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ガザでの戦闘:アメリカ・イスラエルと「イランの民兵」との対決はエスカレーションへ

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 イスラエルとハマースとの間に、「人質(≒捕虜)交換」や「戦闘の一時休止」の合意が成立したらしい。しかし、合意の成立自体は現下の戦闘に対処するための方策であり、目標ではない。また、当事者が合意を真剣に履行する保証はどこにもない一方、合意の履行を放棄する口実は掃いて捨てるほどあるので、実際に戦闘が止まり、囚われた人々の安否が確認され、彼らが解放されるまでこれについて論評するのは時間の無駄ですらある。さらに悪いことに、この合意があたかも「問題解決の端緒」であるかのように誤認される一方で、合意はあくまでガザ地区という局所の時限的な合意に過ぎないという事実が視聴者から遠ざけられている。実際のところ、本稿執筆時点でガザ地区での戦闘は止まっていないし、レバノン、シリア、イラク方面での諸当事者の交戦の強度や緊張の程度は着実に上がっている。

 10月中旬以来、イラクのアメリカ軍基地や、シリア領を不法占拠するアメリカ軍の施設に対する攻撃が続き、大半について「イラクのイスラーム抵抗運動」名義の戦果発表声明が出回るようになった。中東諸国の中でも、レバノン、シリア、イエメン、パレスチナ、そしてイラクには「イランの民兵」と総称される武装集団や民兵が多数あり、これらは様々な理由や利害関係でイランと結びついている。その一方で、個々の民兵組織とイランとの関係やイランの影響力の程度はまちまちで、「イランの民兵」が自らの利益や安全を顧みずにイランの指令を実行する保証なんて全くない。イラクには「イランの民兵」がいちいち名前を挙げるだけで半日はかかりそうなくらいたくさんある。それらの一部はアメリカ軍のイラク駐留(こちらは一応イラクとアメリカとの二国間合意に基づいている)を違法な占領とみなすものもあれば、別の一部は政治部門や国会議員を擁してイラクの政治過程に参加し、その中で「大人の振る舞い」を心掛けている。しかも、イラクにいる「イランの民兵」の大半は、2014年以来「イスラーム国」との戦闘の矢面に立ち、「人民動員隊」というイラク政府傘下の公式な治安維持部隊としての地位を享受している

 たいていの場合、イラクにいる「イランの民兵」によるアメリカ関係の施設への攻撃は、「イランの民兵」の側からの何らかの政治的な不満の表明、メッセージとしての攻撃であり、「イランの民兵」の中に武装抵抗運動で本気でアメリカ軍を追い出すことができると考えている者、アメリカ軍を追い出すくらいの武装抵抗運動をやりたいと思っている者は幹部から下っ端の兵士に至るまで、きっと一人もいないだろう。そんな彼らがパレスチナでの戦闘に連動する形でシリアやイラクのアメリカ軍基地を攻撃するようになったとしても、それはあくまで不満の表明やメッセージとしての「ルール」の範囲内の定型的な攻撃だ。その際、具体的にどの団体がやったのか名乗らずに「イラクのイスラーム抵抗運動」名義で戦果を発表するのも、責任の所在をあいまいにし、誰もイスラエルによる破壊と殺戮と、それを放任するアメリカとちゃんと論争したり対決したりするつもりはないという意思表示だと考えてよい。ちなみに、ここまでの「イラクのイスラーム抵抗運動」によるアメリカ軍基地への攻撃は60件以上発生し軽傷者が数十人いるが、死亡した者は一人もいない。

 警戒すべきことは、イスラエルとアメリカの側に、「イランの民兵」やその仲間たちが上記のような既存の「ルール」に沿って戦闘を制御しようとしていることを理解できないか、耳を貸さないかしている者たちがいることだ。実際、11月17日にアメリカの国務省は「イランの民兵」の一つの「サイード・シュハダー部隊」を一連の攻撃の実行者として国際テロ組織に指定してしまった。つまり、ガザ地区での「戦闘の一時休止」や「人質(≒捕虜)交換」合意は、こちらの方面での緊張緩和の意志や試みとは全く別問題で、引き続きこちらの方面での戦闘や緊張は厳しい局面にあり続けるということだ。実際、ガザ地区に関する合意の成立が報道機関で華々しくもてはやされるのと同じ11月21日~22日にかけて、シリアではイスラエルが首都ダマスカス近郊をミサイル攻撃し、イラクではアメリカ軍がアメリカ軍基地攻撃の実行者として「人民動員隊」や「ヒズブッラー部隊」の施設を攻撃し、諸派の構成員8人を殺害した。また、レバノンでもイスラエルの攻撃の対象がヒズブッラーをはじめとする抵抗運動の戦闘員や施設だけでなく、民間の施設や報道機関の要員にまで拡大し、著名な衛星放送局「マヤーディーン」(親シリア、親ヒズブッラーということになっているが、ヒズブッラーやシリア政府傘下の機関ではない)の記者とカメラマンを殺害した。

 シリアやレバノンでは、諸当事者が依然として「ルール」の範囲内での反応に努めているようだが、イスラエルやアメリカとの対峙の経験が短く「ルール」がしっかり確立しているとは限らないイラクでは、「人民動員隊」そのものや傘下の諸派からモニターするのがおっくうになるくらい大仰な声明がたくさん発信されるようになった。彼らが実力行使に出るつもりがないとしても、イラクの政局やイラクで誘拐されたと思われるイスラエル人の問題で悪影響が出ることは確実だ。要するに、仮にガザ地区の情勢が多少好転しても、世論がそれに安どしている同じ時にレバノン、シリア、イラク方面で当事者のいずれかが事態を一挙に悪化させる行為に出る可能性が大いにある、ということだ。本来、今般の情勢の鎮静化や解決に向けた国際的な取り組みはガザ地区に局限されたものでなく、アラブ・イスラエル紛争全般を視野に入れた公正かつ包括的なものになるべきだ。この視点が欠落しているが故に、地域の情勢はいつまでたってもよくならないともいえる。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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