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イエメン:人民の台所もおなかも空っぽ

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 イエメンでは、ラマダーン(断食月)をきっかけに紛争の主な当事者が停戦に合意し、これが一応続いてきた。ところが、これが10月初頭に更新されなくなり、本格的な戦闘の再発と、それに伴う人道状況のさらなる悪化が懸念されるようになった。ただし、これまでの停戦はあくまで一応の停戦であり、イエメン紛争の場には停戦そのものを全く意に介さない当事者もいれば、停戦の当事者のはずのアンサール・アッラー(俗称:フーシー派)やイエメン政府との戦闘が一部で続いていたり、イエメン政府側の民兵同士が雇い主のUAEなどの意を受けて経済権益を奪い合ったりと、紛争から遠く離れた場所で想像する停戦や、それに伴う人道状況の改善とは程遠い状況を呈していた。

 2022年10月6日付『ナハール』(キリスト教徒資本のレバノン紙)は、ロイターを基にイエメン人民が(停戦の有無や継続とは無関係に)相変わらずの窮乏状態にあるとして、要旨禍の通り報じた。記事は、「台所は空っぽ、おなかはペコペコ、諸家族は飢えと戦う…イエメンの数百万の家計で繰り返される光景」との見出しで、そもそも停戦がイエメン人民の生活水準の向上にたいして役立っていないことを強く示唆する見出しで始まる。取材対象となったサナア市内の家庭では、かまど(或いはコンロ)は使われず、パンかごも空っぽ、家にある唯一の食べ物はわずかなコリアンダーだけだった。取材を受けたサナアの家庭の女性は、紛争勃発前は夫も息子たちも就労し、状況は良かったのだが、現在は小麦粉もコメも買うことができず、パン屋でわずかなパンを手に入れ、トマトソースか何か塩味のものと一緒に食べるくらいだと主張した。

 国連によると、停戦が一応続いていた期間中もイエメン人民の生活水準は悪化し、十分な食糧を確保できない家庭の数も増え続けた。イエメンの人口の60%にあたる1900万人が、国連の言うところの「深刻な食糧安全保障の欠如」に苦しんでおり、生存に必要な食糧が不足し、収入源が危機に瀕している。世界食糧計画のイエメンにおける責任者は、2000万人近くを対象とする同機関の支援活動の進行が大変な困難に瀕していると述べた。2022年の前半で、食糧安全保障が欠如し、緊急処置が必要と見なされる者の数が25万人から714万人に増加した。「悲劇的」と分類される者の数は5倍に増えて16万1000人となった。

 サナア市内の別の女性は、食糧価格だけでなく家賃も高騰する中、サナア市内の複数の家庭で家政婦として働き、1回あたり1000~2000リヤール(1.7~3.4ドル)の収入を得ている。彼女は、いつでも家族の食べ物のことを心配して暮らしていると述べた。いわく、「家族が朝食を終えたら、彼らの昼食のことを、昼食の後は夕食のことが心配になる」とのことで、家族の将来や教育のことは考えようがない。

 イエメン紛争についての報道を眺めていると、人民が困窮しているのはアンサール・アッラーの制圧地のことであり、その原因もアンサール・アッラーの圧政や失政によるものであるかのような記事が多いように見受けられるが、今般の記事によると、アンサール・アッラーの制圧地でも、サウジが率いる連合軍が支援する勢力の支配地でも、食糧を入手するための苦労は同様とのことだ。

 記事中あった、人々が日々の食糧の確保に追われるほど困窮している状況は、今後イエメンの政治や社会の状況を改善するための活動や、現在の為政者の不満があった場合にそれに抗議したり、政権を交代させたりするための活動に、人民が参加できなくなることを意味する極めて深刻なものだ。なぜなら、目の前の食事や所得の確保に追われる者たちは、それ以外の政治や社会の問題(記事中では家族の教育や将来といった問題)について考えたり、行動したりする余裕がないからだ。その結果、彼らは身近な奉仕・慈善活動、政治運動からテロ行為に至るまでの社会運動に参加するどころか、その趣旨や背景となっている問題意識について考えることすらできなくなる。個々の運動や政治勢力(テロ組織でもいい)にとっては、困窮した者をわずかな食事や日当で活動に動員することも容易だろうが、そのような動員はあくまで運動や組織の理念に関心がない最末端の構成員や参加者としての動員にすぎず、運動や組織の行動や主義主張が支持された結果ではない。また、食事や日当をもらって活動に参加する者たちも、動員する側の主義主張よりも「何がもらえるのか」が関心事になるだろうから、やはり本当の意味で社会を変革する運動に参加しているとは言えないだろう。このように、イエメンにおける人民の困窮や食糧価格の高騰の問題は、単に食べ物がなくてカワイソーという問題ではなく、イエメン人民が自発的に政治や社会を改善するための能力と機会を奪うという重大な問題なのである。停戦やその結果としての人道援助活動の円滑化は、あくまで急場をしのぐために必要なことであり、本当の意味での危機解決のゴールではないということだ。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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