は悪化の一途をたどり、改善策は全く講じられていないことだ。それどころか、世間の耳目が「戦闘の一時休止(人道停戦)」、「人質(捕虜)交換」に集中する中、イスラエル軍によるガザ地区の住民追放の固定化、強制移住につながる既成事実の固定化は着々と進んでいる。

 これを如実に示すのが、2023年11月28日付読売新聞の「イスラエル、ガザ北部に東西横断道路8kmを新たに整備か…長期戦見込んだ対応との見方も」と題する記事だ。報道は、衛星写真を分析した結果に基づき、11月21日の時点でガザ地区を東西に分断するイスラエル軍の作戦道路が複数建設されていると指摘する内容で、道路の建設をイスラエル軍がガザ地区での戦闘再開とその戦闘の長期化に備えるものと評している。ガザ地区での戦闘については、当初から衛星写真を用いてイスラエル軍の行動や意図を分析しようとこころみた報道があった。しかし、上記の報道は、大方が「戦闘の一時休止(人道停戦)」、「人質(捕虜)交換」という「一時しのぎ」に幻惑されている間に、イスラエル軍がガザ地区を「横断」する施設を複数構築し、それを長期間維持するつもりだと報じた点で、世界的に見ても傑出した報道・分析だといえる。それが一時的であろうと恒常的であろうと、イスラエル軍が軍事作戦に使用する以上、問題の道路にパレスチナ人が立ち入ったり、道路を横切ったりしてよいわけがない。また、敵の攻撃や侵入を防止するため、件の道路は両側に壁なり土塁なりを設置し、ところどころに監視塔や哨戒施設を備えることになるだろう。となると、ガザ地区は相互の往来が遮断された複数の小街区に分割され、個々の小街区への物資の供給やそこへの出入りはことごとくイスラエル軍の都合次第ということになる。

 しかも、当該記事に掲載された衛星写真には、道路がそれまで農地や宅地・商用地だったところを最大20~30mにわたって幅広くえぐり取って建設されている。これでは、たとえいつかイスラエル軍がいなくなったとしても、元の農地・宅地・商用地を使用していた者たちがそれを復旧するのは絶望的に困難だ。実は、ヨルダン川西岸地区でもすでにイスラエルが使用する道路や入植地によってパレスチナ人の居住地が分断され、個々の居住地の出入りが著しく困難な状況が確立している。つまり、イスラエル軍が建設した道路は、パレスチナ人民がその地に居住することを非常に難しくするための堀や壁として機能するものだということだ。「ガザ地区は今後どうなるのか」、或いは「同地区を今後どうするのか」についてはすでにいくつかの可能性が論じられている。イスラエル軍による道路の建設は、既に提起されている可能性の中で「ガザ地区を居住不能にしてパレスチナ人民をよそに強制移住させる」という選択肢に向けた既成事実を積み重ねることに他ならない。

 「戦闘の一時休止(人道停戦)」、「人質(捕虜)交換」は、イスラエル軍をガザ地区から引き揚げさせるものではないし、同軍の行動を大幅に制限するものではない。このことは、「戦闘の一時休止(人道停戦)」、「人質(捕虜)交換」の期間を延ばせば延ばすほど、イスラエル軍がガザ地区を居住不能にするための様々な施設の建設が放任されることを意味する。パレスチナ人民は、様々な理由からガザ地区を含む現在の居住地から出ることができない人々であるか、「絶対出ない」と強く誓っている人々だ。停戦、人質(捕虜)交換、人道物資の搬入が、眼前の破壊と殺戮と飢餓に歯止めをかける上で大切なことなのは疑いないが、それに気を取られるあまり強制移住の下準備を加速させては本末転倒だろう。「アクサーの大洪水」攻勢開始前から、ガザ地区は天井のない監獄といわれるほどの惨状を呈していたが、このままではその監獄が一段と狭い独房に細分化され、しまいには屋根までかけられることになりかねない。現在の戦闘停止にはいろいろな国や当事者が関与しているといわれているが、各国・各当事者がイスラエル軍の行動を放任したままで仲介や交渉を進めているというのならば、関係諸国はみなパレスチナ人の強制移住(少なくともガザ地区の「非居住化」)の推進者に見えてしまう。

 ハマースについても、ここまでの不手際や党利党略を断罪される日が来そうな趨勢だ。なぜなら、ハマースは「アクサーの大洪水」攻勢開始以来、侵略と占領と入植によって長年パレスチナだけでなく地域全体に積み重なってきた不正を解消するための具体的な手順と要求を一言も語らなかったからだ。「人質(捕虜)交換」を成果として誇ったとしても、今般の合意で200人弱のパレスチナ囚人が解放されるのに対し、10月7日以来イスラエル軍が逮捕したパレスチナ人の数はヨルダン川西岸地区だけで3000人を優に超えており、費用対効果は著しく悪い。また、仮にハマースの活動家や、反占領抵抗運動の象徴的人物を「奪還」したとしても、抵抗運動に展望が開ける保証は皆無だ。また、ここまでの戦闘で殺傷したイスラエル兵の数や破壊したイスラエル軍の装備の数、イスラエルの経済や社会にかけた負担を戦果と考えるにしても、その結果がガザ地区からの強制移住やあくまで残留する者たちにとっての生き地獄ならば、「アクサーの大洪水」攻勢の戦術的・戦略的目的はいったい何だったのだろうか?

 繰り返すが、呼び方が何であろうとも目の前の破壊と殺戮と飢餓は止めなくてはならない。しかし、それに夢中になるあまり、パレスチナ人民にとって大局的に「死ぬよりつらい」責め苦を負わせることを確定させるにも等しい現在の事態の推移を放置してはならないのだ。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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