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シリア:キノコ狩りの季節

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:イメージマート)

 シリア中部のハマ県では、山や谷に生えるキノコが豊作のようだ。2023年1月24日付シリア・アラブ通信(=シリアの国営通信)は、ハマ県の郊外でキノコの生育状況が良好で、キノコへの消費者の需要も高いためこれを採取する者たちの家計の一助にもなっていると報じた。ハマ県は、ひところ何かと話題になったイドリブ県やアレッポ県の南部に位置し、東はラッカ県、西はラタキア県、南はホムス県と隣接する。ハマ県は東西に長い形をしており、東部は砂漠が広がる一方で西部は比較的降水量が多く果樹栽培などが盛んな山地、北西部はオロンテス川沿いに広がるガーブ平原と呼ばれる、水田なども広がる農耕地帯だ。今般の報道は、このガーブ平原近辺の状況のことのようだ。

 シリアでのキノコ狩りの季節は、雨が降ったり霧が発生したりする冬期だそうだ。ハマ県でも、11月、12月、1月がキノコの生育に適した時期である。とりわけ、今期は数週間に渡り濃霧が発生し、キノコの生育が促された。キノコが成長するのは早朝なので、地元の人々は朝になるとキノコ狩りに出かけ、人によっては一度に2~4キログラムの収穫を上げられる。キノコは、個々の家庭の食糧となるだけでなく、現金収入源ともなるようだ。もちろん、中には毒キノコもあるわけだが、今般の報道に登場した地元民の一人は、「食用に適したキノコは外側が白、内側が茶色、毒キノコは外側が黄色、内側が茶色」という(なんだか心細い感じの)見分け方があると述べた。野生のキノコは栽培ものと比べて食味が良いと信じられている所は、本邦と同じである。

 シリアの気象や食糧事情を大局的にみると、今般のキノコの記事のような明るい話題はほとんどない。今期のここまでの降水量は、記事で取り上げられたハマ県を含め過去数年の干ばつ傾向が続いている。過去2年間、本当にろくに雨が降らなかったラッカ県やハサカ県の一部でまとまった降雨があったが、南部のダラア県、スワイダ県、クナイトラ県での降水量は平年値どころか降水量が少なかった昨期の実績にも達していない。南部の諸県は麻薬の密輸や「イスラーム国」の活動などの不安要因があるので、降水不足、すなわち農業の不振はこうした不安を増幅させかねない。また、全国的に見ても、シリアはアメリカなどが科す経済制裁のため各分野の生産が低迷しており、人民の生活水準は低下の一途をたどっている。2022年に世界的な問題となった燃料価格の高騰は、シリアの様に紛争で荒廃した場所、元々経済基盤がぜい弱な場所の、かねてからの苦境に輪をかける結果となっている。

 その一方で、今般の記事で取り上げられたガーブ平原は、イスラーム過激派が占拠するイドリブ県とシリア政府軍の制圧地域との境界に位置しており、イスラーム過激派の日々の戦果を観察していると頻繁に登場する場所でもある。そのような場所で地元民がキノコ狩りに出かけるということは、生活苦の末の危険を顧みないやむを得ない行為なのかもしれない。しかし、シリア紛争の最悪期には、イスラーム過激派や各種民兵、盗賊の類が跋扈し、一般の人々が都市郊外に出かけることは非常に困難だった。2012年の冬は、主要都市を結ぶ路線バスも日中のごく限られた時間帯に少数が運行するのみになっていた。さらに、幹線道路や集落の出入り口には軍・治安部隊などの検問所がまさに乱立しており、そうした検問所は場合によっては通過するのに「ちょっとした配慮と工夫」が要求されるものだ。そのようなわけで、シリアの一般の人々が早朝に郊外の山野や谷に分け入ってキノコ狩りをする、という記事が出てくること自体、武装集団の跋扈や胡乱な検問所の数々という、人民の悩みの種が多少は緩和している証左でもある。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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