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イラク:「イランの民兵」のアメリカ攻撃も新段階を迎える(とは限らない)

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(提供:Iraqi Prime Minister's Media Office/ロイター/アフロ)

 世界中のあらゆる人道精神が何ら具体化されることない中、イスラエル軍によるパレスチナ(ガザ地区だけではない)での破壊と殺戮だけが続いている。こうした中、11月3日に過去1カ月間情勢に刺激されてシリアとイラクにあるアメリカ軍の基地を攻撃し続けてきた「イラクのイスラーム抵抗運動」が攻撃を新段階に移行させると発表した。「新段階」では死海沿岸やエイラートなど、パレスチナの被占領地を攻撃したと称する戦果発表も出回るようになった(詳細は青山弘之教授が執筆した稿を参照されたい)。

 イラクでも、「イラクのイスラーム抵抗運動」と称して攻撃の主体をあいまいにする情報発信から少しだけ「新段階」へ移行したような兆しがみられる。11月1日には、「洞窟の仲間たち」名義で「イラクには単独行動しているアメリカ人がたくさんいる」と述べて、イラク国内でアメリカの外交官や民間人が攻撃や誘拐の対象になる可能性をほのめかす声明が出回った。また、5日には同じ名義で、アメリカ大使館こそが地域のテロリズムの源泉と主張し、在イラク・アメリカ大使館とアメリカ人を攻撃対象にすると脅迫する声明が出回った。さらに、同日には「血の守護者たち隊」名義で、既にイスラエルの情報機関の者複数を捕獲していると主張する声明が出回った。もっとも、こちらはこの情報が出回った後、「血の守護者たち隊」がSNS上のアカウントを整理して「唯一の公式アカウント」を設置した際に否定されたようだ。ここで名前を挙げた諸派は、いずれも「イランの民兵」と総称される民兵諸派の一部であり、過去にもイラク国内でアメリカ軍やアメリカ権益を攻撃したと主張する声明や、攻撃を予告する脅迫声明を発表している。こうしてみると、パレスチナでの破壊と殺戮が続く中、イラクで活動する「イランの民兵」もアメリカ(とイスラエル)に対する攻撃や脅迫の強度や頻度を上げようとしているかのように見える。

 ただし、世間の注目を集めていない時でも、(たいして価値のある)ニュースがない時でも、何かの事情でこちらの気力や体力が伴っていない時でも、この種の情報を毎日眺めていると、イラクではこの種の脅迫や攻撃はそれなりの頻度で起こり続けている。2022年11月にはバグダード市内でアメリカ人が殺害されたが、この時は「洞窟の仲間たち」とよく似た名義で「犯行声明」が出たことにされ、当の「洞窟の仲間たち」もまんざらでもない思わせぶりな態度をとった。また、2023年3月にはロシア旅券でイラクに入国して「イスラーム国」について研究していたとされるイスラエル人の女性研究者が消息を絶ったが、イスラエルは本件を「ヒズブッラー部隊」の犯行だと主張した。要するに、パレスチナでの戦闘があろうがなかろうが一定の頻度で「そこそこの」攻撃や脅迫が発生しており、これらが本当に嫌なら少なくとも攻撃の可能性を下げるための措置などいくらでもとれたはずだし、そうするべきだったともいえる。

既に指摘した通り、レバノンのヒズブッラーから、シリア政府、シリアやイラクで活動する民兵諸派、果てはイエメンやUAEで活動する諸派に至るまで、「抵抗の枢軸」で戦列を共にする諸勢力は、攻撃の強度と頻度と範囲を一定の「ルール」の枠内に抑制し、敵方(=アメリカとイスラエル)に事態の深刻さを理解して正気の振る舞いをせよとのメッセージを届けようと攻撃や脅迫をしている。「抵抗枢軸」から見ると敵との軍事力と政治力の差は絶望的に不利なので、「ルール」を逸脱する攻撃は敵方からの壊滅的反撃を招く危険行為でしかない。この点、10月7日に「アクサーの大洪水」攻勢に打って出たハマースの事情や動機をちゃんと説明する分析や解説はいまだに一つもない。筆者が欲しているのは、「アクサーの大洪水」攻勢に関するハマースの状況判断や意図についての情報であり、同派がいかにイカレテいるかについてのプロパガンダやレッテル張りではない。

 ところが、イスラエルやアメリカの政府や報道機関や「専門家」の一部には、「事態の拡大やイランとの対決を望まない」との公式表明とは異なり、この際「抵抗の枢軸」のより広範囲を一挙に殲滅する軍事行動につなげようと「抵抗の枢軸」の側の「ルール」違反を待ち望んでいる者がいるようにみえてならない。だからこそ、国連総会で何かの決議が議決されようと、G7諸国の会合で何かの声明が出ようが、「現地」の悲劇的状況についての動画や画像や音声が巷に溢れようが、事態は全く改善しないのだ。

 「抵抗の枢軸」の仲間たちのほとんどは、権威主義的な政治主体と信じられている。しかし、彼らは世論を気にせず人民の利益に反する行動をとり続けていると考えるのはまさに「シロート」考えで、彼らは権威主義的であるが故に日ごろちゃんと発散する機会がない人民の世論があらぬ方向に暴発しないよう細心の注意をし、世論を知り、政策と折り合いをつける努力を一日たりとも怠っていない。となると、ガザ地区をはじめとするパレスチナの惨状や、レバノン南部での戦況が一段と悪化するようならば、これらの主体は世論に押されてそれこそ「あらぬ行動」に出ざるを得ないところに追い込まれかねない。もちろん、少なくともアメリカの「ギョーカイ」筋には、そのような戦線拡大の願望や試みがアメリカやイスラエルにとって全く成算の無い破滅的な結果しか招かないと予測し、これを避けるべきだとの提言や分析を発信している人々も少なくない。紛争当事者の少なくとも一部は敵方の「ルール」違反を心待ちにし、全当事者が最初に「ルール」違反したと非難されるのを何よりも嫌っていることを知っていれば、事態の推移やその評価をよりよく理解できるだろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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