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イスラーム過激派の食卓(「イスラーム国 シャーム州」はウクライナでの戦争に構わずラマダーンを楽しむ)

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 イスラーム教徒(ムスリム)にとっての今期の断食月(ラマダーン)は、2022年4月3日ごろに始まった。ラマダーン月は30日ほどなので、本稿執筆時点でその半分が過ぎた計算になる。となると、イスラーム過激派がラマダーンをいかに過ごしているのかを広報する「お決まりの」季節が訪れたということである。各地のイスラーム過激派のラマダーンの過ごし方(特に構成員にどんなごちそうをどのように供給し、彼らがそれをどのように食べるか)を観察することは、イスラーム過激派の勢力の消長や活動環境を知る上で非常に重要な作業となる。

 今期のラマダーンの食卓自慢の一番手は、「イスラーム国 シャーム州」名義で発信された画像群だった。シャームとは現在のシリア・アラブ共和国(シリア)を中心とする地中海東岸地域の一角であるが、現在「イスラーム国」はシリアで活動する諸グループを「シャーム州」に再編し、例えばホムス方面のグループならば「イスラーム国 シャーム州ホムス」を名乗るようになっている。「シャーム州」傘下として出てくるいろいろな地名は、かつてはそれぞれが単一の「州」として活動していたので、この名乗り方を見るだけでシリアにおける「イスラーム国」の活動が最盛期に比べて著しく縮小したり不活発になっていたりするかがわかる。ちなみに、昨期のラマダーンの食卓風景は、「シャーム州ホムス」と「シャーム州ハイル」名義の作品を確認することができる(昨期の「シャーム州 ホムス」の食卓については別稿を参照)。

 ちなみに、今期の食卓風景は単に「シャーム州」との名義になっており、傘下の諸グループのどこかひとつを取り上げた作品なのか、複数の地域の異なるグループの作品を一括して掲載したのかはわからない。現場から多数発信される画像類を逐一発表するのが面倒だというのなら広報部門の衰退を示す材料となるし、現場からの発信数そのものが減っているという可能性も十分ありうる。

 写真1は、岩場の野営拠点のような場所でパンを焼く風景である。同じ場所で撮影したものとは限らないが、写真2も屋外で、落ち着いて食事や調理ができる場所とは考えにくい所で野菜を刻む模様のようだ。また、写真2を見る限り、最盛期の「イスラーム国」がしていたように調理施設とそこで働く調理要員を多数擁し、そこから各所の拠点に食事を配送している体制が組まれているとは思われない。

写真1:2022年4月13日付「イスラーム国 シャーム州」
写真1:2022年4月13日付「イスラーム国 シャーム州」

写真2:2022年4月13日付「イスラーム国 シャーム州」
写真2:2022年4月13日付「イスラーム国 シャーム州」

 写真3は、一応屋内で肉の仕込みをしている場面のようだが、熱源としてプロパンガスやその他近代的な燃料を用いているかどうかは確認できない。写真4は、仕込んだ肉を乗せる主食であるお米か小麦料理の料理場面と思われるが、こちらは屋外で焚火による調理である。

写真3:2022年4月13日付「イスラーム国 シャーム州」
写真3:2022年4月13日付「イスラーム国 シャーム州」

写真4:2022年4月13日付「イスラーム国 シャーム州」
写真4:2022年4月13日付「イスラーム国 シャーム州」

 写真2~4の調理の結果できあがった料理を囲んでいる場面が写真5と思われるが、缶やペットボトルの炭酸飲料が映り込んでいるのがわかる。缶の数を見れば、この大皿を囲む人数は7人程度であろうが、今般発表された画像群には同様の大皿が複数用意されていることを示す画像が一切ないことから、調理や食事の場に数十人が集まるような大規模な拠点での食事風景ではないだろう。また、2年前のラマダーンの際に「シャーム州ホムス」が発信した画像で見られた串焼きの肉は、今期も姿を現さなかった。過去数年間の調理と食事風景を見る限り、野外での調理は経験を積んで多少上手になったようだが、食卓を囲む者の人数(すなわち「イスラーム国」の拠点の規模)は縮小していると見受けられる。

写真5:2022年4月13日付「イスラーム国 シャーム州」
写真5:2022年4月13日付「イスラーム国 シャーム州」

 シリアにおいては、「イスラーム国」や「反体制派」の主力であるイスラーム過激派諸派との戦いでロシア軍が重要な役割を果たした。そのロシア軍はウクライナでの戦争に力を注いでいることから、シリアにおけるロシア軍の活動が量・質ともに低下する可能性を考えておかなくてはならない。実際、ロシア軍やその支援を受ける民兵が拠点を集約する形で再展開しており、彼らが去った後にイランの支援を受ける民兵が展開する動きもあるようだ。このような動きは、当然「イスラーム国」にとっては反撃や失地の挽回の機会となりうる。しかし、現在シリアにおける同派の活動は、イラクやアフリカの諸地域に比べると著しく低迷している。3月の新しい自称カリフ擁立後、「イスラーム国」はそれに忠誠を表明する「州」の動画や画像を多数発信し、これに伴い月間の声明類の発信件数も増加した。「シャーム州」も動画と画像を発信したが、戦果の発信件数は増加しているとは言えない。つまり、「イスラーム国」が現在の国際情勢に乗じてシリアで何か動きを起こすためには、かつてそうだったように隣接するトルコを経由した国際的な資源調達や、イラクからの増援が必要になるのではないだろうか。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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