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パレスチナ:中国が中東和平を仲介する?

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 2023年6月13日~16日、パレスチナ自治政府(PA)のアッバース議長は中国を公式訪問した。今回の訪問はアッバース議長にとっては2017年以来の中国訪問となるが、この間PAやパレスチナ、そして中東をめぐる国際関係は大きく変動した。例えば、アメリカはトランプ政権時代にエルサレムをイスラエルの首都として同地に大使館を移転させた。この措置は、アメリカの歴代政権が先送りしてきたものをトランプ政権が断行(強行?)したものだが、アメリカの政権が変わった後も覆されてはいない。また、トランプ政権が強く勧めたこともあり、2020年にはUAE、バハレーン、スーダン、モロッコがイスラエルと外交関係を樹立し、パレスチナの問題を含む中東和平を置き去りにして、イスラエルとアラブ諸国との関係正常化が進んだ。一方、こうした行動のせいもあり、近年中東でのアメリカの威信や影響力が低下し、中東内外の大国がその空白を埋めようと外交活動を活発化させた。2023年3月に、中国の仲介を受けてイランとサウジアラビアとが関係正常化に合意したことや、同年5月にサウジやUAEが主導し、アメリカなどの意向に反してシリアのアラブ連盟復帰が実現したことがその例だろう。

 となると、今般のアッバース議長の訪中でも、中国が中東和平やイスラエルとパレスチナとの交渉で何か働きかけをして、この分野でも影響力の拡大を図るのではないかとの憶測も浮上した。中国の習近平国家主席は、14日のアッバース議長との会談の中で、パレスチナが国連で完全な加盟権を獲得する(注:パレスチナはいくつかの国連機関に加盟が認められているが、国連ではオブザーバー資格を持つ非加盟国扱い)のを支持するとともに、パレスチナ諸派の和解や和平交渉前進のために積極的な役割を果たす用意があると表明した。また、中国とPAは、パレスチナで開発事業を行うために中国からパレスチナに1600万ドルの資金を供与する協定、双方の教育省間の中国語教育のための協定などに調印した。

 ここまで見ると、PAも近年のアメリカの振る舞いに愛想をつかし、或いはアメリカに振り向いてもらうことを欲して中国を和平交渉などの問題に招き入れようとしているかのように見える。しかし、パレスチナを含む中東和平に関与することは、多くの当事者の利害関係が錯綜する中での困難な事業であり、容易ではない。中東和平というと、パレスチナとイスラエルとの間に何か平和条約のようなものが締結されれば解決する問題と誤認されている感もあるが、イスラエルとシリア、レバノンとの戦争状態の解消・和平、現在「パレスチナ」だと信じられている場所以外にも数百万人いる、難民も含むパレスチナ人の法的立場や処遇、そして彼らの帰還権の問題、中東地域の安全保障と国際関係の問題など、いくつもの懸案に対処しなくてはならない壮大な営みだ。そのため、領域、人民、主権を伴っていないPAを「国家」として承認しただけでは独立国としてのパレスチナ国家樹立とは似て非なるものにしかならないし、中東和平の問題を解決することにもならない。こうした諸問題を解決する上で、中国ができる(やりたい)ことは何かあるだろうか?

 結論を言うならば、中国にできることはほとんどない、ということになると思われる。例えば、中国が国連でのパレスチナの完全な加盟権を支持し、その獲得を推進したとしても、加盟権の獲得は安全保障理事会の議決を必要としている。安保理で拒否権を持つアメリカは、現在の状況でパレスチナが完全な加盟権を獲得するのに反対の立場だ。要するに、アメリカ(そして同国の背後のイスラエル)が欲する条件を満たさない限り、中国(そしてパレスチナ)がいくら頑張ってもこの問題を思い通りにすることはできないということだ。また、パレスチナ諸派の和解についても、ハマースやイスラーム・ジハード(PIJ)などの諸派とこれを支援するイランなどの諸国にはそれぞれ別個の政策や生存戦略があり、そのすべてに話を通さなくてはPAの与党であるファタハとの間に実効的な和解を達成することは極めて難しいだろう。これに加えて、中国がイスラエルとパレスチナとの交渉を仲介するとなると、仲介者には時には褒賞を与え、時には強制して交渉当事者に合意事項を遵守させ、違反・逸脱行為があった場合はそれを合意へと引き戻すだけの力量が不可欠だ。去る4月、5月のイスラエルとPIJとの交戦や、今やだれはばかることなく日常的に行われているイスラエルによるシリア領攻撃のような問題で、中国は諸当事者に何をしてくれるだろうか?

 そもそも、中国が役割を果たそうとしている交渉がイスラエルとPAとの間の交渉に限定されている時点で、交渉の行方がどうなろうが中東和平の問題を解決する上で本質的な成果とはなりにくい。これまで試みられ、そして実質的には頓挫した中東和平では、問題がイスラエルとPAとの交渉に限定(矮小化)されることにより、難民も含む「パレスチナ」以外の場所に住むパレスチナ人を排除し、彼らの存在やそこから生じる諸問題を「なかったことにする」営みになりがちだった。彼らの問題に限れば、PAは自分たちが「帰還」を果たした後は「パレスチナ」以外に住む同胞たちの地位や生活の向上に役立つことはほとんどせず、むしろ彼らの存在を「なかったこと」にするかのように振る舞ってきた。アメリカによるイラク占領の際、それまでフセイン政権に庇護されていたイラク在住のパレスチナ難民らは、PAを含め彼らを庇護する国や機関がなく、まさに路頭に迷った。アメリカや中国を含む各国・機関に、「パレスチナ」以外に住むパレスチナ人の問題に有効な解決策をもたらし、それを当事者に実践させる力量がある主体はちょっと見当たらない。

 以上のように考えると、中国が中東和平の問題で役割を果たす用意を表明したとしても、それは伝統的に民族自決や解放闘争に同情的だった自国の立場を繰り返すとともに、中東の世論からの評価を上げるための行為を大きく超えるような行動となる可能性は低いだろう。パレスチナを含む中東和平の問題で何か成果を上げるためには、イスラエルとPAだけでなく、シリア、レバノン、ヨルダン、イラン、サウジ、エジプトなどの地域の諸国、パレスチナ難民やパレスチナ諸派、アメリカやロシアのような域外大国と話をつけなくてはならない。それには膨大な労力が必要だし、かけた手間に見合うだけの実利や社会的評価が得られるかは大いに疑問だ。現在の状況下で、中国がこのような難題に取り組むつもりがあるようには思われない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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