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イランとアラブ諸国の「イランの民兵」をつなぐ魔法のカギとしてのヒズブッラー

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
ヒズブッラーが設置した対イスラエル戦果の展示場にて(筆者撮影)

 イラクにおける政情不安や、このところ日常的に行われるイスラエルによるシリアの社会基盤への爆撃についての報道を見ると、これらのできごとのキーワードとして「イラン」があることがわかる。いわく、イラクにおける政治対立や街頭行動による衝突は、「親イラン派」とこれに対立する者たちとの争いである。シリアにおいても、イランから要員や装備がシリアに導入され、それがイスラエルの安全を脅かすと主張してイスラエルはシリアの幹線道路や空港などの施設の破壊を繰り返している。イエメンに目を転じてもイエメン紛争の当事者であるアンサール・アッラー(俗称:フーシー派)はこれに敵対する諸国とその傘下の報道機関からは、(イランに与する)クーデタ勢力・武装勢力とみなされている。

 もちろん、イラクやシリアにはイラン、特にイランの革命防衛隊が動員・育成・訓練や装備の提供で深く関与した民兵組織が複数ある。また、イランはシリア紛争に介入する過程で、イラク、アフガニスタン、パキスタンから民兵を導入し、彼らは現在もイランからイラクを経てレバノンへと続くシリア領内の幹線道路沿いなどに駐留している。イエメン紛争においても、アンサール・アッラー側がサウジ領を攻撃する際に用いたミサイルや無人機の技術も、イラン起源のものである。こうしたことから、イラク、シリア、イエメンにおける各種民兵は、イランに与する団体としてひとくくりにされ、その実態や個々の団体の内情、そして各国の政治状況によって誰が「親イラン」か否かについてのレッテル張りの変化が顧みられることは少ない。例えば、現在のイラクにおける「親イラン派」の代表格とみなされるヌーリー・マーリキー元首相は、2014年までの首相在任中は「イラクのナショナリズム」を押し出し、在任期間中の国政・地方選挙において産油地帯であるイラク南部を連邦制下の自治区にする案を推進した「親イラン」勢力を打ち破った。シリアにおいても、民兵を動員した主体は政党・部族・実業家など様々な上、その後民兵諸派を正規軍の指揮下に再編する努力への反応も様々だ。訓練や装備の提供を受けたからと言って、シリア紛争で現れた新政府民兵が全て「親イラン派」なわけではない。

 とりわけ重視しなくてはならないのは、各地の「親イラン派」の多くは、実はイランの政治体制やそれを理論的に裏付ける「法学者の統治」という考え方を支持しているわけではないことだ。もちろん、「親イラン派」が全てイランと同じ12イマーム派のシーア派の信徒というわけではないし、12イマーム派の信徒が全て自動的に「親イラン派」なわけでもない。

 シリアにおいては、12イマーム派のシーア派の信徒は人口の中でごくわずかにすぎず、シリア紛争における「親イラン」民兵を動員した主体もその構成員も、宗派的帰属や政治的志向はイランのそれとは大きく異なる。イラクにおいても、政情を騒がすムクタダー・サドルとその支持者たちも12イマーム派のシーア派信徒だが、彼らの政治的志向は「反イラン」ということになっている。イエメンのアンサール・アッラーも、宗派的帰属は12イマーム派のシーア派ではないし、サウジアラビアやUAEと戦うという点を除けばイランとの政治的な利害の一致も乏しい。さらに、イラク、シリア、イエメンの住民はアラブであり、彼らはイランで用いられるペルシャ語をそもそも理解しない。つまり、政治的利害も志向も、そして話す言語も大きく異なるイランから要員がやってきてアラブ諸国で「親イラン派」を動員・育成するのは非常に困難な営みだということだ。

 イランから見ても、イラク、シリア、イエメンのそれぞれで「親イラン派」を育成する狙いや「親イラン派」の任務は大きく異なる。イラクにおいては、アメリカや同国が支援するイラク政府による統治を弱体化させるための「反乱分子」のような役回りが求められる一方、シリアにおいてはアメリカなどが放任・支援するイスラーム過激派やクルド民族主義勢力に対し、シリア政府を支援して同政府の統治を強化することも「親イラン派」の任務の一つだ。イエメンにおいては、対立するサウジアラビアやUAEの足を引っ張り、消耗させるだけで十分だ。このように、任務も投入すべき資源の量・質も異なる各国に対し、一律に「親イラン派」を動員・育成しても効果は乏しいだろう。

 そんな状況の中で、異なる任務、異なる利害、異なる言語、異なる宗派的帰属などなどを越えて、アラブ諸国の「親イラン派」の動員・育成を円滑化するのが、レバノンのヒズブッラーということになっている。ヒズブッラーは、宗派的に12イマーム派のシーア派に帰属し、政治的にも「法学者の統治」をお手本と公言する、「親イラン派」としての純度が高い団体である。しかも、ヒズブッラーはアラブの国であるレバノンに根付き、構成員もレバノン人である。ヒズブッラーは、イランに近い政治的な志向を持つだけでなく、イランからの資源に全面的に依存しないで済むだけの社会・経済基盤を擁する。同党は、レバノン国内に中央政府の統制を受けない「国家中国家」のような共同体を構築し、各種の事業、福祉・教育活動、果ては世界をまたにかける非合法活動を通じて自らに必要な資源を調達しているとされる。こうしてヒズブッラーは、アラブ諸国とその人民の多くにとって隣人である一方で実は「きわめて遠い」イランと彼らを結ぶ存在として、イラク、シリア、イエメンでの「親イラン派」育成にあたり、真っ先に訓練担当官や顧問、果ては戦闘部隊までも派遣する組織ということにされている。ヒズブッラーの中核的な構成員はイランに留学したり・同地で訓練を受けたりした経験がある者も多いので、言語的にもアラブの人民とイランとを結ぶ仲立ちになることができると考えられる。アメリカの機関などは、イラク、シリア、イエメン、(そしてレバノン)における「親イラン派」の存在と活動を、地域的なイランの活動として包括的に観察する研究を発信している。それらの一部は、時にヒズブッラーの客観的な規模や能力、同党が現在直面する課題や任務を半ば無視するように、ヒズブッラーが無尽蔵に資源を持ち、常にイランとアラブ諸国の「親イラン派」とを結ぶ魔法のカギの様に人員や資源を投じているかのような著述をするものすらある。

 現実的な問題としては、ヒズブッラーも限られた資源を、レバノンにおけるイスラエルとの対峙、レバノン国内の政治・経済・社会情勢、シリア紛争に参戦したことに伴う物理的・政治的損失に鑑みて使用しなければならない。特にシリア紛争に参戦したことは、「イスラエルに対する抵抗運動」としての同派の名声を大きく損なった。ヒズブッラーにとっては、「イランの手先としてアラブ人民の利益に反する活動をする」という風評は何とか払拭したい、気分の悪いものだ。ヒズブッラーの影がイラク、シリア、イエメンの紛争の場に見え隠れするのは事実ではあろうが、だからと言ってヒズブッラーの客観的な状況や各地の現地事情を捨象して、同党を諸地域の紛争とイランとを結ぶ便利な説明要因として使うのもなんだかすっきりしないものである。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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