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警戒情報:パレスチナとイスラエルとの戦闘にアル=カーイダ諸派が反応

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 パレスチナ抵抗運動諸派とイスラエルとの戦闘が激化し、ガザ地区へのイスラエルの侵攻が近づきつつある中、この紛争の影響を世界の広域に襲撃や殺人という形で波及させ得る気になる動きが生じている。2023年10月14日、インターネット上で「アル=カーイダ総司令部」名義で今般の事態についての声明が出回った。

 声明は、「本当にアッラーの御助けは近付いている」(コーラン第2章214節)と題し、ハマースの軍事部門のイッズッディーン・カッサーム部隊(以下:カッサーム部隊)による「アクサーの大洪水」攻勢を称賛するとともに、パレスチナのイスラーム主義諸派と「一つの戦線にある」と表明している。その上で、あらゆる場所のムスリムにこの戦いに加わるよう呼びかけ、十字軍・ユダヤ・イスラエル的なもの全てを攻撃対象とすること、特にエジプト、ヨルダン、シリア、レバノンのムスリムは戦いに加わることを呼びかけた。さらに重要なのは、この声明が「イスラームの子弟たちは、UAEのドバイとアブダビ、モロッコのマラケシュやラバト、サウジのジッダやリヤード、バハレーンのマナーマでシオニストを攻撃するように」と呼びかけ、今般のパレスチナでの戦闘が始まった直後の8日にエジプトのアレキサンドリアで発生したエジプト警官によるイスラエル人2人殺害事件を称賛した点だ。しかも、あらゆる場所のイスラームの勇者たちはこの戦いに参入すべきであり、「イスラーム地域のアメリカ軍の基地、空港、大使館をその下から揺さぶれ。十字軍の軍艦を攻撃せよ。」と扇動し、世界各地のアメリカ軍・外交団の人員や施設への攻撃を促している。具体的な場所や対象を挙げて攻撃を教唆している点、背景は不明だが、既に中国やフランスで今般の状況に反応したとみられる襲撃事件が発生している点に鑑みると、本邦も含む各地・各当事者は警戒の程度を一段と上げなくてはならない。

 これまでのところ、アル=カーイダ諸派からは、アラビア半島のアル=カーイダ、インド亜大陸のアル=カーイダ、シャバーブ運動、宗教擁護者機構、イスラーム的マグリブのアル=カーイダからも本件についての声明が発表されており、このところ本当に鳴かず飛ばずだったアル=カーイダにしては珍しく迅速に事態に対応したと言える。中でも、総司令部名義の声明は、上記のとおり真剣に分析して被害を回避するための措置を取らなくてはならないものだ。アル=カーイダ諸派は、敵として十字軍・シオニスト(アメリカとイスラエル)を強く意識し、たとえどこかの僻地で地元の犯罪集団崩れ位しか攻撃する相手がいないような場合でも、「我々はエルサレムを見据えてここで戦っている」といった調子の政治文書や演説を発信する。もっとも、これはアル=カーイダ諸派が各々の活動地を越えてパレスチナ、アメリカ、ヨーロッパで攻撃を行えないことの裏返しでもある。

 今般のアル=カーイダ諸派の声明群を、もうちょっとしっかり分析してみよう。声明群は、カッサーム部隊の名前と同派が実施した「アクサーの大洪水」攻勢を称賛したり祝福したりし、挙句の果てにアル=カーイダ諸派もカッサーム部隊などのパレスチナの(イスラーム主義の)諸派と戦列を一つにする、と表明している。一見すると、世界の「イスラーム主義武装勢力」が大同団結してイスラエルに立ち向かおうとしているかのように思えてしまうが、これはアル=カーイダにとって情けないくらいの大チョンボだ。というのも、アル=カーイダから見ると、ハマースやパレスチナ抵抗運動諸派は、本来全世界のムスリムの総力を結集し、時と場を選ばすに戦うべきエルサレム、パレスチナを解放する闘争を、時(ハマースにとって準備や環境が整った場合)、場(場所はハマースがパレスチナと認識する場所、直接の構成員もパレスチナ人)を選び、状況次第では侵略者の手先のアラブの為政者や侵略者(アメリカやイスラエル)とも交渉や取引し、停戦や捕虜交換をする、イスラーム過激派とは似て非なる連中だ。ハマースやパレスチナ諸派から見ると、アル=カーイダやイスラーム過激派のやることは、現実の政治状況を顧みずにパレスチナ解放武装闘争を単なる「テロ」に貶める迷惑行為であり、彼らのことは解放闘争を失敗させるために敵方が創出した錯乱分子にしか見えない。このような事情から、この四半世紀もの間、アル=カーイダの者たちはパレスチナで大規模な衝突や捕虜交換のような動きがあるたびに、自らはイスラエルを攻撃する実力がないことを棚に上げてハマースの政治的機会主義を非難し、「真のジハードを行おう」と呼び掛けてハマースの支持基盤を掘り崩そうと努めてきた。これに対し、ハマースはパレスチナの域内はもちろん、レバノンやシリアの難民キャンプでも、地元の官憲と同様の熱意をもってイスラーム過激派の浸透を阻止してきた。要するに、パレスチナという既存の国際関係に規定される領域の解放のために、その内部でしか武装闘争をしないハマースと、既存の国際関係を不信仰や侵略の産物として超越・破壊しようとするアル=カーイダは、政治的な信条の面でまるで別物なのだ。そして、「アクサーの大洪水」攻勢が数十年ぶりの一大事になろうとしている時に、これに迎合してカッサーム部隊やパレスチナ解放闘争にすり寄ろうとすることは、みっともない売名行為であり、パレスチナという矮小な領域の解放のためだけでない「グローバル・ジハード」とやらを標榜するアル=カーイダの思想的退行や退廃でしかないのだ。

 ちなみに、エルサレム解放を標榜して越境的にアメリカやイスラエルと闘おうとするアル=カーイダに対し、「イスラーム国」は「エルサレム解放」という目標を身近な場所で「イスラーム統治を行う」という本当にやるべきことを彼岸化する目標だと考えている。従って、「イスラーム国」にとっては今般のパレスチナでの未曽有の戦闘と、モザンビークやフィリピンの寒村で住民のキリスト教徒を殺戮することとの価値は変わらない。「イスラーム国」は、今般の情勢について態度表明をしていないが、不信仰の民族解放闘争扱いしてきたハマースに対し、世界中の耳目を引き付けたことの嫉妬心の表れくらいの論評しかできないことだろう。ハマースは今般の戦闘によって侵略者であるシオニスト・イスラエルと誰が戦うのかを世に示し、9.11事件でアル=カーイダに、「国境破壊」や「自称カリフの擁立」によって「イスラーム国」に奪われた威信や名声を一挙に挽回した形になる。「イスラーム主義武装勢力」と言っても、個々の運動や団体の主義主張・行動様式・政治的な都合は著しく異なるので、諸派を軽々しく同一視してはならない。

 それでは、今般のアル=カーイダの扇動は、世界のアメリカやイスラエルの権益の安全にどの程度影響を与えるだろうか?これまでに幾度か指摘してきたが、現在イスラーム過激派の支持者やファンの中でアル=カーイダが発信する声明や動画や演説を真面目に聞き、それに影響を受ける者はほとんどいないと思われる。或いは、アル=カーイダのメッセージを理解できるイスラーム過激派の支持者やファンがいなくなってしまったのかもしれない。従って、アル=カーイダ諸派が自ら時間と手間をかけて準備しない限り、今般の戦闘の一環として世界各地でイスラーム過激派の襲撃が多発することは予想しにくい。また、アル=カーイダ諸派は、自らアメリカやヨーロッパなどで攻撃を実行する力を喪失して久しい。ただし、「アクサーの大洪水」攻勢によってイスラエルとその仲間たちが怒り狂っているのと同様、イスラーム過激派の支持者やファンにとどまらず、各地のムスリムも情勢の推移に怒り狂っているものと思われる。

 以上に鑑みると、「今後ハマースを含むパレスチナ諸派とアル=カーイダなどのイスラーム過激派が連帯・連携・共闘することはない。」、「義憤にかられたムスリムの個人的な暴力行為が、アル=カーイダに関連付けられて必要以上に大きな社会的反響を呼ぶ。」という2点を、当座の分析や予想として挙げておきたい。イスラーム過激派の害悪を断つという意味での警戒と、イスラーム過激派、パレスチナ解放闘争、反イスラエル武装抵抗運動、テロリズムなどなどをごちゃまぜにしたストーリーに安易に乗らないという警戒が必要と思われる。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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