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イスラーム過激派の食卓(「イスラーム国 イラク州」が狩猟に興じる中、新規攻勢の号令がかかる)

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2022年4月17日、「イスラーム国」は報道官のアブー・ウマル・ムハージルの演説を発表した。同人は、2022年2月に「イスラーム国」の先代自称カリフのアブー・イブラーヒーム・ハーシミー・クラシーと報道官のアブー・ハムザ・クラシーがアメリカ軍に殺害されたことを受け、3月にアブー・ハサン・ハーシミー・クラシーが新しい自称カリフに選出されたのと共に報道官に任命されていた。33分ほどの演説は、冒頭で「アブー・イブラーヒーム・クラシーとアブー・ハムザ・クラシーのための復讐攻勢」を宣言し、世界中での攻撃強化を扇動した。ただし、攻勢や攻撃強化扇動はラマダーン月の恒例のことでもあり、この期間中は「イスラーム国」による戦果発表が若干増加する傾向なのでさほど珍しいことではない。より注目すべき点としては、「ジハードを離れている者」も含む世界中の者たちに最近のヨーロッパ情勢(注:ウクライナでの戦争のこと)に乗じた決起を呼びかけた点だろう。演説を聞いている限り、「イスラーム国」はウクライナでの戦争は敵方の仲間割れと認識しているようで、演説はこの状態がいつまでも続くようにとの祈願で締めくくられた。演説中の扇動を悲観的に取ると、これは世界中の「イスラーム国」の休眠細胞や共鳴者がヨーロッパなどで決起し、社会的反響を呼ぶ事件を引き起こしやすくなるということになる。しかし、現在の世界の諸政府や報道機関の関心事項や行動様式に鑑みると、並み大抵のことでは「イスラーム国」の活動がかつての様な報道露出を達成するようにはならないと思われる。大事なのは、各国政府がウクライナでの戦争に注力して「イスラーム国」をはじめとするイスラーム過激派対策を疎かにしたり、イスラーム過激派を何かの目的に利用したりすることがないよう観察・分析・報道の場でも警戒することだ。

 当の「イスラーム国」の活動の現場では、指導部から攻勢の号令がかかることを知ってか知らずか、あるいはそうした号令もラマダーンの恒例行事と考えているのか、ラマダーンを楽しむことに余念がないようだ。4月15日付で出回った「イスラーム国 イラク州キルクーク」の画像群にはそうした姿が映し出されている。写真1には山鳥や鯉を持つ者たちが映されているが、この画像は漁労や狩猟の成果を喜び、誇るもののようにも見える。

写真1:2022年4月15日付「イスラーム国 イラク州キルクーク」
写真1:2022年4月15日付「イスラーム国 イラク州キルクーク」

 獲物の一部は写真2や写真3のように調理され、写真4の通り食卓に供された。写真4は、右端に「イスラーム国」の構成員に交じって猫も食卓についている様が確認できる、なんだか間抜けなようであり、ほほえましいようでもある作品だ。

写真2:2022年4月15日付「イスラーム国 イラク州キルクーク」
写真2:2022年4月15日付「イスラーム国 イラク州キルクーク」

写真3:2022年4月15日付「イスラーム国 イラク州キルクーク」
写真3:2022年4月15日付「イスラーム国 イラク州キルクーク」

写真4:2022年4月15日付「イスラーム国 イラク州キルクーク」
写真4:2022年4月15日付「イスラーム国 イラク州キルクーク」

 少々気になるのは、写真1だ。ここに写っている鯉は、写真2の様にイラクの名物料理であるマスグーフで用いられる、イラクでは著名な食材だ。となると、このような食材は漁師が職業的に捕獲するか、養魚場で飼育されるかしており、漁師やお店で調達するべきものだろう。それをわざわざ自分で捕獲しに行くとなると、よほど生活に余裕がある者か、何かの理由で普通に購入することができないほど窮している者かのいずれかではないだろうか。「イスラーム国」の勢力が強かったころは、構成員たちが余暇を楽しむ場面を紹介する広報作品も多数発表されたため、ラマダーンのごちそうの食材を漁労や狩猟で調達するのは「イスラーム国」の楽しい暮らしを誇示している可能性がある。しかし、調理や食事の場面を見ると、過去数年の傾向と同様、それほど大人数ではないグループが潜伏地ごとに食材・機材を自力で調達しているようだ。つまり、今般の作品についても、「イスラーム国」の者たちが余暇や魚取りを楽しんでいるというよりは、日々の必要に迫られた自力での食糧調達の結果と考えた方がよさそうだ。

 冒頭で紹介した攻勢開始の号令と合わせて考えると、現時点では「イスラーム国」が新しい自称「カリフ」の就任に伴って各地で戦備を整えて大規模な攻勢に出るというよりは、例年通りの攻勢があると思われる。つまり、「イラク州キルクーク」においては、過去数年と比べて環境はたいして変わっていないということなのだろう。こちらも、イラクでは2021年に国会議員選挙が行われて以来政局が迷走しているので、対策を疎かにして「イスラーム国」につけ込む隙を与えないことがより重要なのである。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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