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シリア:柑橘類は持ち直し、オリーブは大凶作

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2023年8月23日、シリアの農業省はオリーブオイルの海外輸出を禁止する通達を出した。筆者は愚かにもこの記事を斜め読みしてその重要性に気づくのが遅れたのだが、記事の最後の数行に恐るべき見通しが書かれていた。例年、シリアの農業省は8月下旬に当該期のオリーブの収穫高の見積もりを発表するのだが、今期はそれがなかった。本来見出しを立ててやるべき発表ができなかったということは、収穫の見通しがとんでもなく悪いということであり、農業省はそのとんでもなく悪い見通しをオリーブオイルの輸出禁止の決定の記事に混ぜ込んで発信していたのだ。それによると、今期のシリア政府の制圧地のオリーブの収穫高は38万トンだ。そこからオリーブオイルの生産に振り向け可能な量はさらに少ないわけで、その結果今期のシリア産オリーブオイルの生産高の見通しは4万9000トンに過ぎない。シリアのオリーブとオリーブオイルの生産高については、過去数年ぼんやり観察してきたが、昨期は収穫高が82万トン、オリーブオイルの生産高は12万5000トンだった。2022年の見通しによると、シリア国内のオリーブオイルの需要は10万トンほどらしいので、ただでさえ物価の高騰に苦しんでいるシリア人民は、今期のオリーブの大凶作によって更なる苦境にさらされることになる。

 オリーブについては、記録的高温のせいでイタリアやスペインでも歴史的大凶作らしい。シリアでは果樹園への焼き討ちが紛争当事者の戦術として用いられているので、それが原因で生産が可能なオリーブ畑の面積が減少しているかもしれないし、紛争やシリアに対する経済制裁のため畑を管理する人員も、設備も、燃料も足りないということも十分考えられる。その一方で、オリーブと著しく異なるとは思えない条件で栽培されている柑橘類については、今期の収穫量は昨期の約64万トンに対し、約82万トンに達するらしいので、シリアの農業の環境悪化だけがオリーブ大凶作の原因ではなさそうだ。

 シリア(だけでなく世界中)の農産物の収穫高を決める要因は、ここで筆者がぼんやり眺めているだけの要因で決するわけではない。例えば、降水量の年間での帳尻があっていても、作物の生育に必要な時期の降水量が不十分なら凶作になりうる。また、現在のシリアのように、数カ月で燃料や肥料の価格が著しく高騰するようだと、政府や担当機関がどんなに一生懸命働いても必要な燃料や肥料や機材を計画通りに調達できなくなり、それは収穫量に反映されるだろう。ともかく、ここ数年干ばつや紛争の影響を受ける形で足並みをそろえて収穫量が低迷していたオリーブと柑橘類は今期に限ると収穫量に明暗が出た形だ。シリアだけでなく、各地の農産物の収量や降水量、河川の流量の問題は、実は気候変動の一言でかたづけて良い問題ではなく、人口過多や特定地域(特に河川の上流)での資源の過剰消費のようなもっと深刻な問題に左右されている。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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